10 クロミズキ
夕食はマフィン館の中の食堂だ。
夕食もまたすばらしいごちそうがテーブルいっぱいに並べられた。
カエデは慣れない仕事でお腹がすいていた。料理がとてつもなくおいしいので、ものも言わず食べ続けていた。
「仕事をまともにしていないのに、すごい食べるね」
メイサが隣に座って嫌味を言った。
カエデはちょっと腹が立ったが、口にいっぱい料理をつめこんでいてしゃべれなかったことと、半分はメイサの言う通りだと思ったのとで、反論しなかった。
「働かざる者、食うべからずっていう言葉、知ってる?ふふふ、知らないから、それだけ食べれるのよね。せいぜい、動物たちにばかにされないようにすることね」
ムカッとしたが、料理が口を占領しているため、反論できない。
「メイサに犬の使い方を教えてもらえば?」
ヨシが言った。
「そうだよ」
ラクがヨシの真似をする。
「私が?よして。面倒」
「でも、仕事ができなかったら困るじゃないの」
「べつに私もヨシも困らないよ。困るのはカエデだけ」
「あ、そうか」
ヨシとラクが声をたてて笑った。
ヨシとラクはおそらく会話の内容がよく理解できず笑っているだけだと思った。
メイサに腹が立った。
「別に減るわけじゃないんだから、教えてくれてもいいじゃない」
カエデはやっと反論した。
「減らないわ。面倒なの」
メイサはかわいい顔をゆがませる。
「メイサ、カエデが働けるようになったら、メイサの仕事も少しは楽になるよ」
ノボルが口をはさんだ。
「今だってしんどくはないわ」
メイサはつん、と横を向く。
「まあまあ、メイサさん。この坊ちゃんに教えてあげてくださいよ」
ノボルがへりくだる。
「教えてほしいなら、言い方があるでしょ」
メイサの態度に腹が立った。
カエデは「もういいよ!」とつぶやくと、席を立って部屋に戻った。
広い廊下を歩いていると、「やあ」と知らない男が声をかけてきた。
小柄だがセマシと同じくらいの年齢に見えた。笑顔を浮かべているが、ケンカを売りなれている雰囲気があった。
カエデは関わらずに通り過ぎようとした。
「君、どこかで会ったことあるんじゃない?」
嫌な声かけだ。
「ないです」
メイサに嫌味を言われてイライラしていたのもあり、短く答えてさっさと歩き出した。
「あると思うよお」
男はニヤニヤしながらついてくる。
「ないです。かまわないでください」
「君、母親がいないでしょ」
思わずハッとしてカエデは男の顔を見てしまった。
男は冷淡そうな顔にうれしそうな笑みを浮かべる。
「やっぱりね。君の顔を見て、すぐにわかったよ。おれの知り合いにそっくりだもの」
カエデは男の顔をじっと見た。
姉さんの店でも見たことがない男だ。記憶にない。
「おれは、クロミズキって言うんだ。君は藤カエデ君だね。そのうちに、君を殺してあげるから安心して待ってて」
「なんで名前まで知っているのですか。通報しますよ」
「おもしろいこと言うね。ここは、すきま区だって、忘れてないかい?もっとも、おれは君を殺せるかどうか、おれにもわからない。でも、君の命の玉を奪うことはできると思うよ」
「そんなの、迷信でしょ」
「迷信かどうか、ためしてみないとね。おれは命の玉の奪い方をまだ知らない。おれが奪い方を知るまで、せいぜい長生きするんだね」
「僕を轢いたのは、お前か!」
クロミズキはへへへ、と笑った。
「残念だが違う。おれは君より先にここにいたからね。
君の母親に殺されかけたんだ。ここで君を見て驚いたよ。
でも、おれにも君を殺すチャンスがあるんだってことがわかったから、ものすごくワクワクしているよ」
「殺されかけた?」
「うふふ、そうだよ。だからここにいる」
クロミズキはニヤニヤ笑う。
こんなやつ、殺されたらよかったのに、と心の中で叫んだ。
「君の母親とおれは短い期間、夫婦だったんだよ」
「は?」
一瞬、カエデの頭の中が真っ白になる。何を言っている、この男。
「そう。朝から晩、続いて次の朝も、ずっとベッドの中で仲良く暮らしていたんだよ」
気持ち悪い。もう聞きたくない。カエデは吐きそうな気分になる。
「あの女もおれと一緒にいて大喜びさ!おれに泣いて媚びを売ってきたよ。
それなあのにい、君の母親ときたら、急におれを階段から突き落としたり、車で轢いてみたり、毒を食事に入れてみたり。いろんなことをしたもんさ」
クロミズキは得意そうに笑う。
「おれを殺せば金になると思ったらしい。たしかにおれは金になる男だ。だがおれが簡単に殺されるわけがない」
「でも、殺されたのでしょ?」
カエデが反撃する。
「そうなんだよね。おれは強かった。間違いなく。あの男が現れる前までは」
クロミズキは思い出したように怒りはじめ、歯をギリギリ鳴らした。
誰のことを言っている?
「あの女のせいで、おれはこんなところに来てしまった。広い心の持ち主のおれでさえ、腹が立ったもんさ。
でも、神はおれのみかたなんだ。君を殺すチャンスを与えてくれた。たっぷり、いたぶって殺してあげるからね。楽しみにしてるんだよ」
「待て、お前の言っていることはすべてデタラメなんだろう」
「デタラメなんかじゃない」
「じゃあ、どこで僕の母親と一緒にいたんだ?」
「あの女は一点にいないさ。いつも世界中を移動している。おれも命を狙われ始めてから反撃するのに苦労したよ。まず女を探すところから始めるんだからさ」
クロミズキはハハハ、と笑った。
「でも藤カエデ君。君はここにいる。おれがいたぶり殺してやるから、楽しみに待ってな」
クロミズキはそう言い残すと人ごみに紛れて姿を消した。
カエデのイライラは絶頂に達していた。
あの男、何を言った?
部屋に着くとすぐにベッドに横になり、ぎゅっと目をつむった。
こんなに嫌なことが重なる日も、そうないだろう。怒りが頭の中でぐるぐる回り続ける。
寝返りを打つと、強い体の痛みを感じた。首、肩、背中、手、足。体中が痛い。痛くて、体を動かすことができない!
どうしたんだ、なんだ、これ。
ベッドの上でもがき苦しんだ。あまりの痛みに、無意識に体をくねらせ、ベッドからドスン、と落ちた。
床の上でもがいていると、カエデの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「……誰か……」
扉の向こうの誰かに向かって、カエデはうめいた。
「カエデ、入るよ」
ノボルの声がした。
扉が開く。ノボルが心配した顔で入ってくる。
「カエデ、やっぱりさっきのはよくないよ、メイサにちゃんと教えてもらうようたのまないと……。カエデ!」
ノボルは、床に転がっているカエデを見て驚いた。
「どうしたんだ!」
カエデがとぎれとぎれに、体が痛いことを訴えた。
「あ」
ノボルはぽん、と自分の頭を叩いた。
「スペードに体が強くなる魔法をかけてもらったでしょ。身体はありえない強さで動いたんだ。そりゃ、筋肉が悲鳴をあげるよ」
「う、う、」
カエデがうめいている横で、ノボルはのんきににこにこ笑っている。
「食事の時に、ラムネのような粒があったでしょ。あれが痛み止めのラクニナルン。
仕事のあと、あれを飲んでおかないと、仕事で使った筋肉の反動がくるからね。ちょっと待ってて、スペードにもらってくるから」
ノボルはのんきに部屋を出ていった。
その間、カエデは体中の筋肉という筋肉が締め付けられるような強い痛みを感じていた。
このまま、心臓が止まってしまうんじゃないかと、恐ろしかった。
確か、心臓は筋肉の塊のはずだよな……。こうやって死んでしまえば、クロミズキに殺されることもないか。
そんなことを思っていると、カエデは昏睡に落ちた。




