5.イマジネ
部屋の明かりを落とすと床一面が青白く輝き始める。この部屋には天井がなく、その向こうで広がる夜空がこの部屋まで落ちて来て自ずと床にサイズ圧縮された、同一平面上に全方角の星が等身大に瞬いて生み出される、天然物では2番目に明るい空間へと染め上げられる。ソファの上に避難していた男は、興味本位で星空につま先を入れてみるとそれだけで全身が凍えるほど冷たい。急いで抜いたつま先には塗料のように青白い光が纏わりついていた。粘性が高いらしい。これが圧縮による影響なのかどうかは後々の検証が必要だろう。男はソファに寝転がって目を閉じるが、床から輝きの感触がソファの上にまで微妙に届いて来ている。寝るには眩し過ぎであり、しかしソファから他へ動くには下半身を光まみれにしなくてはいけない。だから男は眠れなくても、このまま横になって目を閉じていることにした。もう深夜の2時だった。諦めればいい。体をゴキブリが這いまわる錯覚にうなされながら眠るより数段マシだ。そうだマシなんだ。いつもは天井と屋根が互いに微動し合ってその間で破裂してしまう鼠の群れだって、今夜は天井がないおかげで空の落ちた穴の空で尾を引いて駆け回っているし、子供の蹴飛ばしたサッカーボールがコーンの上に2つ隣り合わせのアイスクリームを弾き飛ばした南半球のリゾート地も、野良猫の前足に貼り付くマグカップに酷似した寄生虫も、今夜だけは輪になって、手と手を合わせ時計回りに踊っている。みんなして貼り付いた笑顔でもいいじゃないか。今夜この部屋には天井がない。夜空も落ちて来て星々が床に収まっている。この世のすべての心配事がこの部屋に任された今、男にはふりでもソファで寝ているしか他に選択肢がないのだった。これはこの男が初めての幻視体験であり、彼の一貫した妙な冷静さは、幻視の始まりに覚えた背筋が凍りつくあの感覚に痺れてしまったせいだった。床上の夜空を連れて朝日が天へ昇りはじめる頃、切れ切れのイマジネーションはソファで男の熟睡を加速させ、これからみる夢を真昼の言語野にまで加速させた。