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何だよ、エンドロールって

 死ねば季節も何もあったものじゃない。

 しかし吹きつける向かい風は秋を感じさせた。暖かいような、肌寒いような風だった。

 悪い気分ではない。

 死んだ時の季節風が吹くのだろうか?だとしたら、風を感じるのもこれも最期なのだなと思って感慨深い。


 そうやって河に向かって歩いていると、スーツ姿の女性がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 足の裏にじゃりとした感覚が伝わる。さっきまで歩いていたのはコンクリートだったのか、土だったのか。確かめておけば良かったな、もう二度と歩かないんだし。



「こんにちは。奪衣婆様でしょうか?」

 ぼくは礼儀正しく挨拶をして、少しでも好感度の下げ幅を食い止めようとする社会人仕草が恨めしくなった。

 別に笑いたくもないのに口角が上がっている。卑屈なものだ。裏切られた青年そのものの、厭な顔をしているだろう。


 相対したスーツ姿の女性は自分とさして体格の変わらない、一見したところ同い年くらいの女性に見えた。

 細身の体にぴったりとしたスーツのブラウスの胸もとは、やや自己主張が強い。



 しかし奪衣婆である。

 同い年と言う事はないだろう。無いだろうと言うのも失礼なのかも知れないが、自分の知っている限りではきっと同い年ではない。ここはそういう環境のはずだ。


 女性も身体の前で手を重ねてぼくに向かって頭を下げて

「いいえ、わたしは奪衣婆様ではありません。奪衣婆様はこの先をおよそ214118歩ほど行ったところにあります。ちなみに歩数は何かあなたの功罪を暗喩するものではありません、単なる物理的な距離です」

 そう一息で綺麗に言い終えると、また少し息を吸った。

「もうエンドロールの記入はお済みでしょうか?」



 茶色い目がぼくを見据えている。

「エンドロール?」

 ぼくはきっと間抜けは顔をしていただろうが、思わず聞き返した。

「はい、エンドロールです。亡くなられた方全員に記入をお願いしております」

 スーツ姿の女性は少し微笑んで言った、ように見えた。


 ぼくは醜い愛想笑いをしているより、間抜けな顔をしている方がマシかも知れないと思いながら、エンドロールについて逡巡した。

「エンドロールって言うのは、あの映画とかで見るような」

「左様でございます」

「それは何か絶対に必要なものでしょうか」

 ぼくの知っているエンドロールだ。しかし、ものすごく面倒くさそうだ。


 女性はそんなぼくの気持ちを見抜いたのか、あくまで穏やかに、丁寧な説明を始めた。

「はい、必要です。亡くなられた方が一体どのような感情を抱いていたのか、どのような関係性だったのか、それらを記入して戴く事で、この後の行先やその後の対応に変化が出る事もあります」

 スーツ姿の女性は、細かい模様まで見えそうな大きい瞳でぼくを見ている。



 いま気付いたけれど彼女は瞬きをしていない。ぼくは?たぶん無意識で瞬きくらいしているはずだ。確認はしていないけど。

 エンドロールは書かなきゃいけないらしい。それなら確認しなけりゃならない。

「それって言うのは、きっと良い事ばかり書いてもダメなんですよね」

 彼女はぐっと頭を下げると「Exactry!仰る通りです!」と叫ぶように言った。

 びっくりしたけれど、ナメられないように定期的に大きな声を出すのかも知れないと思って何も言わなかった。


 彼女は下げた頭を戻すと、また瞬きしない大きな目でぼくを見据えて言った。

「良い顔をしたところで本音は違うものですし、そんなものはバレてしまいます。それに、その対象の方がお亡くなりになった時にも記入をお願いします。そこで齟齬があれば、その内容次第であなたかその方の評価が著しく変動する事もあります」


 これは大変だ。

 感謝のし忘れだとか、迷惑のかけっぱなしだとかを忘れるのは良くない気がする。しかしいい子ぶって恨みつらみを書かないのもきっと印象が悪いに違いない。


 ぼくは頭を抱えてしまった。

 ここに来てまで人間関係に煩わせられるとは思ってもみなかった。人間関係が面倒で死んだと言うのに、なんてことだ。

「あの、ちょっとお聞きしても良いでしょうか?」

 彼女は瞬きしない顔でにっこりと微笑んだ。とても怖い。

「なんなりと」



 ぼくはスーツ姿の女性の胸元を見ないように意識しながら訊いた。

「やはりそれは映画と同じように、下から上に流れていくもので、左から右に読むと言う認識で良いのでしょうか」

 どうしようもない質問だけれど、とにかく時間を稼がなきゃならない。そう思った。

 もしかしたらこれも、社会人としての悪癖かも知れない。厭になる。


 女性は瞬きしない茶色い目をぼくに向けると

「YesYesYes、その通りです!」

 そう叫んだ。直立不動で。

 大きな声を出しても微動だにしない彼女の胸を盗み見ながら、スペシャルサンクスに彼女の名前も書くべきか迷いながら、手渡されたペンを握った。

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