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 お茶会での一件以来、皇后アドミナもセフィーナも息を日潜めたように静かにしてた。

 

 エレノアは彼女たちが簡単に引き下がる相手ではないとわかりつつも、穏やかな日々が心地よく、このまま大人しくしていてほしいと願っていた。 



 ——そんな中、王宮の会議室では定期的に開催されている地方報告会が開かれている。


 長テーブルを囲み、各地の領主や役人が報告書を携えて出席する。皇帝は端正な顔つきで、眼鏡の奥から鋭く全員を見渡していた。エレノアは端席に座り、周囲の動きを静かに観察している。


「次の報告はノルド地方の領主代理、ロタール卿」


 ロタール卿が立ち上がり、報告書を広げながら口を開いた。

「はい、陛下。ノルド地方では例年通りの干ばつが続いておりますが、現在のところ作物への影響は軽微です。水源の確保も概ね順調で、住民の健康状態に大きな変化は見られません」


 その言葉に会場の多くは安堵の息をつくが、エレノアは眉をひそめた。前世で起こった被害の悲惨さが脳裏に浮かんだのだ。表面だけではわからない潜在的な危険性があることにエレノアは気がついていた。


 次の報告は西方のセリュー地方の役人からだった。

「我々の地域では動物の異常行動が問題になっておりますが、これらは環境の変化が原因であり、現段階での健康被害は報告されていません。疫病などは確認されていませんので、このまま様子見で問題ないと思います」


 この報告に対しても、多くの貴族は軽い頷きで聞き流した。皇后アドミナは椅子に深く腰掛けたまま、興味なさげに空を見つめていた。


 そう。たしかにこの時期、誰もがこの干ばつも異常行動も一時的なものだと考えていた。しかし、エレノアが経験した過去では、この状況はしばらく続いたのだ。さらに水源が汚染され、疫病が発生するというう最悪の状況に陥る。


 エレノアにとってこの状況はチャンスだ。彼女は静かに口を開く。


「陛下、一言申し上げてもよろしいでしょうか」

 一斉にエレノアへと視線が集まる。


「発言を許可する」


「ありがとうございます。先ほどロタール卿が進言された干ばつ問題ですが、万が一このまま長引き、水質が悪化すれば、疫病が発生するリスクが高まります。セリュー地方における動物の異常行動も、生態系の乱れや水源汚染の前兆かもしれません。軽視は危険です」


 会場は一瞬、ざわついた。これまで空気のような存在だったエレノアが発言したのだから、驚くのも無理はない。

 しかし、感心したというよりは軽んじた笑みを浮かべる者がほとんどだった。皇后もとくに関心を持たずわずかに眉をひそめただけだった。


「たしかにエレノアが言うことも一理あるが、過剰な対応はかえって混乱を招くぞ」

 ゴドリックも冷静に言葉を選びながら反論した。


 エレノアは言葉を続けた。

「おっしゃる通りでございます。たしかに現時点で明確な疫病は報告されておりません。しかし、過去の例では初期の兆候を見落とし、多くの民が苦しみました。私はそれを踏まえ、予防策を講じるべきだと考えているのです」


 この言葉に会場の空気は変わった。冷ややかな目を向ける者がいる一方で、あまりにも毅然とした振る舞いをするエレノアに感心する者もいた。

 皇后は微笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には警戒心が潜んでいた。


「具体的に何をすればいいのでしょうか」

 やりとりを静かに見守っていたロタール卿が口を開いた。


 エレノアは具体的な対策案を述べた。

「はい、まずは水源の検査をします。そしてその検査は一度きりではなく定期的に行なう必要があります。それから新しい井戸の新設、疫病に効果のある薬草を備蓄しておくと安心です。これらの対策は、仮に疫病が発生しなくとも、決して損をするようなことではありません」


 皇帝はしばらく考え込んだ後、静かに頷いた。

「よかろう。ただし、エレノア。自分で現地に赴き、指揮をとりなさい。それが条件だ」


「かしこまりました」


 その場にいる誰もが”皇女が行くわけない”と思っていたが、エレノアは即答だった。

 そしてそんなエレノアに対する見方は徐々に変わりつつあった。


 こうしてエレノアは、知識と覚悟を武器に新たな挑戦へと歩み出したのだった。


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