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リリアは母方の家業として帝都で広く新聞出版業を営む家の出であった。


 落ち着きを取り戻したお茶会——

 そのまま終わるかと思ったが、そうはいかなかった。


 穏やかな空気を変えたのは、またセフィーナだ。

 彼女はいきなり立ち上がると、一人の令嬢へと近づいた。

 

 そして視線はゆっくりとフロリカ・コーデン男爵令嬢に向けられた。


「ところでフロリカ様のご家門は、たしか……新聞などの出版を生業とされていたと記憶しておりますわ。平民の皆さまにお言葉を届ける……なんとまあ、気高いお仕事ですこと」


 一見誉めるようでいて、声色ににじむ侮蔑。周囲の令嬢たちの間に、微かな動揺が広がった。

 出版業は商いの一種、貴族社会で”卑しき稼業”と囁かれることも少なくない。


 セフィーナは続ける。

「こうして高貴な場にお出ましくださるとは、平民のお方々もさぞお喜びでしょうね。まるで平民と高貴な世界の橋渡しをなさっていて素晴らしいと思いますわ」


 その場にいた令嬢たちの視線がフロリカに集中する。

 フロリカは何も言えず、その場でうつむいていた。


 何も言わないフロリカを背にしてセフィーナの視線はエレノアへとうつる。

「皇女殿下もこのような方と関わる機会なんてないですわよね」


 そのやりとりを見ていたエレノアは過去を思い出していた。

 以前もこんなやりとりがあった。そしてそのときのエレノアはセフィーナに同調することしかできなかった。令嬢たちからは非難され、皇族としての立場も否定されるようになった。


 すべてはセフィーナが仕組んだ罠だったのだ。


(同じことは繰り返さない——)

 エレノアは強く決意して、フロリカに視線を向ける。


「ご立派ですわ、フロリカ嬢のご家門は」


 その一言で、場がふっと静まり返った。セフィーナの目に、わずかな動揺がよぎる。


「帝国に生きるすべての者にとって、真実の声を知ることができるのは大変ありがたいことです。出版とは、帝国の知を支える誇り高き営みですわ。特にコーデン家の新聞は、公正さと内容の充実さで有名だ知られていますわ」


 エレノアの言葉にフロリカは信じられないと言う表情で顔を上げた。

 

 さらにエレノア続ける。

「私は皇女の務めとして、帝国の平和を第一に願います。それはすべての帝国民の心に寄り添うことでもあります。フロリカ嬢のご家門が果たしておられるその責務は、まさに皇族の願いと同じ方向にございます」

 

 周囲の令嬢たちの表情が変わる。内心、男爵令嬢を見下していた者たちでさえ、エレノアの言葉に心のどこかで納得せざるを得ない思いを抱き始めていた。


 

「皇女殿下は……お優しいのですね。平民のお方々にもそのように温かなお心を向けられるなんて」

セフィーナは予想していなかった展開に戸惑いつつも笑顔を保とうとしているが、その動揺は隠しきれていなかった。


「そんなことございませんわ。私は皇族です。帝国のすべての民を大切に思うのは、当然のことですわ」

 エレノアの声は澄んでいた。だが、その響きはまるで刃のように、セフィーナの言葉の浅さと品位のなさを切り裂いていた。

 

 セフィーナの笑みは表面だけのものとなり、その瞳の奥にじわりと悔しさが滲んでいた。自分が仕掛けた罠を、皇女は涼しい顔で軽々とかわしただけでなく、自らの立場を際立たせ、さらに周囲の令嬢たちの心までも引き寄せていく。その様に、セフィーナの心の奥で何かが軋む音がした。


「まあ……皇女殿下のお言葉の崇高さには、私ども到底及びませんわね」


 皮肉を滲ませたその声に、令嬢たちの一部が視線を交わす。けれど、誰もがその場で声をあげることを恐れ、ただ気まずげにカップを持ち上げたり、膝上のドレスの裾を指先でそっと弄ったりしていた。


 そんな中、エレノアはわずかに首を傾げた。

「及ぶも及ばぬもございませんわ、グレディア嬢。それぞれ立場で誇りを持って務めを果たす——それこそが、帝国の強さであり、美しさだと私は信じております」

 

 言葉は穏やかであったが、その声には力があった。

 そしてそれまで沈黙していたフロリカが瞳を潤ませ、震える声で言葉を継ぐ。


「皇女殿下……本当にありがとうございます。先ほどのお言葉、とても嬉しいです。両親にも絶対に伝えます。私たちは、ただ誠実に帝国そして国民のために筆を執ってまいりました。今後も変わらず精進いたします」


「そのお心こそ、帝国の礎ですわ」

 エレノアはフロリカに向かって優雅に頷いた。その一瞬、場の空気が柔らかく変わったのを、誰もが感じた。だが、セフィーナの顔には笑みの仮面の裏で、憎悪の焔が燃えていた。


 それでも彼女は、あくまで貴族令嬢としての体面を保たねばならない。皇后陛下が見守るこの場で、感情を剥き出しにすることなど許されない。


 令嬢たちの間に、ざわめきに似た空気が広がる。「皇族に相応しいとは、こういう方なのだ」と、誰もが心のどこかで感じ始めていた。


 ——その時だった。


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