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29 カエデ、帰る

 オニオンについていくと、ヒカル子はビル内の自宅でくつろいでいた。自宅もかなり高級な家具に囲まれている。


 「これ、全部不法な金で入手したの?ヒカル子さん」


 カエデは胸がしめつけられた。


セマシが、カエデが、知らない誰かが、清貧の生活をしているときに、ヒカル子は他人の不幸の上に立つ自分の幸福をむさぼっていたのか。


 情けなかった。悔しかった。許せなかった。


 カエデはキッチンに向かった。


 「何するの!」


 メイサが止めたが、カエデは冷蔵庫を開けた。


牛乳を探した。ワインのビンはたくさん入っていたが、牛乳など見当たらない。が、コーヒーに入れるのだろうか、小さいクリームの箱を見つけた。


カエデは、クリームを一口飲んだ。


 「カエデ!」


 メイサが叫んだ。


 「そんなことをしたら!」


 カエデは磨き上げられたキッチンの食器棚に自分の姿が映るのを確認した。キッチンを出て、ヒカル子がくつろいでいるリビングに向かう。


 当然、ヒカル子は驚いた表情。


 「僕は、藤カエデ。あなたの子どもです」


 ヒカル子は目を見開いている。


 「あなたの不正を認めてほしくて、やってきました」


 ヒカル子は、カエデの顔をジッと見つめた。やがて、不敵な笑みを浮かべた。


 「確かに、藤ヒロシに似ているわね。どうやって、ここに入ったの?私の不正の前に、お前は住居不法侵入よ」


 ヒカル子は声を出して笑った。


リビングの入口がパッと開いて、スーツを着た警備員が走りこんできた。カエデに飛びついてくる。


カエデは片手で警備員の服をつかむと軽々とリビングの外につまみ出した。ヒカル子は目を見開いている。


 「ヒカル子さん、あなた自身で罪を認めてほしい。殺人を犯してまで金を手に入れていたこと。でないと、僕は、あなたを訴える」


 ヒカル子はカエデをにらみつけた。


 「何の証拠もないのに、よくしゃべる子ねえ。住所侵入に加え、暴行罪まで働いているくせに」


 ヒカル子がしゃべり終わる前に、メイサが「カエデ!」と叫んだ。


金木がカエデの後ろから忍び寄り、ゴルフクラブを頭めがけて振り下ろす。


カエデは瞬時にかがんで攻撃をかわした。ゴルフクラブをつかむと、ぐんにゃり曲げて捨てた。


金木も目を見開いた。


 「セマシが、他の知らない人が苦しんだんだよ。死んだ人もいるんだ!罪を、認めてほしい」


 金木が新たなゴルフクラブをカエデのお腹目がけて振った。


カエデの体はすう、と消えた。クリームの効果が切れたのだ。


 ヒカル子と金木は、きつねにつままれたような顔をしていた。


 「悪い前触れかも」


 ヒカル子は、立ち上がり歩き出した。


 「どこへ?」


 「サーバーの情報を全部消すの。急いで」


 ヒカル子と金木はビルの地下へ向かった。


カエデとメイサもしっかりついていく。軽い物がポロポロとこぼれ落ちていく音がする。


「何してるの」


メイサが後ろを振り返って言った。


「全部、消してやるんだ!」


カエデは、走りながらトラ色の大きなカプセルを点々と落としていく。


 ヒカル子は厳重な扉を暗証キーで開け、PCを確認しはじめる。


 「やばいぞ、すぐ閉じるんだ!」


 金木が叫ぶ。ヒカル子もハッと息を飲む。目の前の画面が、どんどんコピーされていく……。


 突然、防災避難のサイレンが鳴り響く。


 「なんなの!」


ヒカル子が部屋中にある無数の防犯モニターに、ビル内にいる人々が慌てて逃げ出す様子があちこちに移し出されている。逃げた後のビルの壁が不意に崩れている。


「くそ!」


金木は大型PCを蹴とばした。


「私たちも逃げなければ!」


 地下にも地震のような揺れが起こった。頑丈な壁に大きなヒビが入る。あっと言う間に大きな瓦礫となり、ヒカル子にふりそそごうとしている。


 カエデはツヨクナールを飲んでいたので、どんなに大きな瓦礫でも片手で受け取って投げ捨てる。


 そんなことは露知らず、ヒカル子、金木は部屋から必死に逃げ出した。


 人々が全員逃げ出したころ、ビルが砂で作った塔だったかのようにザラザラと崩れていった。


 「やった……」


 崩れていく大きなビルを、カエデとメイサは見つめていた。


 「ビッグボムなんて、私、初めて見たわよ」


 「こんな大きなカプセル、なんなのってダイヤに聞いたら、ダイナマイトよ、って教えてくれたんだ」


 カエデは手のひらと同じ大きさのトラ色のカプセルをメイサに見せた。


 「うん、さすがに大きいわね。しかも変な色。こんなの、飲む人いないわよ」


 「夜警で使うらしいよ、カプセルについている小さな尻尾を折り取ればダイナマイトが発動するんだ」


 「へえ……」


 メイサはめずらしそうに、大きなカプセルを手の上で転がしていた。




 カエデの病室で、セマシがサブベッドに座ってカップラーメンをすすっている。


太ももに、スマホがとん、と当たった。


 「うん?」


 セマシはスマホを持ち上げ、光っている画面を見て箸を落とした。




 ゴールドツリー生命保険の代表取締役社長の逮捕が世間を震わせ終わったころ、カエデは目を覚ました。白い天井が見えた。


 目だけ、きょろきょろ動かすと、セマシにちょっかいを出されていた女性看護師が大きな声を出した。


 「おお、びっくりした。看護師さん、おれはまだ、大きな声を出されるようなことはしていないよ」


 「藤さん!あなたじゃないです、カエデさんが目覚めています!」


 看護師はベッドの枕元にあるスイッチを押して、看護師や医師を呼んだ。


あっという間にカエデの周りにはたくさんの白衣の人間がやってきて、いろんな検査をした。


セマシは、部屋のすみでじっと様子をうかがっていた。


 医師の説明を受け終わり、やっとセマシはカエデと二人きりになった。


 「よお」


 セマシは安堵、心配、うれしい、不安、全部入り混じった複雑な表情でカエデを見ている。カエデは、思わず、ニッと笑った。


 「お前、心配かけんじゃねえよ」


 セマシは涙を流した。鼻水も出ている。ベッドの上からカエデを見下ろしているものだから、それらがカエデにかかってきそうに思えた。


 「やめろ、セマシ。鼻水、汚い」


 カエデは途切れ途切れ言った。


 セマシは、お、という表情をした後、ニッと笑って余計にカエデの顔の上に自分の顔を近づけてきた。


 「やめろ!」


 カエデは思わず体をねじってよけようとした。


 「いててて」


 体じゅうのあちこちが痛んだ。


 「おお、すまん。お前はまだ体じゅうの骨が引っ付いてないんだよ」


 セマシはえへへ、と笑った。


 カエデは、あれ、と思った。


すごく美しい医師なら、こんな怪我くらいすぐに治してくれたはずなんだけどなあ。あの医師は誰だったっけ。


 「ねえ、これくらいなら、あっと言う間に治してくれる医師がいたでしょ、呼んでよ」


 セマシはうれしそうに笑った。


 「言うねえ。なんか、お前、頼もしくなったか?これでも医師たちが最新技術でここまで治してくれたんだぜえ。お前の治りも早いって、目を見張ってたよ」


 「そうなんだ……」


 カエデは、セマシの顔を見ながら、あの医師は誰だったのかなあと思い出そうとした。が、女性だったのか、男性だったのかさえ、わからなくなってきた。


 数週間経つと、カエデは車椅子で移動することができるようになった。


病院のロビーにあるテレビを見ていると、トークショーをしていた。


司会者のタレントが俳優を紹介しているようだ。時々、ドラマの一部らしい映像を流しながら話を進めている。


 カエデがぼんやりテレビ画面を見ていると、若い女優が怒っている演技をしている場面が流れた。黒い瞳で相手をギュッとにらみ、眉を吊り上げている。


 あの顔、見たことがある!


 瞬時に、カエデは思った。


 どこで?いつ?どんな時に?


 全く、思い出せない。


 またトーク場面に戻り、司会者のタレントが呼ぶと、スタッフが犬を連れてきた。女優は、犬を見て大きな黒い目をにっこりと細めて笑っている。


 カエデは女優の笑顔に胸を撃ち抜かれた。


 「あたなは、ドラマの中でワンちゃんと共演すると、ドッグトレーナーよりもワンちゃんをうまく扱うらしいわね」


 司会者が言うと、女優はくすぐったいみたいな笑い方をした。


 「そんなこと、ないです。でも犬が大好きなんです」


 スタジオでも、犬が女優に尻尾を振っている。そればかりか体を女優にすりよせて甘えている姿を映し出している。


 あの場面!


 あの場面も、何度も見たことがある!


 カエデは、テレビに食い入るように見ていると、セマシが、わははと笑った。


 「なんだ、カエデ。あの女優にフォーリンラブか?」


 「……初めて見たよ!……なんて言う女優なの?」


 「なんだっけなあ。め、め、なんとかだ。あれだ」


 セマシがテレビ画面を見ると、テロップで「今、売れに売れているメイサ」と出ていた。


 カエデは、安心、うれしい、懐かしい、不思議な気持ちが胸にこみあげてきて、目が熱くなった。


 「どうした、カエデ?お前、トークショー見て泣いてるのか?おかしなヤツだなあ」


 セマシがわはは、と笑った。

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