15 水遊び
今日の仕事は、青い空の下に、色とりどりの花が地平線までずっと続いている花畑だった。
「うわあ、すごいな。僕、こんな景色を見たことがないよ」
赤、黄、白、紫、ピンク……。
姉さんたちが店で大きな花束をもらっているのを何度も見たことがあるが、地面を埋めつくす花束は、初めて見た。空気が甘い香りで充満している。
「花の間に生えている雑草を取ったり、花に水をやるんだよ。水路から無数の小さい水路が伸びていて、土なんかが詰まっていたら、取り除いたりするんだよ」
ノボルが教えてくれた。
初めて雑草を取ってみる。
花と花の間に生えた雑草は手で地道に取る。大きく育ってしまった雑草は、力いっぱい引っ張って取る。生え始めの雑草は、やわらくてするりと気持ちよく取れる。
カエデがしゃがんで黙々と雑草を取っていたら、ブーン、と羽音が聞こえた。顔をあげると、数匹のミツバチが飛んでいる。
さすが、花畑。のどかだなあ。
カエデは、のんきに草取りをしていると、ビーーーーン!と聞きなれない大きな羽音がした。顔をあげると、カエデの顔より大きなカナブンが目の前を飛んでいる。
「うわ!」
カエデは思わずよけた。大カナブンは、カエデのことなど知らんぷりで、花畑に着陸した。
ゴソゴソ、しばらく歩いては止まり、なにやらシャリシャリと音を立てている。
バン!
ノボルが長い野球バットのような棒で大カナブンを叩いた。大カナブンは、ペシャリとつぶれる。
うえー。
カエデは思わず目をそむけた。
「こいつらは、花を食べてしまうんだ。見つけたらつぶさないと、どんどん卵を産んで増えていく。そうならないように、これを花の中に撒くといいんだ」
ノボルはバケツにうす紫色の小さな粒が無数に入っているのを見せてくれた。
「これはね、虫よけビーズだ。虫のきらいな臭いを発してくれる。花にも人間にも害はない。これで見ると、わかるよ」
ノボルはサングラスを貸してくれた。ノボル自身もサングラスをかける。
「ほら、花とおなじきれいな色の煙がのぼってるのが、たくさん見えるでしょう?
あれは、花の匂い。あれにつられて虫が寄ってくるんだ。このサングラスは虫サングラス。虫の目と同じ見え方をするんだよ。こうやって、虫よけビーズを撒くとね」
ノボルは柄の長いスプーンで虫よけビーズをすくって、シャッと撒いた。土や水に反応したビーズは、黒っぽい煙をもくもくと上げ始めた。
「わあ、すごい」
きれいな色の煙の中の一部が黒っぽく染まっていく。
「ミツバチなんかの小さな虫に、この黒い煙は見えないんだ。大カナブンみたいな、花を食べる大きな虫には見えるようになっているから、これがあるとヤツらは寄って来なくなる。便利な薬だ」
「すごいですね」
ノボルは、そのまま虫よけビーズを撒いてまわった。
カエデは草取りのあと、水路の掃除をしていた。
キャッキャと子どもの声がした。泥が跳ねて、カエデの顔にかかった。
ヨシとラクが泥水で遊んでいる。
「仕事をしないといけないよ」
カエデはヨシとラクに声をかけるが仕事よりも遊ぶほうが忙しいらしい。
「ようし、仕事が終わったら泳ぎに行くぞ!もう少しがんばれ」
ノボルが言うと、ヨシとラクは目を輝かせた。
「え?泳ぎ?行く!」
その後のヨシとラクの働きのよかったことは言うまでもない。
カエデは部屋のクローゼットを探し回った。すきま区の物は全て支給品で、机の中、クローゼットの中に何が入っているのか、カエデは全部を確認していない。
「水着、水着」
部屋の扉をノックが聞こえた。
「わかったかい?」
ノボルが探すのを手伝ってくれた。ツルリとした手触りの、シャツとハーフパンツを見つけた。
「これだよ」
カエデは水着に着替え、ノボルと一緒に食堂横で待っていると、メイサとヨシ、ラクもやってきた。
「おまたせ」
ヨシ、ラクはカエデと同じ水着だった。メイサは女の子らしいフリルがたくさんついたシャツとハーフパンツ。
「よかったよ」
カエデは思わずつぶやいた。
「何が」
メイサがたずねるので、あわててカエデは首を横にふる。
メイサは首をかしげてヨシとラクと手をつないで歩き始めた。
メイサが、姉さんたちが着ているようなビキニを着てこなかったことに安心した。
あんなのを着てこられたら、どこを見ていいのかわからなくなる。でも、ちょっと残念だったかな。
「水路をよく見るんだよ。周りに水草がたくさん生えているところを狙って泳ぐんだよ。
水路には動物の糞や、畑の薬が混ざっているからね。
水草がそういうものを吸収して水をきれいにしてくれるから、水草に囲まれた場所で泳ぐんだ。飲むこともできるよ」
ノボルが泳いでいい場所を教えてくれた。
水草がまるで陸のようにびっしり生えている。その草の群が水のまわりをぐるりと取り囲んでいるところだ。
「うん、流れもいつもどおりだ。逆流しているときは、毒がどこを流れているかわからなくなるから泳げないよ」
「すごいですね、いつも同じではないのですね」
「そりゃそうだよ」
ノボルはなんでもないように言った。
ヨシとラクは、きゃあと声をたてて水路に飛び込む。
「カエデ、サカナタマリンを飲んでいくといいのよ」
メイサが魚の形をした薬をくれた。
「ありがとう」
カエデが粒を口に入れると、シュワっと溶けた。
「これを飲むとどうなるの?」
「水に入ってみれば」
メイサがにこっと笑った。いつも眉間にしわを寄せていたメイサを見慣れていたカエデは、ドキッとした。笑うと、なんてかわいいんだ。
カエデは照れ隠しに、ヨシとラクのように水路に走っていって飛び込んだ。無我夢中で手足を動かす。浜辺から少し離れた場所で止まった。
つもりだった。
カエデは、かなり遠くに浜辺があるのを見て驚いた。
「え!こんなに遠くまで泳いだつもりはないのに」
急に不安になって、浜辺に向かって泳ぐ。
その速いこと!
少し足を、手を動かしただけで、魚と同じくらいのスピードで前進している!息継ぎをしなくても、水の中で呼吸ができる!
「カエデ!」
水の中からヨシとラクの声がした。見ると、ゴーグルもつけていないのに、水底まできれいに見渡せる。水底でヨシとラクが手を振っている。
「行くぞ!」
カエデは魚のようにあっと言う間にヨシとラクのところまで泳ぐ。
「カエデ、見て!」
ヨシとラクが水面を見上げる。たくさんの魚が太陽に照らされて、きらきら光りながら泳いでいく。
「きれいだね」
「あ!大きいのがいる!」
カエデは信じられない光景を見た。水路に大きなクジラが五、六頭泳いでいる。中には小さな赤ちゃんクジラもいた。
「すごいね!」
「本当にすごいよ」
クジラは悠々と泳いでいた。赤ちゃんクジラがまるでヨシとラクのように群れから離れてうれしそうに跳ねるように泳ぎ始めた。
「あ、離れてる!」
ヨシとラクはキャッキャと笑った。その間に、クジラの群れに緊張が走った。
「どうしたのかな」
カエデが見ていると、向こうの方から一匹の大きなサメが弾丸のようにやってきた。赤ちゃんクジラを狙っているようだ。
「危ない!」
ヨシとラクも、心配そうに見上げている。
大きな大人のクジラが、赤ちゃんクジラを素早く取り囲み、サメの攻撃をさけた。
サメはどうにかして大きなクジラの間から赤ちゃんクジラを狙ったが、大人クジラに隙はなかった。やがて、サメはあきらめて去って行った。
「よかったね、お父さんクジラとお母さんクジラが赤ちゃんクジラを守ってくれたね」
カエデが言うと、ヨシとラクは、急に顔をゆがめ、大きな声で泣き始めた。
「どうしたの」
メイサが心配してやってきた。カエデがあったことを話すと、メイサは小さくカエデにうなずいてみせ、ヨシとラクをつれて水面に浮上していく。
カエデも一緒に水から上がった。




