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5 すきま区での仕事

 その高さは並みの人間がジャンプする高さではなかった。高い木のてっぺんくらいまで浮かび上がる。


カエデの足の下を、巨大な真っ黒な群れが走っていく。


 クローバーとカエデの体が、ふっと無重力状態になった。


 怖い!


 次の瞬間には、地球の重力にゆっくり、そして徐々に速く引っ張られていく。


 あとは黒い濁流に飲み込まれ、ぺしゃんこになるだけ。


しかし、カエデの体はかっちり閉じたまま、動かない。そのまま、カエデの体はクローバーとともに下降していく。黒い流れに突っ込んでいってしまう!


 死んでしまう!


 カエデは目をギュッと閉じた。


 次の瞬間、カエデの体は大きく柔らかいものの上に着地した。しかも、その着地点は激しく動いている。


 なんだ?なんだ!


 カエデは思わず目を開ける。風がびゅんびゅん顔に当たる。まるで、バイクに乗っているかのようだ。


しかし、バイクのはずの物は激しく動いている。熱い体温さえ感じる。


 「馬の首をしっかり持って!」


 クローバーが言うと、カエデの手が勝手に動いてしっかり馬の首に抱きつく。


カエデは、馬の背に乗って、草原を走っているのだ!


 カエデのすぐ後ろにクローバーがいて、カエデをしっかり抱えながら馬を操作している。


 土煙で目が痛い。


涙を流しながらカエデが見た物は、カエデの乗っている馬の周辺に、無数の黒い牛が走っている光景だった。


クローバーは、牛の群れから馬を離して走らせた。


 完全に牛の群れから離れると、クローバーは馬の走るスピードを緩めた。


 カエデの目の前には、大きな無数の黒い牛が、激しい川の流れのように走っているのを見ることができた。


しかも、その牛の周りには、牛より小柄な犬たちが、大きな声で吠えながら牛を誘導しているのも見えた。


 カエデの乗っている馬が完全に立ち止まった。


 「あそこの山の斜面に牛を連れていくのです。草がたくさん生えているからね。牛に食べさせるのですよ」


 クローバーが教えてくれた。


 クローバーの言うとおり、緑輝く緩い斜面が牛たちの走っていく前に雄大に広がっている。


それを見ているうちに、カエデの口がカエデの思い通りに動くようになったことに気づいた。


 「びっくりしたじゃないか!」


 カエデは歯が動くようになり、クローバーに抗議しはじめた。


クローバーが答える前に別の声がした。


 「新人?」


 女性の声だ。


カエデは驚いて声の方を見ると、鮮やかなピンク色の髪を肩までたらした女性が馬に乗って、カエデの馬の横にきた。この女性もとびきりの美人だ。


「そうです。藤カエデと言います。来たばかりで、混乱しているところです。うふふ。スペードのところにつれていくよう、ダイヤに言われました」


 クローバーが業務連絡をする。


「了解。そのまま、丘に連れて行って。あとから行きます」


「了解」


クローバーは、スペードから離れ、馬をゆっくり走らせた。


「どこへ行くって?」


「丘です。もう落ち着いているばすです」


クローバーは、馬をゆっくりすすめると、牛たちが走っていった丘に向かってゆっくり進んだ。


 広い緑色の丘のあちこちに、黒い点々に見える牛たちが見えてきた。さっき、獰猛に走っていたとは思えない、のどかな風景だ。


 クローバーの運転する馬にゆられていく。


ある場所で、クローバーはカエデと一緒に馬を降りた。


草の青々しい香りが心地よい。さわさわと草がゆれる音がする。一瞬、天国とはこんなところなんだろうか、とカエデは思った。


 ガサっと近くの草が激しく音がした。低いうなり声がカエデの頭のところで聞こえた。


次の瞬間、カエデの体は強い力で地面に押し倒されていた。


カエデの目の前には、大きな犬が牙をむいてにらみつけている。カエデは声も出ない。


死ぬ、と確信した。


「マイク」


 クローバーが言ったような気がした。


カエデの目の前の大きな犬は、大きな口を開け、うわおん!と吠えた。


 「マイク!どきなさい」


 スペードが強い声で犬に命じた。


犬がカエデの上からすっとどいた。


カエデは動けないまま、あおむけに寝転んでいる。


 女性がおかしそうに声をたてて笑った。


 「カエデ、私はスペード。看護師です」


 看護師?馬に乗った女性が?


 カエデはわけがわからない。ゆっくり立ち上がる。


 「あはは!」


 スペードはおかしそうに笑った。


 「カエデ、ここではなんでもありなんですよ。徐々に慣れてください。ほら、子牛がきましたよ」


 むこうから、たどたどしい歩き方で牛がやってきた。


子牛だとスペードは言ったはずだが、その大きさはカエデよりも背が高い。


スペードの隣には、マイクが伏せている。


伏せているマイクは、白と黒の大きなブチ模様で、毛が長い。


カエデは牧羊犬のボーダーコリーを見たことがあり、それだとは思ったが、大きさがべらぼうに大きかった。ほぼ子牛と同じくらいの大きさだ。


マイクは子牛とスペードを交互に見ている。いかにも賢そうな表情だ。


 子牛はよろよろ歩いてきて、カエデの胸に鼻をつけた。


かわいいな、と思ったが、カエデのワンピースに子牛の鼻水がべったりついた。


ああ、服が汚れたよ、と思ったが、赤ちゃん牛のすることだ。腹は立たない。


カエデは子牛の頭をなでた。ピンピン立った毛でおおわれた頭は想像よりもやわらかく、気持ちよい手触りだ。


 低く唸るような音が遠くから聞こえた。


 「カエデ、そこをどくんだ」


 スペードが短く言った。


 「?」


 カエデが首をまわす前に、ドッと土を蹴る音を聞いた。


すでにカエデの目の前には真っ黒の、怒りに満ちた表情の牛がかけてきていた。


 カエデは考える余裕もなく、全身に強い痛みを感じたときには空中高く飛んでいた。ふ、と記憶がなくなる。




 「カエデはよほどベッドが好きなんだね」


 クローバーがくすくす笑っている。


 カエデが目を開くと、青い空と白い雲、そして二重の虹が見えた。


ぼんやりしたが、比較的すぐにここは初めの部屋だと理解した。


動こうとすると、手足が動かない。背中に突き刺すような痛みを感じた。


 「さあ、これを飲んで」


 ダイヤが水色の液体が入った小さな吸い飲みをカエデの顔の前に持ってきた。


カエデは動くと強い痛みを感じるので、ダイヤにされるがまま、吸い飲みから味のない液体を飲み込んだ。


 「眠るといいです」


 ダイヤはきれいな顔でほほえんでいる。カエデは再び深い眠りに落ちた。


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