8 ヨシとラク
「ノボル!」
甲高い声がした。
ノボルの足元に、幼い男の子がふたり、かけよってくる。
「おチビちゃん、今日も元気だね」
「ヨシがおれのジュースを飲んだんだよ!」
「ラクがおれのからあげを食べるからだよ!」
「ヨシのほうが多く食べた!」
「ラクだよ!」
「ほれほれ、けんかするでないよ。今度、私のを分けてあげるからね」
「今度っていつ?」
「今日?」
「ははは、いつでもかまわんよ。ほれ、このお兄ちゃんは、今日が初めてなんだ。お兄ちゃんに教えてやってくれないか」
「お兄ちゃん?ああ、お兄ちゃんか。名前は?」
チビがえらそうに言う。
カエデは怒るよりむしろ、かわいらしいと思った。
「僕は、藤カエデだよ。君たちは……」
「カエデ!こっちだ!おれが教えてやる!」
「おれが教えるんだ!」
チビたちは向こうの方へかけていった。
「元気だろう」
ノボルはにこにこ笑っている。
「大きい方がヨシ、小さい方がラクだ。兄弟なんだ」
ノボルは、また顔を曇らせた。
あんな幼い子どもが、兄弟そろって死にかけているということか。
たしかに気の毒だ。何があったか知らないが、カエデには抱えきれない事柄だと思った。
だから深く考えないようにしよう、と無意識のうちに決めていた。
「スペード、おれを強くしてよ!」
ヨシの大きな声がトンネルの奥から聞こえてくる。
「おれも!おれも!」
しばらくしてヨシとラクがカエデのところに走ってやってきた。
それを見て、カエデは仰天した。
チビのヨシとラクが、本人の背より長くて太い熊手を軽々と持ち上げてやってくる。
「カエデ、こっちだ」
ヨシがカエデについてくるよう、言った。
「カエデも熊手を持って!こっち、こっち」
ラクについていくと、道具がずらりとならんでいる場所に連れていかれた。
「好きなのを持って」
カエデはヨシと同じ熊手を持ってみた。熊手はカエデの想像以上に重く、びくともしない。
おかしいな、あのチビたちの道具とこれは、違うのかな?
ともかく、小さい熊手を選んでヨシとラクについていく。
「こうやって、牛のうんちをかき出すんだよ!」
ヨシが土の地面を熊手で地面をかいた。
牛のうんちというような、黒っぽい粘度のある物体が熊手でかき出されていく。
ワラのような汚れた草もかき出していく。
カエデはチビに負けないよう、小さな熊手で奮闘するが、チビたちの方がしっかり働いているのは、誰の目にも明らかだった。
汗だくで、カエデは重い粘土質のものと格闘する。真っ黒の物が地面に粘着して離れない。
カエデがもがいている横を、チビたちがバランスボールを転がす勢いで真っ黒の物を運んでいっている。
「調子はどうだい?お、カエデ、チビたちに負けてやしないかい?」
ノボルはわはは、と笑った。
「いえ、本当に重いのです、どうしてこの子たちは軽々とできてしまうのか……」
「あ。カエデ。言うのを忘れていたよ」
ノボルがぽん、と自分の頭を軽く叩いた。
「仕事前に、スペードに強くしてもらわないと、仕事にならないんだよ」
「はい?」
なんだ、おじいさん!大事なことを言い忘れているんじゃないよ!
カエデは全身から汗をぼとぼと落としながら思ったが、口に出さなかった。
「こっちだ」
カエデはノボルについて行った。トンネルの奥の方にピンクの髪の女性がいて、たくさんの人々に指示を出していた。
「スペード、新人のカエデを強くしてやってほしいんだ」
ノボルが女性に声をかけた。
女性が振り向いた。すごい美女だ。カエデは先日出会った美女だと思い出した。
「カエデ。何か用?」
スペードはカエデを上から見下ろしている。カエデは頭から水をかぶったように汗だくで、黒い何かが服のあちこちについている。ドブネズミみたいにみじめな恰好でカエデはスペードを見上げた。
「カエデを強くしてほしいんです」
ノボルが横から口をはさんだ。
スペードは美しい表情をほぼ変えず、カエデのそばにツカツカと歩いてきた。美女だけにすごみが感じられる。
「強くなるには、私がやってもいいし、ツヨクナールを飲んでもできます」
カエデは思わず後ずさりする。
ツヨクナール?何を言っている?
思わずカエデは身構えた。
スペードは無表情のまま、カエデの前で大きく腕を振った。カエデは思わず両手を頭の上にあげてかばった。なにも起こらない。
「ありがとうございます」
ノボルが代わりに礼を言った。
「さあ、行こう」
カエデはノボルと歩き始める。
「何だったのですか」
スペードから十分離れたところまできて、カエデはノボルにたずねた。
「そうれ、何があったか自分で試してごらん」
作業場に戻ると、ヨシとラクが大きな熊手を振り回してチャンバラごっこをしていた。
「こりゃ、スペードに叱られるぞ」
ノボルが笑いながら二人をたしなめる。
カエデは使用中の小さな熊手で土をかいてみた。
「え!」
驚いた。
重くて黒い粘土質の物が、まるで白い綿毛のような軽さに感じた。
「ほうれ。スペードの魔法はすごいだろう」
ノボルは自分のことのように喜んで笑っている。
さっそく、カエデはヨシと同じ熊手と交換してみた。重くて長い熊手が、箸を扱うかのように思い通りに動かすことができる。
「すごい!おもしろい!」
カエデは夢中になって、仕事に取り組んだ。