14 正直になる
カエデが目を開けると、青い空が見えた。白い雲も浮かんでいる。
平和だな。
カエデはぼんやり思った。
「目を開けたね」
ダイヤの声がした。
「カエデは、ここに来るのがとても好きならしい。もっとも、私が治療すれば、どんなケガでも病気でも、たちどころに治せるからね」
ダイヤは得意そうに笑った。
「経過は順調です」
クローバーがカエデの体をくまなくチェックした。
「一体、僕は、なぜ、ここに?」
「夜警で狼に襲われたの。だいぶカエデも狼を退治したみたいだけどね」
クローバーはくすっと笑った。
ダイヤは「カエデもやるようになったじゃない」とおかしそうに笑い、ダイヤモンド色の髪をなびかせて、颯爽と部屋を出ていった。
カエデは、青い空の天井を見つめ、しばらくして、再び眠りに落ちた。
次にカエデが目を開けると、メイサが目を赤くしてカエデのベッドの隣に座っていた。
「カエデ!」
何?なんか用?また嫌味を言いに来た?もう、嫌―な気分にしかならない。
「カエデ」
ノボルも隣にいた。
「カエデ、元気になって、よかった。心配したんだよ。よかった、よかった」
ノボルは顔を赤くしてにこにこ笑った。
「ごめんなさい……」
メイサが声を震わせた。
「私のせいで……」
メイサはわっと泣き出した。
何事?うぞ泣き?女性はウソ泣きが得意なんだよねー。ランラン姉さんなんか、それで何人の客を落としたことか。
カエデは昔の記憶と今の記憶がごちゃごちゃ混ざった。
メイサは声をあげて泣いている。
「ドラゴンがあんなに他人に向かって行くなんて思っていなかったから……」
ノボルは何か言いたそうだが、喉でグッとがまんしたように顔を赤らめた。
「ごめんなさい、許して」
メイサが泣いている。ノボルが赤い顔をしておろおろしている。
まるで、悪いことをした娘をいさめたいが愛するゆえに言えない父のようだな、とカエデは二人を眺めていた。
「なんだか、困っていますか」
クローバーがにこにこ、というより、ウキウキしてやってきた。
三人が一人ひとりの思いで、黙っていると、クローバーは明らかにウキウキした。
「わかりましたよ。待っててください」
クローバーは、スキップするように部屋を出ていく。
三人が重たい空気のまま、沈黙を破れずにいると、クローバーが静かに、軽やかな足取りで部屋に戻ってきた。
「みなさん、これを飲んでみてください。気分がよくなりますよ」
小さなコップと透明の液体が入ったビンを盆に乗せてクローバーが戻ってきた。
カエデは、熱燗かと思った。
三人の重い空気など関係なく、にこにこしてクローバーはコップに少量ずつ透明な液を入れて三人に渡した。
ノボルとメイサが一気に飲み干した。
はあ、と大きなため息をついた。
二人が落ち着いた表情をしたのを見て、カエデもちょっとなめるように口をつけてみた。
クローバーが目をキラキラさせて見ている。
カエデは少し、ムッとした。
「何を飲ませたの?」
カエデは疑ってクローバーをにらむ。
「薬です」
クローバーは、にっこーと典型的な微笑みを浮かべた。
まだ、ぼんやりする頭で、カエデは怪しいなあ、と思った。
『こんなのも飲めないのかい。つまらない男だねえ』
ミツコ姉さんの声が急に聞こえた気がした。
ムッとして、カエデは一気に透明な液体を飲み干した。少し甘くて、理由もなくほっとする。
「ごめんなさい、私がドラゴンにカエデを覚えさせなかったから、ドラゴンがカエデを襲ってしまった。私、カエデが嫌いだったの。ドラゴンがカエデを驚かせたらおもしろいかもって、思ってた」
メイサが話した。
「犬は、犬だよ、メイサ。ドラゴンはピットブルだ。やつらは猟犬だ。生まれたときから乱暴な性格の犬なんだよ、そういうふうに配合されて作られた犬なんだ。
人間が犬に伏せられたらいけなんだよ。あくまでも、人間が犬をコントロールしなくちゃ」
ノボルもすらすら話した。
「メイサが僕を嫌いなこと、わかっていたよ。今はメイサと友だちになりたいと思わない。君はどうしてそんなに意地悪なの?僕のこと、知らないくせにさ」
言ってから、カエデは驚いて口を手で押さえたが、もう遅い。
心の奥で感じていたことを、これほどまでに明確に声に出してしまうなんて。ちょっとしゃべりすぎじゃないか、と驚き、ノボルやメイサにどう思われるか恐れた。
メイサはそんなカエデの思いなど気にしていない様子で、自分のことを話し始めた。
「私は生まれたときから、かわいかったの。両親も親戚も、私のことかわいいって言って、芸能界に入れたの。
でも、あんなところ、とんでもない人の集まりでしょ。私なんか、なんの取柄もないってこと、嫌ってほど思い知らされた。芸能界を引退して、一般の世界でなら、私が一番に違いないって思ってたのに。
一般の世界でさえ、私よりもすごい人、たくさんいたのよ。もう、なにもかも、嫌になったの。カエデみたいに見るからに苦労せず生きてきたみたいな顔してる人、大っ嫌い!」
メイサが絶叫した。
「僕が?」
カエデが口に出そうと思うより前に、口から言葉が漏れ出てしまった。
「僕は、父だけの家庭で育ったんだよ。母の顔も全く覚えていない。僕を育ててくれたのは、飲み屋街の姉さんたちだ。
父は、タクシー運転手で、仕事も忙しかったし、遊びも忙しいダメな奴だ。僕は幼いころから夜の店で育ったんだ。そんな僕の、どこが立派そうなの?」
ああ、言ってしまった。自分の口がコントロールできない。イライラした。どうにでもなれ、というなげやりな気持ちになった。
「そうは、見えない。裕福な家で立派なおもちゃと勉強の本に囲まれて育ったように見えるよ」
カエデの想像と違った反応を、二人はした。メイサも、ノボルも、大きく目を見開いた。
「つまらない僕なんです」
カエデはもはや自分の意思ではなく、口が勝手に動いている。
三人は、一人ひとり、思うことがあって口を閉じた。
パチパチと手を叩いている人がいた。クローバーだ。
「いいですねえ。やっぱり。ちゃんと思っていることを言えば、お互いを信じることができるでしょ?人間って、なぜそうしないのかなあ。今の君たち、とてもよかったよ」
クローバーが頬を赤くして興奮して笑っている。
「待って、何を言っているの?」
カエデの口が、また勝手に動く。
「ああ、言い忘れていました。さっきみなさんが飲んだのは、ダイヤの薬です。人間のいうところの正直薬です。ショウジキニンと言います。言いたいことが言えて、すっきりしたでしょ」
クローバーは、すばやくビンやコップを片付けると、スキップして部屋を出ていく。
あー、面白かった、と言っている。
「クローバーのやつ、クソなの?」
メイサがバッサリ言い切る。
「うん、クソだ」
ノボルも言った。
「クソだって、わかっていたよ」
カエデの口も勝手に動いた。三人は、くすっと笑うと止まらなくなって、大声で笑った。
「ねえ、私のこと友だちになりたくないっていったけど、私のことを知っても、まだそう思う?」
「いや、思わない。君は君なりに、とても苦労したんだなってわかったから」
「ありがとう」
「いやあ、よかった。メイサもカエデも、仲良しが一番気持ちがいいもんだ」
三人は、思ったことをそのまま口に出しているんだろうな、とカエデは思った。でも、とてもいい気分だ。
クローバーのことをさんざん言って、ノボルとメイサは満足そうに診察室を出ていった。
残されたカエデも、気分爽快でベッドに寝転んだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
こっそり言うと、作者はこのエピソードが好きなのです




