21 ボタンの勇気
オニオンに、ピットブルのアレックスを呼んできてもらった。
「アレックス、カエデを乗せて行くのよ。ゴー!」
メイサがアレックスに命じた。
アレックスは背中にカエデを乗せて、オニオンの後について走る。
牛と同じくらい大きなアレックスはカエデを乗せていても小さなオニオンのすばやいスピードに簡単についていった。オニオンとアレックスは、空を駆けた。
びゅんびゅん、風を切って走るアレックスの背中から振り落とされないように、カエデは必死につかまっていた。
どれだけ走ったか、オニオンとアレックスは大きなマンションに入っていく。
ある一室に入ると、ユキナより少し年の多い男女が大きなソファに座って映画を楽しんでいた。
「オニオン、この人がボタンさんなの?」
オニオンはうれしそうに尻尾を振った。
カエデはポケットから小さなびんを取りだした。
「しまった!」
牛乳が、こぼれてほとんどなくなっている。びんの底に少しだけ、残っていた。
「これで、いけるかなあ」
まず、カエデはヘンシックスを飲んだ。ユキナを思い浮かべ、変身する。次に残った牛乳数滴を飲んだ。
テレビで映画を楽しんでいた男女は、急に女が部屋の中に現れて、驚いた。
「どなた?」
女性は怯え、男性は女性をかばうように立ち上がった。
「誰だ!どうやって入った!」
「私はユキナです。お父さん、お母さん、大江原ノボルのところへ行って、せ……」
カエデが言っているあいだに、牛乳の威力が消えた。カエデの姿が消える。
「ノボルの所へ行って、説明してほしいの。私の生まれたときのことを」
カエデは気づかずに全部言った。
「わん!」
アレックスが吠えた。
「わあ、吠えるな、ビックリするだろ。あ、私の犬がここにいて」
カエデがしどろもどろに説明して、ふと窓に映った男女の姿を見た。そこにはカエデの姿は映っていなかった。
「あれ、もう牛乳の力が切れたのか。ちゃんと伝えれたかなあ」
キキョウはボタンをなだめている。カエデは帰って次の手を考えなくちゃ、と思った。
カエデはアレックスの背に乗った。
キキョウとボタンは、驚きの表情のまま、立ち尽くしている。
「キキョウさん、もしかして、私、夢を見たのかしら」
「僕も見えたよ、あれは、もしかして……」
「ねえ、消えたってどういうことかしら。部屋に突然現れたことも」
ボタンは不安で震え、泣きそうになる。
「まさか、私たちの子どもの命に危険が迫ってる?」
「ボタンさん、ノボル先生に連絡をしてみよう」
レストランの一角が、真っ黒になるほど重く、暗い雰囲気だった。
ユキナ、ユウト、そしてボタン、キキョウが向かい合って座っていた。
もちろん、すぐ隣にカエデ、メイサ、ノボル、オニオンがいる。
「連絡をいただいて、ありがとうございます」
ユウトが硬い口調で挨拶をした。
「こちらこそ、ご返信ありがとうございます」
「父は入院中のため、父あての郵便物、電話等は一切僕のところに転送されるようになっています」
「はい」
キキョウも硬い表情。ボタンは震えるようにうつむいている。
「ご用件は」
ユウトがキキョウを慇懃無礼に言う。
ユウト!とノボルが叱っても、誰にも聞こえない。
「実は、話すと長くなります……」
キキョウは静かに話しはじめる。
ユウトがきつくにらみつけると、ボタンがしくしく泣き始めた。キキョウがぎりり、と歯を鳴らす。
「どうぞ、リラックスなさってください。ユウト、失礼ですよ」
ユキナが見かねて口をはさむ。
一同、沈黙する。
「率直に申し上げますと、ユキナさんは、私キキョウと妻のボタンの子どもなんです」
ユキナとユウトは硬直する。
「私たちは、未熟者で、ユキナさんを十三で産みました。見かねた大江原先生と奥様が、ユキナさんを自分の子どもとして、育ててくださったんです。その間に、我々がしっかり成人し、ユキナさんを迎え入れることができるように、と」
キキョウは一気に話した。
長い沈黙が襲った。
「姉は、ユキナさんは、大江原ノボルとヨリコの子どもではない、ということですね」
ユウトが念を押した。
「そうです」
キキョウが小さく同意した。
ユウトとユキナが同時に唇を動かした。同時に、ユウトの電話が鳴る。
ユウトはイライラした様子でポケットからスマホを取りだし、誰からの着信か、見てハッとした。
「もしもし」
ユウトはその場で電話を取った。
「……はい、……はい、はい!すぐに!」
「姉さん、父さんが目覚めたって!」
ユキナはさっと立ち上がる。
「キキョウさん、ボタンさん、僕たちと一緒に来てください!」
四人は慌ててファミレスを出て、ノボルが入院している病院へ急いだ。
「父さん!」
ユキナ、ユウトはノボルが寝ているベッドに向かう。ベッドの横には医師と看護師が立っている。
「さっき、目覚められました。まだ、意識ははっきりしていないようです」
医師が静かに言った。
「父さん!父さん!助けてほしいの!」
ユキナがノボルにすがり、泣き始めた。張り詰めたものが一気に爆発したようだ。
ノボルが、ベッドの上で、何かつぶやこうとしている。
「何、何、父さん」
ユキナとユウトがベッドにすがりつく。
「ボタン……」
ノボルがかすれた声でささやいた。
ユキナとユウトは、いっせいに振り向く。病室に入るのをためらって、ボタンとキキョウは開いた扉の前に立っていた。
「ボタンさん、父さんが呼んでいます」
ユウトがボタンを呼んだ。ボタンはハッと両手を固く握った。キキョウがボタンの肩に手を置き、そっと励ました。
「さあ、こちらへ」
ユウトがボタンを誘った。ボタンは、ふらふらとノボルの元へ歩いてくる。
「……先生……」
ボタンはノボルの顔を見て泣き崩れた。キキョウも泣いている。
「先生」
ノボルは、ボタンとキキョウを見て、ニコッと笑った。そして、目を閉じた。
「……先生!……」
医師と看護師がモニターを見ながら慌ただしく確認している。
「みなさん、ノボルさんは、安定しています。このまま、ゆっくり静養させてください。また後日、ゆっくり話すことができると思います」
ユキナ、ユウト、そしてボタンとキキョウは、病室を出て、また後日、面会にくることとなった。
ノボルが一人で眠っている病室に、カエデとメイサ、そしてオニオンが立っていた。
「ノボル、急に元に戻ったの?」
カエデが話しかけても、ノボルは眠ったままだ。
「ノボルは、生きる決心をしたのね」
メイサが眠っているノボルに向かって言った。
「なによ、もう年寄だから、いつ死んでもいいなんて言ってたのに。よかったじゃないの!ノボル。しっかり生きなさいよ!」
メイサは泣いた。
「メイサ、どうして泣いているの。よかったじゃない」
「よかったわよ、長い間、世話になったわね、ノボル!」
「ノボル、これから大変そうだよ。がんばってね。ノボルなら、心配ないね」
急に、カエデとメイサ、オニオンの体がふわっと宙に浮かんだ。
「うわ!」
「何!」
メイサは慌ててオニオンを抱いた。
カエデ、メイサとオニオンは、びゅう、と強い風に吸い込まれ始めた。
「きゃあああ!」
ノボルの病室は、あっと言う間に見えなくなった。




