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エッセイ「元町商店街の妖精」

 時々なのだが、所謂「販売」の仕事をすることがある。


 百貨店の売り子や露天商の如きものまで幅広く、文字通り「物を売る」という物販の仕事。


 これはなかなか大変なもので、店頭に立ち通しなのは当然として、一つでも多く売る為に通り過ぎる人々に声をかけ、立ち止まればにこやかに商品の説明をし、なんとかして買って頂こうと尽力する。商品が勢いよく売れていればさしたる苦労はない。


 大変なのは「売れない」ことなのだ。


 不思議なもので、商品が売れない時。そういう売り場、そういう販売員を絶妙に見つけ出し近づいてくる種類の人がいて、こちらも好き好んで暇そうにしているわけではないのだが、彼らはあたかも商品に関心を持っている素振りをし、こちらもお客様だと思えばこそ懸命に商品をアピールするが、彼らはそれをふんふんと聞きつつもその日の天気だの、昨日見たテレビの話だの、気がつけば自身のこれまでの人生の来し方行く末を語りだし一向に商品を買う気配は見せないのだ。


 こちらは販売員の立場であるからして「買う気がないなら去ってくれ」と言うわけにもいかないし、態度に出すこともあってはならないわけで、とにかく彼らの話しに微笑みながら耳を傾ける。


 これは商品が売れない時のもっとも「疲れる」状態といっても過言ではない。


 ちなみにそういった人々が長々と自分の話を実に自由奔放に語った末に、商品を買ってくれたためしは、ない。


 彼らは暇そうにしている販売員を見つけるのと共に、粘り強く話しを聞き、律儀に相槌を打つ者を見出す能力に長けている。


 そして、どういうわけか私はそういう人々の目に留まりやすい。


 ある時私は元町商店街で販売の仕事に派遣されて行った。


 冬の始め頃だったろうか。道行く人々はこちらにちらと視線を向けるだけで足早に通り過ぎていく。商品は思うようには売れなかった。こんな時は自分語りをしに来る人も現れない。


 店じまいの時間になり、寒さと疲れと空腹ですっかり萎えてのろのろと片付けをしていると一人の老婦人が近づいてきた。


 経験上、私は咄嗟(とっさ)に身構えた。


 が、老婦人は小さな声で


「よく頑張りましたね」


 と一言だけ言うとそのまますうっと去って行った。


 一瞬なにが起きたのかわからなかった。


 すぐに老婦人の姿を目で追ったがもう影も形も見えなくなっていた。私は思わず涙ぐみそうになった。


 自分の暇つぶしの為に販売員を翻弄しに来る人がいる一方で、寒さや疲れや足の浮腫(むく)みに耐えていることを知る人だっているのだ。


 一体いつから、どこから見ていたのか。ひどく奇妙な出来事だと思う。が、私は「どこかで誰かが見てくれている」のだと思った。


 音もなく近寄って来て瞬時に消え去ったあの老婦人は、働く人を見守る、元町商店街の妖精だったのだと思っている。


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