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皇后アドミナは姿勢を正し、優雅に場を見渡した。その目元に浮かぶ微笑は完璧に装われてはいたが、先ほどの一件でその奥に潜むわずかな苛立ちは消えていなかった。
「改めまして皆さん、本日は来てくださってありがとう」
その声は澄み、場を支配する力を持っていた。
令嬢たちは一斉に頭を下げて、皇后の言葉に応え、エレノアも控えめに会釈した。
「こちらのお茶会を開催するにあたって、私がかねてより信頼を寄せているセフィーナ嬢が、茶葉や花の選定など重要な役目を担ってくださいました」
アドミナがそう告げると、誇らしげにセフィーナへと視線を送った。セフィーナは得意げに扇子をたたみ、にこやかな笑みを浮かべながら、わざとらしくエレノアへと視線を向けた。
「皇女殿下がいらっしゃるにも関わらず、私がこのような役目をいただいてしまい恐縮でございますわ。皇后陛下のご期待に応えたいという思いで、茶葉もお花も心を込めて選ばせていただきました」
声の奥に滲む自慢と皮肉。その一言一句が、皇女の立場を軽んじる意図に満ちていた。
エレノアは微笑を浮かべ軽く頷いた。内心の冷たさを一切悟らせず、着丈に振る舞う。
「まあ、さすがセフィー様! お茶葉の香りからしてすでに素晴らしいもの。皇后陛下が信頼をお寄せになるのも納得ですわ」
近くの子爵令嬢が、媚びを含んだ声で口火を切った。
その発言を発端に皆が称賛の声を上げた。空気を読むのに長けた令嬢たちだ。皇后が持ち上げる者に逆らう言葉など、出るはずもない。
「皆様に喜んでいただけて、嬉しいです」
セフィーナは小さく目を伏せ、しかしその口元は勝利の微笑でわずかに吊り上がる。
「皇女殿下も、ぜひ香りからご堪能くださいね」
「それは光栄ですわ、グリディア嬢。皇后陛下の御前にふさわしい品を選ばれたのなら、とても素晴らしいものなのでしょう」
エレノアは微笑みを崩さず穏やかに答えた。声の響きはあくまで柔らかく、だが瞳の奥に一筋の光を宿す。
セフィーナは一瞬、その目の奥に探るような色を宿した。彼女の勝利の舞台。そう思い込んでいるからこそ、この後に訪れる静寂の重さに気付いていない。
さらに皇后が改めて微笑み、場を取り仕切る声を響かせる。
「では、皆さん。ぜひお茶を楽しみ親交を深めてくださいませ。セフィーナ嬢の選んだ香り高き茶葉と、美しい花々が皆さまのひとときを彩ってくれるでしょう」
「ありがたきお言葉です、皇后陛下」
セフィーナは深く頭を垂れる。その姿は誇らしく、まるで宮廷の花そのものだと自分で信じているかのようだった。
エレノアは気がついていた。ほのかに感じるお茶の香り、そして会場に飾られた花。それぞれに違和感を覚えたのだ。
そして皆が一斉にカップに手を伸ばした瞬間——
「皆様、お待ちください」
核心を持ったエレノアは立ち上がり、飾られた花へと向かって歩き出す。
「いきなりどうしたのかしら」
「何をする気なの」
エレノアの言動に一同は驚きを隠せず、困惑した声が聞こえてくる。
そんな状況にエレノアは一切動じずに発言を続ける。
「グリディア嬢。こちらはたしかに素晴らしい彩りでございます。ですが、この白いバラと赤いバラ、そしてこのユリの三種をこの本数で合わせて生けると『不和と裏切り』という花言葉になるのですが、ご存知ですか?」
花のことを少し勉強すればわかるような知識だった。
「そ、そんなはず……!」
セフィーナは慌てて否定するが、頬がわずかに引き攣った。
皇后の視線はエレノアから彼女に向けられる。
眉間にしわが寄っていて、明らかに表情が険しくなった。
そして、さざ波のように令嬢たちの不安の声が会場に広がる。
(——まだ、始まったばかりよ)