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1.ロマンチ
湖の畔には男女のカップルが絶妙な距離を保ったまま微動だにせず、直立している。表出こそしないが湖の水面下で発生している気泡と波紋の連続や、割れたガラス片のように断続する太陽光線、木陰から伸びる柔和なトゲの生えたツタ植物たちが成す包囲網にも一切気づくことなく、ただ二人は、各々の世界を共有することによってのみ手に入る超圧縮世界の虚像を掌握し、二人を中心に描かれる円運動の拡大は、そのまま虚像世界の拡張を意味している。拡張の果てには、この二人が実際世界を掌握するのも時間の問題だったが、問題は、こういったロマンチックはいつも瞬間的なものに過ぎないということだった。二人はあと一歩、あと0.00000001秒でも状況を維持しさえすれば全てを手に入れられるのだが、決してこの状況が進展することなどあり得ない。何も起こらない湖と共に、ほどなく彼らは世界の輪郭を目前にして破局、そして初めてあの水面には、雨が降るでもなしに一つの小さな波紋が生じるのだった。
女は反省なしに次の恋へ向かった。