9 やっぱりカエデ、吹っ飛ぶ
「休憩!」「休憩!」
トンネルの奥からこだまのように声が聞こえてきた。
「休憩だ。行こう」
ノボルはカエデを誘った。
ヨシとラクもついてくる。
みんなはトンネルを出ると、すぐ近くに建っている洋館に入った。洋館に入ると、すぐにいい匂いが嗅覚を刺激し、おなかがぐう、と鳴った。
「食堂だよ。食堂はあちこちにある。仕事ごとに、みんなで近くの食堂に行くんだ。好きなものを食べたらいい」
洋館の入口に無数の手洗いがあって、みんなそこで手を洗って奥へ進む。
そこはお城の大広間のような大きなシャンデリアが吊るしてあり、その下にはテーブルクロスのかかったテーブルが無数に置いてある。
「好きな場所に座ればいいんだよ」
ノボルはヨシとラクに挟まれて座る。カエデはノボルの正面に座った。
テーブルの上には箸とスプーンとフォーク、いくつかのきれいな皿が置かれてある。
たくさんの人々が、あちこちのテーブルを埋め尽くすように座ると、奥の方から手に大皿を持ったガラスの人形が現れた。次々に料理を置いてテーブルを埋め尽くしていく。
カエデのすぐ隣にもガラスの人形が大皿を持ってきて、置いて行った。
近くで見ると、ガラスの人形は、洋服屋にあるマネキンのようだ。
顔には目鼻がなく、それらしく凹凸しているだけだ。
身体はほっそりとした女性のようだ。
胸まであるエプロンをかけていて黒いシャツとズボンを着ている。衣服のない場所は、人形の向こう側が透けて見える。
洋服屋のマネキンとは違うのは、手足につなぎ目がなく、人間と同じようにしなやかに動いていることだ。
カエデの周りにもガラスの人形が次々やってきて、たくさんの料理を置いて行く。
「すごい!」
気が付くと、テーブルの上には和洋中のさまざまな料理が置かれていた。
「何をどれだけたべてもいいんだよ」
ノボルはヨシとラクの皿に料理を乗せてあげながら言った。
カエデは初め遠慮がちに大皿のからあげを一つ取って食べた。
「おいしい!」
からあげは、いつ、どこで食べてもおいしいのだが、このからあげは今までに食べたことのないスパイスが使われているようで、カリカリ、サクサク、たまらなくおいしい。
隣に置いてあるシューマイにも手をのばしてみた。ふんわり口の中でとけるような、肉汁たっぷりのシューマイ。
たくさんのいろんな肉がゴロゴロ入ったスパイシーなカレー。
甘くてふわふわの卵焼き。
パリパリの皮に包まれたジューシーなウインナー。
肉と野菜がたくさん入った豚汁。
気が付けば、カエデはものも言わず夢中で料理を口に運んでいた。
「よく食べるわね」
急に女性の声がして、カエデは驚いた。知らない間にカエデの隣の席に若い女性が座っていた。
「メイサだよ。この子は新人のカエデ。カエデは大学生だ。メイサと同じだよ」
ノボルがにこにこ紹介してくれた。
メイサは大きな黒い瞳でカエデをちらっと見るとツンと横を向いた。
「メイサはね、すごい犬使いなんだよ」
ヨシが自慢のように言った。
「ボビーなんか、シューときて、パーと行くの」
ヨシとラクは身振り手振り、一生懸命話してくれるが内容はよくわからない。
メイサはヨシににっこりほほえんで「たくさん食べてね」と話しかけている。
笑うとすごくかわいい。カエデはうっかり自分にも笑いかけてほしいと思ってしまった。
メイサはラクにも微笑んで話しかけた。
「たくさん食べて大きくなるのよ」
「うん。カエデ、メイサと仲良くなれるといいね」
ラクがにこにこメイサに言うと、メイサはラクには、にっこり笑い返した。
だが、メイサは食事中ずっとカエデに話しかけることはおろか、横にいるカエデの顔を見ようともしなかったことに、カエデは気づいていた。
食後の仕事は、草原に出て放し飼いにしている牛や羊などの動物たちをそれぞれの家に戻す作業だ。
動物たちは草原が気に入っており、家に帰りたがらない。嫌がる動物たちを、牧羊犬を使って家に戻すのだ。
カエデはノボルと一緒に馬に乗った。
ヨシとラクは同じ馬に二人で乗っている。メイサはひとりで馬を扱っていた。
「この笛をうまく使って犬に命令を出すんだよ。もちろん、口で命令してもいいんだよ。でも、犬がものすごく遠くにいるときには声が届かないからね。やっぱり笛を覚えた方がいい」
ノボルが教えてくれた。みんな首から笛をひもでかけている。
「マイク、行くよ!」
メイサが言うと、一匹の牧羊犬がさっと走り出した。
子牛の大きさほどもあるボーダーコリーだ。
マイクは草原に散らばっている黒い点々に向かって風のように走り、吠え始めた。
みるみる黒い点たちは、マイクの誘導でひとつの大きな塊になる。その塊が、黒い線のようにのびて、牛の家のある方へ走り始める。
「うまいだろう、メイサは」
ノボルは自慢のように笑う。
「さあ、僕たちも行こう。ボビー、行くよ」
ボビーも大きなボーダーコリーだ。
賢そうな表情でノボルの号令を聞くと、ボビーは別の斜面に向かって走っていき、そこに散らばっている黒い点々を一つの塊にし始めた。
「優秀な犬たちですね」
カエデは馬で走りながら感心した。
「そうだろう。カエデもひとりで馬に乗れるように、練習するんだよ」
「はい」
牛が一本の黒い線となり、カエデの隣を走っていく。
ボビーが吠えながら牛たちを家に戻していく。
次にカエデは羊の群れを家に戻す作業に取りかかった。
羊は牛のように多くないし、牛のように広範囲で放たれていなかったので、カエデは自分の足で羊の群れを追った。
やはり、ボビーが優秀な働きをしている。
羊が群れになって家路に向かう中、一匹の羊が群れから離れて別の方へ駆け出していく。すぐにボビーが気づいて群れに戻す。
今度はカエデの近くにいた子羊が群れから離れて好きな方へぴょんぴょん走っていく。
「子羊が!」
カエデは子羊を追いかけた。子羊はカエデに追いかけられていることに気づくと、カエデの顔をジーっと見つめてきた。
やあ、かわいいな。
子羊は、カエデの方に向かって走ってきた。
あ、おりこうだな。ちゃんと戻ってきてくれた。
子羊は、まっすぐカエデに向かって走ってくる。カエデの近くにきてもスピードを緩めない。
おや、どこまで走るのかな?
カエデが気ついたときには、子羊の頭突きをまともに受け、カエデは宙を飛んでいた。
「何をやっているの!」
メイサが怒鳴っている。
ヨシとラクがお腹をかかえて笑っている。
マイクが風のように走ってきて、子羊をあっという間に群れに戻した。




