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27 カエデ、キングに会う?

 古いアパートの玄関の扉が開いた。


 「おかえりなさい」


 「ただいまあ」


 セマシは玄関を入るや、さっきまでのタクシー業務で嫌な思いをしたことが、嘘のように吹っ飛んだ。大きなお腹をしているヒカル子に抱きつく。


 「今日はね、病院に行ってきたの。順調に大きくなっていますよって」


 「それは、よかったあ。ねえ、名前、何する?」


 「私、いろいろ考えたの。男の子でも、女の子でも、通じる名前。かわいい名前」


 「なに、なに?」


 「モミジちゃん、カエデちゃん、それからコスモスちゃん」


 「ヒカル子ちゃん、たくさん考えてくれたんだねえ!ありがとう!」


 「セマシさん、どれがいいと思う?」


 「うーん、難しいなあ。……カエデちゃん?」


 「うん、わかった!カエデちゃんにしよう!カエデちゃん、君の名前はカエデちゃんだよ。元気に生まれてきてね」


 ヒカル子とセマシは、大きなお腹を優しく、優しくなでた。ずっと、ずっと、幸せは続くとセマシは思っていた。




 セマシはタクシー業務が一段落すると、目を覚まさないカエデの病室を見に来ていた。


 「おーい」


 セマシはカエデに呼びかけた。カエデはピクリともしない。眠り続けるカエデの顔は、自分の若いころにそっくりで、しかもヒカル子の面影も併せ持っていた。


セマシは押しつぶされそうな気持ちをぐっとこらえた。


カエデは寝ているだけだ。ヤツはすぐに起きる。


セマシは己さえもだまそうと努力した。


ちょうど看護師が部屋に巡回にやってきた。


 「あ、看護師さん、ちょっとカエデのやつ、お腹がすいたそうで。代わりに僕が食べるので、看護師さん、あーん、て口に入れてほしいのだが」


 セマシはあーん、と口を開けて見せる。


 若い女性看護師は、ゴミを見るように通り過ぎていく。セマシはひとり、えへへと笑った。


 「さーて、カエデ、仕事に行ってくるわ」


 セマシは病院を後にした。




 「カエデ、キングが呼んでいるわ」


 ダイヤがカエデを呼んだ。


ダイヤはまるで女神のように美しい微笑みを浮かべている。


いつものちょっと意地悪そうな表情が見られないことで、どれだけ重要なことか、カエデは瞬時に理解した。


 「わかった」


 カエデはダイヤの後について今まで通ったことのない廊下を歩いた。


壁は手掘りのトンネルのようにボコボコしていて、それでいて包み込むような優しい感じがした。


長い廊下を歩くと、行く先にぽっかり小さな穴が開いていた。穴の先は、明るく輝いている。


カエデは穴に吸い込まれるかのように進む。


 穴の先は、透明で青い世界が広がっていた。まるで海の中のように透きとおっている。


 みんな、ここに来たんだなあ。


 きれいな青い大広間を見回した。ノボル、ヨシ、ラク。みんな、幸せになっているかなあ。


 太陽の光に輝く海底のような大広間をカエデは歩いて行く。前を歩くダイヤが止まった。


 「ここからは、カエデがひとりで行くのよ」


 ダイヤは大広間の向こうに、カーテンの降りている天蓋を手のひらで指した。青く輝いている世界を、カエデは一歩一歩、進む。


 天蓋に近づくと、足音もなく小さな子どもが天蓋の方からやってきた。


子どもは天女のように髪を丸く結び、聖徳太子の画のような着物を着ていた。


ダイヤやスペード、クローバーの美しい顔には慣れたはずのカエデだったが、子どもなのに、こんなに美しい子がいるのか、と改めてカエデは驚かずにはいれなかった。


 「ようこそ藤カエデ、キング様がお待ちです」


 カエデは子どもの後ろについていく。天蓋の前まで来ると、天蓋が見上げるほどに大きいことに気づいた。


 まるで、舞台の幕が上がるように、天蓋のカーテンがゆっくり両側に開いていく。薄いカーテンの向こう側に、とても大きな人物の影が見え始めた……。




 カエデが気づくと、白い天井を見上げていた。


どこかに、寝ているような気がした。


さっきまで、とても大切な話を誰かとしていたのに、全然覚えていない。


僕は、どうしたのだろう。真っ白の天井が、嘘のように目の前に広がっていた。


 ピ、ピ、ピ……。


 規則正しく機械音が聞こえる。首を回して音のする方を見ようとした。首が動かない。


 おかしいな。


 手を動かそうとした。動かない。体中が、動かない。


 目だけが、あちこちをゆっくり動くようだ。カエデはゆっくり、目を動かした。


 急いだ足音が聞こえた。


誰かが、カエデの顔をのぞきこんだ。そのまま、カエデの顔の前でハッと息を飲む音がした。


 それからというもの、たくさんの人がやってきて、カエデのあちこちを触り、声がしたが、会話の内容はまるでわからず、カエデにはただの音にしか聞こえなかった。カエデは深い眠りについた。




 もう一度カエデが目覚めると、食堂に座っていた。


 「どうしたの。食べながら寝るなんて、子どもみたい」


 メイサが笑っている。


 「僕、寝てたの?」


 カエデはいつから食堂にいたのか、思い出せない。ずっと、夢を見ていたような気がする。透きとおった青い大広間。また、真っ白な天井。カエデは目を閉じた。


 僕は、大切な話をした気がする。……セマシ。


 急に、ハッと思い出した。見たこともないはずなのに、女性の影を見たと思った。

誰だ、誰なんだ。


 「メイサ、」


 カエデは大きな声を出した。


 「なに、寝たり起きたり、大きな声を出したり、どうしたの」


 メイサが大きな黒い目で不審そうにカエデを見ている。


 「僕、キングに会った気がするんだ」


 「はい?気がするって、なに」


 「うん、とても大切な話をキングをしたけれど、覚えていないんだ。ただ、僕は母親を探さないといけないんだ。それだけは、思い出したんだ」


 メイサは、大きな目をパッと見開いた。だんだん、涙が出るんじゃないかというくらい、大きな瞳がうるんできた。


 「カエデも、行っちゃうのね」


 カエデはあいまいに笑った。


 「不思議なことに、何も覚えていないんだ。ただ、輝いている海の底みたいな場所に行ったことと、現世の病室で寝ていたことだけ、はっきり覚えているんだ。あと、もしかしてキングと話したのかもしれないのが、僕の母親を探し出すことらしい」


 メイサは、黙って聞いていた。


 「メイサ、手伝ってくれないか。お願いします」


 カエデは座ったまま、メイサに頭をさげた。


メイサは、ぐすっと鼻をすすった。


 「私の手伝いがいるのね、しょうがないわね。つきあってあげるわ」


 メイサは、声が震えるのをおさえるような声で、返事した。


 「ありがとう」


 「母親は生きているのか、死んでいるのかわからないのだけどね。でも、たぶんどこかで生きているんだ。


そして、僕とセマシの命を狙っている。僕たちの命をとって喜ぶとなれば、保険金詐欺じゃないかと考えた」


 「子どもの命をねらう親っている?」


 メイサは眉をひそめた。


 「残念ながら、いるんだろうね。そうじゃなかったら、ありがたいのだけど」


 カエデは苦笑した。


 「じゃあ、犬たちにカエデのお母さまを探すよう命じればいいのね」


 「お願いします」


 カエデは頭をさげた。二人は牧場へいき、犬を呼ぶとオニオンが真っ先にかけつけてきた。

 

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