5.
家に着いた途端、渡辺は俺のことなど忘れたように走って家の中に入っていった。
刃物を忘れてくれれば良かったが、持っていっていた。
俺も車を降り、渡辺を追いかけた。
晶が渡辺に対して何かするのではないかという心配した。
家に入った途端、
「近づくな!化け物が!」
「お前に、家族なんていないだろ!」
「ここにあるものは俺のだ!とっとと、外に出ていけ!」
ゾッとした。
①彼の前で「家族ではない」と言ってはいけない。
②家族のようにふるまう。
③「外に出よう」と言ってはいけない。
全ての禁を破ったのだ。
佐藤の顔が浮かんだ。
「その時は、あきらめてください。」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
居間の方から、聞いたことのない音が聞こえた。
これは、何かの音なのか、それとも人の断末魔なのか。
そもそも、この音は人から出せる音なのか。
俺は、玄関から動くことができず音を聞き続けるしかなかった。
1分にも満たなかったのかもしれないが永遠と続いたような時間の中、音が止んだ。
ここから立ち去ればよかったのに、なぜか俺は居間に向かった。
恐怖を感じる機能が、壊れていたのかもしれない。
居間に続くドアは、空いていた。
居間の中は、変わった様子がなかった。
月明かりが入る部屋のなか見回してみたところ、渡辺がいない。
居間から声が聞こえたはずだが、影も形もなかった。
いや、影はあった。
人一人分を飲み込めるぐらいの、大きさの影が。
その影の先をたどっていくと。
そこには、晶がいた。
「ねえ、君だれ?」
青年の瞳孔は開いていた。
いつもはおだやかな雰囲気を醸し出していたが、いまは微塵もなくその中性的な端正な顔立ちには何の表情も浮かんでいなかった。
青年が刃物を持って迫ってくる。
「ここは僕たち家族の家だよ。」
「何って、お前の兄貴だろ。朝も会ったのに、ボケたのか。」
俺は晶に、何ごともないようにいった。
人間は禁を破る。
ならば、破らなければいいのだ。
この家にいる間には、3か条を守るだけをしていればいいのだ。
晶はその言葉に、突拍子のないことを聞いたかのようにキョトンとした後に、唐突に笑い出した。
「はははははっ!そうだよね。君は僕の兄さんだ。そう、湊斗兄さんだった。」
晶は俺こと満月湊斗の名前をいった途端、影が通常に戻り、その場に渡辺が何事もなかったかのようにいた。
座り込んで、何も見ない虚空を見ながらぶつぶついっていた。
「佐藤に連絡するな。」
その渡辺の姿を横目にスマホから佐藤に連絡をしようとする。
「兄さんでしょ。こいつ連れてきたの。」
「ああ、悪かったな。刃物で脅されて仕方なく。怪我がなくて良かった。」
「・・・ははっ!心配してくれたんだ。」
渡辺の心配はした。
晶が上機嫌になったので、その言葉は言わなかった。
渡辺は外見的な傷は特にはなさそうで、生きてはいるのはわかった。
それから、晶のほうを見た。
中性的な端正の顔立ちからは先ほどの気配は感じず、今まで一緒に暮らしてときと同じ雰囲気にもどっていた。
とりあえず大丈夫そうだったため、丁度スマホから佐藤の声が聞こえたためこちらの状況を説明した。
「危なかったですね〜。満月さん。怪我もなくて良かった。」
とある、昭和感がある喫茶店。
他の客がいない中、頼んだコーヒーを前に佐藤と話していた。
あの後、事情を佐藤に話したらあと、家にすぐに到着した。
2、3人の男たちを連れて。
佐藤と男たちは家に入った後に、親戚というていで晶に相対していた。
男たちは、脂汗をかきながら渡辺を回収していった。
脂汗をかいていたのは、晶が怖かったのかもしれない。
「渡辺さんは、順調に回復していますよ。精神も安定していますし。ただ、記憶が飛んでいるようで、あの家で過ごしたことや出来事は忘れているようです。」
「そうか。」
「ただ、耳が聞こえづらくなったみいたです。」
「耳が?」
「外傷的な原因もないそうなので、精神的なものかもしれません。今後回復しないかもしれないそうです。」
それだけで、済んで幸いだったのかもしれない。
「晶はなんなんだ?」
その言葉に佐藤は、
「わかりません。」
と一言。
「わからないってどういうことだ?」
「私もどちらかというと雇われている側なのです。なので、晶さんが神か悪魔なのか妖怪なのか何もわかりません。」
佐藤はコーヒーを一口飲んだ。
「あそこを管理しているのは、昔からいる大地主のような方でして。その人なら晶さんのことがわかるかもしれません。」
「まあ、好奇心がでたら聞きに行くよ。」
聞きたくはあったが、大地主がこの質問に答えてくれることはないだろう。
「ちなみに、あの家に行けるもの相性のようなものがあるそうで、たとえ大地主の血筋でも辿り着けない場合があるそうです。」
「俺ならあの家に行けるってなんでわかったんだ?お前は、犬に似ているから大丈夫みたいなふざけたことをいっていたが。」
「家族がいなくなった後に、晶さんが新しい家族の場所を言い出すんです。それを頼りに、探すんですよ。聞いた内容は、なんか犬に似ているとのことでした。」
「さよか。」
晶の中で何か指針があるのかもしれない。
「配達人やハウスクリーニングの人も晶が選んでくるのか?」
「いえ、あの方たちは私が雇っています。配達の人とハウスクリーニングの人は晶さんと顔を合わせないように、時間を指定しています。以前は時間指定をさせないでいたら、晶さんと顔を合わせてしまい前任者が仕事を辞めることになりました。」
「家族のふりをするようには言ってはいたのか?」
俺は質問した。
「はい。ですが、丁度晶さんの機嫌が悪い時で、間の悪い時にあの姿もみてしまいまして。怪奇現象は耐えられていたのですが・・・。配達の人は家に入らないよういっているのでいいのですが、それ以来ハウスクリーニングの人は担当は作らないようにしています。」
「それならハウスクリーニングの人雇うの辞めれば?給与を上乗せしてくれれば、俺が掃除するよ。」
「そうしてくださると助かりますが、お金に困って仕事をしてる人もいるので確認してみます。渡辺さんみたいな人を増やすのも、心が痛いですし。」
俺も、コーヒーを一口飲んだ。
思ったよりもおいしかった。
「家族に選ばれる基準はあるのか?」
「選ばれる人間に共通項はないんですよね。女の人もいたことがありますし、年寄りもいたことがあります。性格も渡辺さんのようなギャンブル狂から、満月さんのような図太い人など様々です。」
「渡辺みたいな辞め方はよくあるのか?」
「まあ、割と一例としてあります。けど、順当に辞めた人もいるので、みんながみんな悲惨なやめ方をしてはないですよ。家庭の事情、就職が決まった、なんか怖いなどやめ方は様々です。」
晶は人間に破滅させたい、危害をくわえたいといった気持ちはないようだ。
「もしかした、いろんな人間を観察してみたいのかもな。」
人間を理解するために。
「もしかしたら、そうかもしれませんね。選ばれる人が、多種多様すぎますので。」
それから佐藤が俺に尋ねた。
「それで、どうしますか?このまま家族を続けますか?」
「やる。」
速攻で答えた。
守ってれば害はないのだから、こんな給与がいい仕事を辞める理由がない。
佐藤はその様子から、初めてみるなんとも言えない表情をした。
「晶さんのあの姿を見て、続けるといった人は初めてかもしれません。大抵は辞めるのですが。」
「苦学生なんでね。」
「というほど、困ってないでしょう。また黒服の仕事に戻ればいいのですし。あなたを雇えるようにしときますよ。」
「原因はお前らか。」
そんな気はしていた。
流石に俺が気に入らないとしても、悪い噂は香から聞かず、全体的に雇わなくなっているのはおかしかった。
「まあ、大学に通うのは大変だが、家賃光熱費、食費もタダで、家のことやれば給料も出る仕事なんてんなかなかないからな。寮のように門限もない。大学在学中は働かせてもらうことになる。」
「こちらとしては、ありがたいです。家族になった期間が過去最長になるかもしれないですね。」
そこでコーヒーを一気飲みをした。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。」
「わかりました。では、何かありましたらまた。」
喫茶店を出た後、そういや和菓子買い損ねたから買っていくかと、晶の顔を思い浮かべながら店に向かった。




