黒猫ツバキと夢見るスイカ
登場キャラ紹介
・コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
・ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
・チリーナ(今回は、名前だけ登場)……伯爵令嬢にして魔女高等学校2年生。コンデッサの元教え子。現在も、コンデッサやツバキと親しい関係。
♢
三題噺(お題は「ギャル」「スイカ」「因習村」)にチャレンジした作品なんですけど……暑さで、頭が茹だった状態で書きました。
あと、ギャル言葉が分かりません(涙)。語尾に「ギャル」を付ければ良いのかな?(←違う)
今年の夏の暑さは、異常である。
ジリジリと照りつける太陽のもと。
ここは王国の端っこの村にある、魔女コンデッサのお家。
コンデッサは若い。けれど有能で頼りになるため、多くの客が悩みの解決策を求めて、彼女のところへやって来る。
今日も、家の中の一室でコンデッサは、お客が相談してくる内容に耳を傾けていた。
『オレの話を聞いてくれよ。魔女さん』
「聞いている」
『オレの村は、呪われているんだ。ひどい因習が、現在も続いていてな……まさに〝因習村〟とでも呼ぶべき、忌まわしい存在に成り果てている』
「自分の村に対して、随分な言いようだな……で、どんな因習なんだ?」
『村のモノは成長すると、村の外へと必ず連れ出されてしまうのさ。そして、すさまじく残酷な目に遭う』
「残酷な目?」
『鉈で真っ二つにされたり、包丁で切り刻まれるんだよ! そのあと、内側は食い尽くされ、残った皮は捨てられる。最大級の恐怖に、脚が震えるぜ』
「お前に、脚は無い」
『信じがたいことに、こんな恐ろしすぎる運命を、村の皆は喜んで受け入れるんだ。「美味しく食べていただくことこそ、わが喜び!」なんて言ってな。あまりに長く続いた因習によって、村のどいつもこいつも、頭の中が洗脳されているとしか思えない』
「お前や村のモノの体の、どこからどこまでが頭なのか、サッパリ分からない。正直、体の全部が1つの頭みたいに見える」
『どうして村の皆は、この非道きわまりない因習に、何の疑問も抱かない!? それどころか、オレにも「食べてもらいなさい。そうすれば、生まれてきた意味が理解できる」などと口々に告げてくる』
「お前らのどこに、口があるのか……? そっちのほうが、よっぽど疑問だ」
『何故オレは、このような辛い生き方を強いられるんだ? その理由を、誰か教えてくれ!』
「それは、アナタがスイカだからだニャン」
トコトコと黒猫のツバキが近寄ってきて、スイカに言う。
そしてツバキは、主人であるコンデッサへ瞳を向けた。
「ニャン。ご主人様」
「なんだ? ツバキ」
「アタシ、ご主人様が心配だニャ」
「どうして?」
「だって、いきなりスイカが転がりながら家に訪ねてきて、テーブルの上にのって喋りはじめても、ご主人様は他のお客さんと同じように扱い、対応している……ちょっとは、変に思わないニョ? スイカは果物にゃ。自力で転がったり、話したり、ましてや〝食べられる自分の運命〟を嘆いたりはしないのニャ」
「スイカは定義によっては、野菜にも分類されるぞ」
「そんにゃ事は、この際、どうでもいいニャン」
「……いや。今年の夏は、すごい暑いだろう? ツバキ」
「ニャン」
「暑さで頭がボ~としているところに、スイカが突然、現れて、ツラツラ愚痴をこぼしだしたもんだから……『ああ。ついにスイカも、ここまで進化したんだなぁ』……と思って」
「ご主人様、シッカリするニャン! スイカが進化したとしても、それは品種改良の結果、大きさや味が変わるニョであって、不平不満を述べる方向へ変化するはず無いにゃ!」
ツバキがコンデッサを強く説得していると、スイカが文句を言ってくる。
『おい、黒猫よ。それじゃ、オレは何なんだ?』
「すかたんなスイカにゃ」
『すかたん……』
※注 すかたんとは、関西弁で「当てはずれ」や「マヌケ」を意味する単語です。
「略して〝すいかたん〟ニャ。響きが可愛いニャ」
『…………』
「結論として、進化の事実は認められないニャン。アナタは、ただの珍妙なスイカにゃ」
『いったい、いつ、その結論に達したんだ? オレが1個のスイカであることは、間違いないが……』
テーブルの上に、ツバキはピョンと跳びのった。
黒猫とスイカが向かい合う。
「今日はご主人様が頼りないから、アタシがアナタの話を聞いてあげるニャ」
『だったら、これからオレはどうすれば良いのか、アドバイスをくれ』
「普通に出荷されて、普通に切られて、普通に食べてもらえば良いニャ」
『やはり「切られて、食われろ」と、お前も言うのか』
「切らずにスイカを丸かじりするニョは、至難の業にゃ。……だいたい、アナタは食べてもらわず、どういう未来を迎えれば満足するにょ? もう、そんニャに立派な、丸々としたスイカになっているニョに」
『……そうだな。考えてみれば、オレはスイカ』
「考えなくても、スイカにゃん」
『人に「甘い~! 美味い~! 喉も潤う~! 夏にスイカは、至福なり!』と食べてもらうのも、それはそれで、理想の生き方なのかもしれん』
「分かってもらえて、良かったニャ。アナタの村のしきたりは、悪い因習じゃ無くて、素晴らしい伝統なのにゃ。四の五の言わず、大人しく従って市場へ出荷されるニャン」
『だが、オレには夢があるのだ!』
「ニャン。夢?」
『ああ。青い海! 白い雲! 輝く太陽! 夏の浜辺で、ピチピチなギャルと遊びたい! 〝キャッキャウフフ〟と戯れたいのだ。「ハッハッハ。ここまでおいで」「待て~。捕まえちゃうぞ!」みたいなセリフを言いあって――』
「…………」
『ギャルに迫られたい! 脳天に衝撃を受けるほどの、歓喜な体験をしたい!』
「……ニャ」
『とても高尚な夢だ』
「低俗な夢だニャン」
『この夢が叶わないうちは、熟れても熟れきれん』
「そんにゃ『死んでも死にきれん』みたいに言われても……スイカは熟れるのが仕事だにゃ。熟れすぎるのも良くニャいけど」
我がままを述べる、スイカ。
困っているツバキに、コンデッサが助け船を出した。
「スイカよ。それなら私が、お前にギャルを紹介してやろう」
『本当か!』
「ご主人様。ギャルの知り合いさんが居るニョ?」
「うん。魔女高校の生徒で、チリーナの同級生なんだ。少し前、チリーナと一緒に、この家に遊びに来たことがあったんだよ。その時、ツバキは出掛けていて不在だったが……」
コンデッサが《メール魔法》で連絡を入れると、その少女――ギャルは、すぐにやって来た。
魔女高校の制服を着ているが、スカートの丈を短くするなど、全体的にお洒落な装いをしている。メイクも派手で、バッチリ可愛く仕上げていた。
少女は、元気いっぱいに挨拶をする。
「ち~す。コンデッサ様、お呼びですか~?」
「ああ。よく来てくれた」
「ニャン。こんにちは」
「黒猫のツバキちゃんだね~。チリーナやコンデッサ様から、アンタの話は聞いているよ~。うちのことは〝ギャル子〟って呼んでね~」
「ニャ? ギャル子?」
「そう。本名は〝ギャトリヌルリルリルリコメッコッコ〟なんだけど、それだと長いから~」
「了解ニャン。ギャル子さん」
ちなみにギャル子の本名が長いのは、彼女の両親がキラキラネームをつけたためである。
ギャル子自身は、己の本名をけっこう好きなのであるが『長すぎるのだけは、まいる~。ぴえん(泣)』と思っていたりする。
コンデッサが、ギャル子に事情を話す。
「分かりました~。このスイカ、うちが貰っちゃいますね~」
『ギャルよ! ありがとう!』
と、スイカが感激して叫ぶ。
「あ~。ギャル子。見てのとおり、コイツは喋るスイカなんだが……」
「構いませんよ~。ギャル子は、こまかいことは気にしませんので~」
ギャル子の返事に、スイカのテンションが更に上がる。
勢いよく、己が抱いている夢の内容をスイカが語ると、ギャル子は「なるほど~。アゲアゲだね~」と頷いた。
「明日、うちは友達と海水浴に行くんだよ~。スイカちゃんも連れて行ってあげる~」
『なんと! 明日、オレの夢が叶うのか!』
「そうだよ~。ギャル子は親切なんだ~。バリバリ感謝しろ~」
『うう……嬉しいぞ……』
「ちゃんと『浜辺で遊んで』『戯れて』『迫って』『捕まえて』『脳天に衝撃を与えて』あげる~」
嬉し泣きしている、スイカ。
ツバキはコソッと、ギャル子に尋ねてみた。
「明日の浜辺で、ギャル子さんはスイカを相手に何をするのかニャ?」
「もちろん、スイカ割りだよ~」
♢
数日後。
ギャル子が、コンデッサの家を訪ねてきた。
「こんにちは~。コンデッサ様、ツバキちゃん~」
「ギャル子さん、いらっしゃいニャン」
「ギャル子。先日、お前に渡したスイカはどうなったのか、訊いてもいいか?」
「ハイ~。夏の浜辺で、うちが棒で叩き割りました~。目隠しした状態だったけど、手応えはガチでした~。目隠しをとったら、スイカは完璧に割れていて、そのあと皆で、中身を食べました~。美味しかったです~」
「……まぁ、スイカ割りだもんな。当たり前に、そうなるか……」
「スイカさんは、自分が割られるのを、どう思ったのかにゃ?」
「喜んでいたよ~。うちが振り下ろした棒が直撃した瞬間、『わが生きざまに、一片の悔い無し!』と叫んでた~」
「……ニャン」
「でもスイカは食べ物なんだから、そこは『一片の悔い無し』じゃ無くて『一片の食い残し無し』と叫ぶべきだと思う~。ですよね~。コンデッサ様」
「ええっと……そ、そうだな。でも良かったよ。ギャル子のおかげで、あのスイカも、満たされた心のまま成仏できたに違いない」
「それが、ですね~」
ギャル子が持ってきたバッグの中から、何かを取り出す。
それは、空気が抜けてペシャンコになっている、スイカ柄のビーチボールだった。
ギャル子は、その空気栓に口をつけて、プウと息を吹きこむ。
膨らんだビーチボールを見て、ツバキが言う。
「こにょビーチボール。スイカ柄だし、大きさも同じくらいだし、あにょ時のスイカが、また現れたみたいな感じニャ」
『当然だ。オレだからな』
ビーチボールから、音……いや、声がした。
ツバキはビックリし、コンデッサは首をかしげる。
「にゃ! ビーチボールが、喋ったニャン!」
「ギャル子。どういうことだ?」
「うちが棒で割った時、スイカの魂が、持ってきていたビーチボールに乗り移っちゃったみたいなんです~。まじ卍(ヤバい)~」
「さっさと成仏すれば、良いのに。こいつ、しぶといな」
ビーチボールが、ボヨンと跳ねる。
『ビーチボールになっても、スイカだった時と同じように、中身が充実した生き方をしてやるぜ!』
「スイカであるニャらともかく、ビーチボールになったら、中身を充実させるのは無理だと思うニャン」
「ビーチボールの中身は空気だしね~」
ボヨンボヨン。跳ねる跳ねる。
「ニャン。スイカ……改め、スイカ柄のビーチボールさんは、妙に嬉しそうニャンね?」
『ふっふっふ。黒猫よ。今のオレはビーチボールなのだ。つまり、空気注入……中に空気を入れてもらう時、栓の部分へ、ギャルが口づけをしてくれるのだ。最高だ!』
「色ボケにゃ。脳は無いのに、ピンク脳なビーチボールにゃん」
「ギャル子。この気持ち悪いビーチボールは、私が引き取ろうか? 即行で、処分するが」
『〝気持ち悪い〟とは、なんだ!』
「大丈夫ですよ~。ギャル子は気にしません~。1週間後に、また海へ遊びに行くのです~」
『オレも、持っていってくれるんだよな?』
「うん~」
『やったぜ!』
♢
1週間後。
ギャル子は、数人の友達とともに、再び海水浴にやって来た。
まだ、しぼんだ状態のビーチボール(スイカ柄)。空気入れの際にギャルに口づけしてもらえるのを、ワクワクしながら待っていると……。
ギンギラギンの太陽の下の浜辺を、筋肉ムキムキの男性が、海パン一丁の姿で歩いている。
彼の赤銅色の肌は、汗で濡れて光っており、非常にナイス&エロスだった。……見る人によっては、そのように思えるに違いない。多分。
ギャル子たちの側を、男は通り過ぎた。
「無念だ。ビーチボールで遊ぼうと思っていたのに、家に置いてきてしまった。どこかで、売ってはいないか?」
そうブツブツ呟いている男性へ、ギャル子が声をかける。
「あの~。良かったら、このビーチボールを差し上げましょうか~?」
『え!?』
「おお。良いのか?」
『ちょ!?』
「はい~。ギャル子は親切なんです~」
『おい~!』
スイカ柄のビーチボールを喜々として受け取った男性は、さっそく膨らませようと、空気栓に口をつけた。
ブチュ。
・
・
・
――あつかった。
真夏の日射しは暑く
男の唇は厚く、とても分厚く
その口づけは、熱かった。
『のあああああ!!!』
男の肺活量は、驚異的であった。ビーチボールは、あっという間に膨らんだ。
『うあああ……』
ボール(からだ)は一気に膨らんでパンパンになったが、スイカ魂(せいしん)は一気に萎んでシオシオになった。
『あ……』
・
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・
時刻は夕暮れ。
ぞんぶんにビーチボールで遊んだ男は、そろそろ仕舞おうと、その空気栓を抜いた。
プシュルルル~。
ビーチボールから空気が抜けていくと同時に、宿っていた魂も抜ける。
日の入り前の夏の空へ、元スイカの魂は昇っていった。村の因習からも、全ての欲望からも、意味不明な喋る体質からも解放されて――
こうして夢見るスイカは、その夢を叶え、夢の先へも追いつき、追い越し、果てはクラッシュし、オーバーフローして、天の彼方へと消えた。
満足したのか、諦めたのか、何か深い真理を悟ったのか、その心の内は不明ではあるけれど。
夏の日々は続く。
太陽は眩しく
気温は高く
食べるスイカは、やっぱり美味しいのであった。
~おしまい~
「ハッピーエンドなのニャ」
「ハッピーエンドです~」
「ハッピーエンドなのか……?」
チリーナ「私の出番がありませんでしたわ! コンデッサお姉様に、私の水着姿を見ていただきたかったのに」
ギャル子「でも今回、海へコンデッサ様は行っていないよ~。浜辺に居たのは、1回目はうち・うちの友達・スイカで、2回目はうち・うちの友達・ビーチボール・筋肉ムキムキのエモいお兄さん……」
チリーナ「出番が無くて、良かったです」
♢
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♢追記(2025年8月27日)
あき伽耶様とかぐつち・マナぱ様に、本作にちなんだイラストを作っていただきました。とっても嬉しいです!
◯あき伽耶様より(スイカ&黒猫のバナーイラスト)
可愛い~! 拝見していると、ニヨニヨしちゃいます。優しい雰囲気が、素敵です。
◯かぐつち・マナぱ様より(コンデッサとツバキのスイカ割りAIイラスト)
これは、めっちゃ楽しいですね。スイカ割りの最中に、とびつくのは危ないですよ~。ツバキ、危機一髪か(笑)!?
あき伽耶様、かぐつち・マナぱ様、本当にありがとうございます!