9
エレノアが飾られた花について指摘したと途端、会場の雰囲気が変わった。
セフィーナは明らかに動揺しているが、皇后も表情を保てないくらいに焦っていた。
でもまだ始まったばかり。エレノアは続けて指摘する。
「お花だけではありません。こちらの茶葉……たしかに香りがとても良く飲みやすいお茶ですが、こちらに含まれるハーブの成分は、特定の体質をお持ちの方はおすすめできないお茶ですよ」
「そんな……」
お茶の香りを感じ取り、手元の茶器をそっと置く数名の令嬢。皇后は沈黙したまま、冷たい視線をセフィーナに送った。
「もちろん、この日のために用意してくださったお気持ちは素晴らしいものでございます。けれど、すべての方に安心して楽しんでいただくためには細心の注意をしなければなりませんわ」
セフィーナの瞳が揺れた。
「皇女殿下……それは……」
彼女は声を震わせた。得意げだった表情は曇り、視線が泳ぐ。
エレノアはその様子を静かに見つめ、わざと感情を込めない声で話を続けた。
「例えば、こちらにおいでのブラウン嬢——以前、こちらに含まれる成分で体調を崩されたとおっしゃっていたことがあります」
ブラウン嬢は目を見開き、やがて小さく頷いた。
「ええ……皇女殿下のお心遣い感謝いたします」
その場の空気が一層張り詰めた。セフィーナは追い詰められた獲物のような目をして、皇后の方へ助けを求めるように目をやった。しかし、皇后は沈黙のまま。彼女自身の威信にかかわる場面、口を挟めば己の恥ともなりかねない。
「さすがエレノア……よく勉強していますね」
ようやく皇后が口を開いた。だが、その声は決してセフィーナを守るものではなく、場の空気を鎮めようとする冷ややかさがあった。
「とんでもございません」
エレノアは微笑みを崩さずに応える。
「セフィーナ嬢へのお優しいご指摘、私からも感謝いたしますわ」
皇后は口角を上げているが、瞳には光がなく、無理に表情を作っていることがわかる。
「恐れ入ります、皇后陛下。ご厚意を傷つけるつもりはございません。ただ、皆さまの健康とお心をお守りするのも、皇族の務めでございます」
エレノアは丁寧に頭を下げた。
その一言が、静かな肯定の波紋を広げた。数人の令嬢たちが、彼女の視線を向け、敬意の色を滲ませた。
エレノアはそれ以上責め立てることはせず、自分の席に戻る。
そして、彼女が用意していた茶葉を侍女が運んできた。
「せめてもの償いに、ぜひこちらのお茶をお試しください。皆さまのお口に合えば良いのですが……」
お茶を注がれると蜜のような甘い香り広がる。
その場の緊張が、茶の香に溶けるようにほぐれ始めた。
茶器を手にした令嬢たちの表情が、ほっと緩むのが見て取れた。その香りと味わいに目を細めた。
「殿下……これほどの香り高い茶葉、私……初めていただきました」
「……ほんとうに美味しい。上品な甘さを感じますわ」
様子を伺っていた令嬢たちが次々と茶を口にする。
「さすが皇女殿下でございますわ」
静かだったセフィーナが口を開いた。
「いえいえ、なにより皆様のお口に合うようで安心しました」
「私はこの場にふさわしい茶葉を選ばなければという一心で、品質にこだわりすぎてしまったようです。こんなお茶があるなんて初めて知りました」
「そうでしたの。こちらの茶葉は南部ではとても有名なものですが、たしかになかなか手に入らないものかもしれませんね。品質が良いだけではなく、香り高くとても人気の茶葉なので、この華やかなお茶会にもぴったりだと思いますわ」
エレノアは冷静だった。
「おっしゃりたいことはわかりました。ですが、あくまで今回のお茶会は私が皇后陛下より承ったこと。それにもかかわらず皇女殿下がこの場で必要以上の気配りをなさるのは、かえって場を乱してしまいます」
その挑発的な響きに、令嬢たちが視線を交わす。だが私はあくまで静かに、穏やかな声で返した。
「そうでしょうか。私は皇后陛下のお茶会の品を保つために、用意させていただきました。さらに、おもてなしも細やかであるほど、心を惹きつけるものでございます」
その瞬間、皇后の瞳がわずかに細められ、セフィーナの言葉を待たず皇后が口を開いた。
「エレノアの言うとおりね」
微笑んだものの、口元は引き攣っていた。
皇后の発言により、セフィーナはもう何も言えず、うつむいたまま。
それでもお茶会は和やかな雰囲気を取り戻しつつあった。




