4.ヴァイオレ
人から言われて初めて気づいたし、気づいたとしてもどうしようもない時間が続いたし、第一嫌いになれる訳なかったし! 元々溜め込んじゃう人だったからね、初めて殴られた日からエスカレートし切ってたというか。日を分けたエスカレートじゃなくてあの時一瞬にして加熱し切った出来事だったから私、余計に体が動かなくなっちゃった。大丈夫だって、あはは。
その女のヘラヘラと笑う顔が痛々しかった。この手の女はまったく危機感に欠けているから、そんな自分でも容易く危機感に興じられる相手を選ぶ傾向にある。この女はきっと痛みなんて微塵も感じていない。いくら殴っても踏みつけても、体には痕が残るだけで感覚というものをとっくに失っている。つまり危機感の欠如とは感覚の欠如なのだ。この女にDVを振るった男は、それを確認するための行いだったのだろう。自分の女はどれくらい何も分からないのかを確かめようとした。そう考えれば実に納得が行く。女も頭ではどうか知らないがそれを分かっているし、実際のところ彼女自身喜んでいるのだ。全てが合意の上の仲睦まじい二人による遊び。時々、女の服の袖から傷跡が覗く。警告や威圧なんてなく、座っているところを突然に蹴飛ばされた。彼女には何事かと周囲を確認する暇もなく、不思議なほど馴染み深い怒号を聞いて怯む。男には多少の躊躇はみてとれたが、彼から攻撃を受けるほどにその躊躇さえ愛おしく思えてくる。その最中、女が顔を殴られてからは状況が一変する。女は顔を殴られると、次の瞬間には男の顔を殴っていた。右手が痛んで、今度は急に強烈な熱を頬に感じると目の前に男の座った目が合う。自分の両手が勝手に動いて男の首を掴んだと思ったらその反動のように馬乗りされ、二人の手が自分の首を絞めて息が苦しく、状況に反していやに冷静な目で前を見据えると男の首には自分の両手がかかって半透明だ。男の怒りに満ちた表情と降参の涙を浮かべた表情の両方が重なって目に映る。このまま死んでもいい殺してもいい。だけど殺されたくない死んじゃいやだ! 二人は体勢を解いて部屋の真ん中で抱き合い、お互いに泣きはじめた。
大丈夫だって、あはは。女は次へ向かった。