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6 クローバーの秘密

 次にカエデが目覚めると、ベッドの周りには誰もいなかった。


少し手を動かしてみた。


痛くない。足を動かしてみた。痛くない。背中もおなかも、どこも痛くない。


 ベッドの上に起き上がってみた。痛い場所はどこにもなかった。


思い切って、ベッドから飛び降りてみた。大丈夫。異常なし。


 「目が覚めましたね」


 クローバーが現れた。ずっとカエデは気になっていたことをたずねた。


 「クローバー、今、どこから現れたの?」


 「ああ、ここですよ」


 クローバーはちょっと後戻りした。手をすっと動かすと、カーテンをめくった。


 「カーテン?」


 「そうです。何か気になりますか?」


 クローバーはにこにこ笑っている。


 カエデはカーテンのところまでいき、手で壁を探る。


あるところで、硬い壁が柔らかい布に変わる場所が確かにあった。


めくると、確かになんの変哲もないカーテンだ。


ただ、そのカーテンは、壁の絵とあまりにも溶け合っていて、風景の一部にしか、見えない。向こうまで、木々が生い立っている公園にしか見えない。


「どうしてこんなに絵か、壁か、わからないくらいの部屋にしているの?」


 「どうして?理由はありません。おもしろいから、そうしているだけです」


 クローバーは答えた。


 「たしかにおもしろいけれど。これでは壁か入口か、本当に公園か、わからないじゃない?」


 「わからなくて、いいじゃないですか」


 クローバーはにこにこしている。


 「わからなければ、壁にぶつかるし、危ないと思うけど」


 「大丈夫です、ぶつかるのは人間だけですから」


 「……」


 何をいっているのだろう?


カエデの頭の中で、毛糸の玉がぐちゃぐちゃにもつれたような、そんな気分になった。


ぐちゃぐちゃの頭のなかで、ただひとつ、絶対に不思議だと思うことに気がついた。


 「人間て?クローバーも人間でしょ」


 「ふふふ、気づきましたか。僕は、僕たちは、人間ではありません!」


 「人間じゃなければ、何?」


 何を言い出すんだ、と再びカエデの頭の中で毛糸がもつれた。


 そんなことはおかまいなしに、クローバーはくすくす笑っている。


 「人間は、みんな同じ質問をします。最近の人間界では、天国や地獄とか、神や天使、鬼や悪魔といったものたちの存在が、かなり薄くなっているのですね。でもね、」


 クローバーが声をひそめ、カエデにその美しい顔を近づけてきた。


 思わずカエデはのけぞる。本能が、怖いと言っている。


 「信じても信じなくても、そういうものは、あるのです。その証拠が、僕たちです」


 クローバーの美しい顔が、みるみる獣のような顔に変わっていった。


 「!」


 カエデは息を飲んだ。


 「僕たちは、人間ではないのですよ。わかってもらえましたか」


 すぐに元の美しい顔に戻ったクローバーは、にこにこ笑っている。


 「僕をおそうつもり?」


 カエデは精一杯、強がってみせた。クローバーはくすくす笑う。


 「できれば、襲って食べてしまいたいですね。でも、僕たちには仕事があるので、それはできません。安心してください」


 「ああ、薬が効いたのね」


 ダイヤがやってきた。


 「いい調子です。悪態をつくことができるようになっています」


 「うん、上出来」


 ダイヤがカエデの頭の先から足の先まで、じっくり眺めまわした。


 「カエデ、元気になったら、仕事に行ってもらうわよ」


 「仕事?」


 「そう。さっき見たでしょ。あそこで働くのです。しっかり仕事をして、自分の部屋と自分の食事を手に入れてね。


もっとも、カエデは今、生身の人間ではないから食べなくても寝なくても死ぬことはないから安心してね。痛みや苦しみは感じるけどね」


 ダイヤとクローバーが声を出して笑う。


 「ちょっと待って」


 カエデが二人を交互に見る。


 「仕事をすると、部屋と食事がもらえるんだね?もし、仕事をしないとなると、どうなるの?」


 「牛と一緒に外で寝て、草でも食べればいいんじゃない。命の玉をとられないようにしてね」


 「命の玉?」


 「そう、人間はひとりひとつ、命の玉を持っているの。中には、それをふたつもみっつも、欲しがる人間がいるのよねえ」


 「ひとりでたくさん命の玉を持っていると、どうなるの?」


 「さあね。人間じゃないから詳しくないけど、長生きでもするんじゃないの?」


 ダイヤとクローバーは大笑いした。カエデには、なにがおかしいのかわからない。


 「じゃあ、近いうちに仕事の話を伝えるから、今日はゆっくりしていてね」


 ダイヤとクローバーは部屋を出ていった。


 部屋に残ったカエデは公園みたいな部屋の中をぐるぐる歩きまわった。


ベッドに仰向きに寝転んで、青い空の絵を見ながらいろいろ考えた。


 本当に、変なところに来てしまったらしい。


 なぜ、こんなことになったんだろう。


 さっき見た、広い草原を思い出した。大きな黒い牛を思い出した。大きな牛に飛ばされたことを思い出した。


 飛ばされた?


 牛に飛ばされたとき、このあいだもこうなった、と一瞬感じたのだ。


 いつ?


 カエデは考えた。


 空中高く飛んだ……。しかも、嫌な思い出だ……。


 「セマシ」


 セマシだ。セマシをかばおうとしたら、僕が車に飛ばされた……。タクシーに……。


タクシー?なんでセマシのタクシーが、勝手に走っていた?


 急に、カエデの脳裏に思いつくことがあった。


 セマシの借金取りか!そうだ、そうに違いない。セマシの借金のせいで、僕はこんなところにきてしまったんだ!


 セマシのせいで……!


 カエデは天井の絵をじっと見つめた。


 天井の絵は、本当の空のように、すがすがしく、どこまでも青かった。


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