4 ダイヤとクローバー
カエデが目を開けると、青い空が見えた。空には輝くように白い雲が浮かんでいる。その先に、虹が二重にかかっている。
「ダイヤ、カエデが目を開けました」
若い男の声が聞こえた。
「うん。いい調子。なかなか大変だったわよ」
女性の声がした。
「カエデ、聞こえる?聞こえたら返事しなさい」
女性は部下に言うようにカエデに声をかけた。
「……あ……」
カエデは返事しようとすると、のどから変なうめきが出て驚いた。
「うん。喉がやられているね。わかった」
女性が近くに寄ってくる。それで気づいたが、カエデは仰向けに寝ているらしい。
女性はカエデの顔をのぞきこむように見ている。女性はカエデの顔の前で宙をなでるような手の動かし方をした。
「はい、これでどう?カエデ、返事しなさい」
もう一度、女性が言った。
「はい……」
「うん、上出来。もう少し意識がしっかりしたら起きれるから。あとはお願いね」
「はい、わかりました」
若い男が返事した。
女性はどこかに歩いていってしまったらしい。足音が遠ざかっていく。若い男がカタカタと何かをしている。
カエデはしばらく、青い空を見上げていた。白い雲は輝いている。
だいぶ長い時間、ぼんやり眺めていて、ふと気づいた。
虹も、雲も、全く動いていない。
普通、風が吹いて、雲は絶えず形を変えているはず。
視線を空からはずした。周りには緑の葉を豊かに蓄えた木々が立ち、地面には花々が咲き誇っている。
公園?僕は公園で寝転んでいる?
手を動かすと、かけ布団がかかっているのに気づいた。足を動かすと、やわらかいベッドに寝ていることがわかった。思わず、ガバッと起き上がった。
「うん、いい調子」
若い男が仕事の手を動かしながら言った。
ベッドの上に座り、周りを見回すと、公園の中にベッドがあった。
カエデはそこに寝ていて、そばに若い男がやってきた。
若い男はにっこり笑った。まるで女の子みたいなかわいい顔をしている。緑、茶、黒がまだらになった不思議な髪の色。まるで迷彩色だ。
「君は藤カエデだね?」
「はい」
「僕はクローバー。看護師だよ。ここは、すきま区四丁目の四丁目診療所」
「すきま区?いったい何県?」
クローバーはふふ、と笑った。
「ダイヤを呼んでくるね」
クローバーはすっと消えるようにどこかに行ってしまった。
不安がカエデを占領した。カエデはベッドから飛び降りた。
「帰ろう」
カエデは歩き始めた。
足がスースーする。ズボンを履いていない感触。身体を見下ろすと、ワンピースのような服を着ていることに気づいた。足は、はだしだ。
この恰好で外をウロウロ歩き回っているなんて、変な人間だと思われると思った。
「でも、ここにいるわけにはいかない」
カエデは歩きはじめた。
「カエデ」
歩き始めるとすぐに女性の声がした。
振り向くと、クローバーと、さっきカエデをのぞきこんでいた女性がいた。
女性はやはり公園の真ん中にある、ゆったりした椅子に腰かけ、クローバーはその隣に立っている。
女性はカエデが今まで見たことがないような美人で、ダイヤモンド色のゆるいウェーブをした長い髪を胸までたらしている。少し意地悪そうな笑みを浮かべている。
「あなたは誰?ここはどこ?僕は家に帰りたい」
「私はダイヤ。医師です。これはクローバー。看護師です。ここは人間がいうところの、あの世とこの世の間にある世界。名前をすきま区というの。すきま区も広くてね。ここは四丁目。四丁目にある診療所だから四丁目診療所。単純な名前でしょ」
「言っていることが、よくわからないですが」
「当然ね。カエデが今まで一度もしたことがない体験をしているのよ」
「……そんな体験は、したいと思わないので。僕は家に帰ります」
「当然ね。クローバー」
「はい」
「では、行きましょう」
クローバーがにっこり笑い、カエデに手招きして誘う。
カエデの体がカエデの意思に逆らい、勝手にクローバーのあとについて歩く。
広い廊下に出る。そこを通り抜けて建物の外へ出た。見渡す限りの草原だ。
「行くって、どこに……」
急に、どこからか、数匹の犬が激しく吠えている声が聞こえてきた。同時に地面を叩きつけるいくつもの足音が鈍く響いてくる。
「歯をかみしめて。しっかり口を閉じて」
クローバーが言うのに対して、え、とカエデが言う前に、カエデの上の歯と下の歯が、かっちりひっついて取れなくなった。
「ほら、来ましたよ」
クローバーがカエデの体をひょい、と肩にかついだ。まるで、カエデの体が大きな綿入りのぬいぐるみになってしまったかのようだ。
クローバーがカエデをかついだまま、走り出す。
見渡す限り、緑の草が続いている。
青い空と緑の大地が交わる地平線はずっと向こうの方に見えた。
その地平線の一部が煙って見える。
そこから、地響きと犬の吠える声が聞こえてくる。
しかも、煙は、だんだん近づいてくる。今では、その煙が土煙であることがカエデにもわかった。
「うふふ、やってるね」
クローバーがおもしろそうに笑った。
大地を揺るがす大きな地響きとともに、無数の大きな動物がうなる声、たくさんの犬が吠える声がみるみる近づいてくる。
危ない、逃げないと!
カエデは恐怖にとらわれるが、クローバーの怪力でがっちり抱えられてしまって動けない。
ふいに、クローバーが高く飛び上がった。




