学園編・第九章
俺は数秒間、頭が真っ白になった。
まるで意識が宇宙を旅しに行ってしまい、俺の体だけがオートパイロットで動いているような感覚だった。
「……魔法研究会?」
ツインテールの少女は頷いた。
「そう。興味ある?」
俺の脳はまだ情報を処理中だった。
――魔法研究会?
そもそも彼女がクラブに所属していることすら知らなかった。それどころか、俺を勧誘してくるなんて。
「……なんで俺?」
純粋な疑問だった。
「初日からずっと、あなたが図書館に通ってるのを見てた。それに、一年生でここに来るのはあなただけ。」
彼女は少し間を置き、さらりと言った。
「私も一年生よ。」
「……え?」
瞬きをする。混乱がさらに増した。
「お前……一年生なのか?」
彼女は淡々と頷いた。
「ええ、『ハリエット・ド・ローゼンデル』、クラスS、6-S。」
……ハリエット・ド・ローゼンデル。
重い姓だ。
それだけで、もう十分だった。
それでも、反射的に聞いてしまった。
「お前、貴族なのか?」
「……まあ、そうとも言えるわね。」
「『ローゼンデル公爵』は私の父よ。」
ああ。
本能的に、思わず体が傾きかけた。
公爵の娘なら、敬意を示すのが当然だ。
だが、俺が動く前に、ハリエットがすぐに手を上げて制止した。
「――ちょっ、やめて!」
いつもより少し強い声だった。
そして、初めて表情がわずかに変わる。どこか……恥ずかしそうに。
「ここは学院よ。全員平等なんだから、そんなことしないで。」
……可愛いな。
まさか、そんな率直な反応が返ってくるとは思わなかった。
俺が今まで見てきた貴族はみんな、その地位を誇示することに必死だったのに。
でも、ハリエットは――違った。
むしろ、そんな扱いを嫌がっているように見えた。
なぜか少し笑みがこぼれた。
そして、話が終わったと思ったその瞬間。
ハリエットが俺を真っ直ぐ見て、もう一度問いかけた。
「――で? どうするの? 入るの? 入らないの?」
相変わらず淡々とした口調だったが、今度はわずかに期待の色が宿っていた。
もし俺が断ったとしても、彼女がしつこく勧誘してくることはないだろう。
でも――同時に、彼女が理由もなく誘うタイプでもないのは分かる。
――魔法研究会に入る?
正直なところ……俺には、どうすればいいのか分からなかった。
魔法研究会に入るのは面白そうだった。だが同時に、それが具体的に何を意味するのか分からなかった。
だから、答える前に当然の質問をすることにした。
「お前のクラブでは、具体的に何をやってるんだ?」
彼女は腕を組み、わずかに首を傾げながら俺を見た。まるで、その質問が不要だと言わんばかりに。
「……分かるでしょ?」
「いや、全然分からない。」
ハリエットは軽く舌打ちし、ため息をついた。
「研究と魔法の実践。単純でしょ。」
……それじゃ、よく分からない。
「魔法全般? それとも特定の分野?」
「できる限りすべて。高度な魔法、理論、実験、普通じゃやらないような応用も。」
……ただの学生クラブには思えない。
「他に誰かいるのか?」
ハリエットは一瞬沈黙した。そして視線を逸らし、少し気まずそうに答える。
「……私だけ。」
「……お前しかいないのか?」
「そう。」
「……つまり、それってただのお前の個人研究じゃないのか?」
「違う。これはクラブ。でも誰も入ってないから、今は私だけ。」
「つまり、俺が最初の正式メンバーになるってことか?」
ハリエットは迷うことなく頷いた。
「その通り。」
……これは、いい機会かもしれない。
これまで、俺の魔法の成長は完全に独学だった。図書館で本を読み、空いた時間に練習する。
だが、たとえメンバーが一人(今のところ)しかいなくても、クラブに入るということは、より多くの知識に触れ、新たな訓練方法を得る機会になるかもしれない。
それに、ハリエットは明らかに実力がある。
俺はため息をつき、軽く笑って彼女を見た。
「……分かった。入るよ。」
ハリエットはまた頷いた。まるで最初からこの答えを期待していたかのように。
「月曜日、授業が終わったら職員室に来て。」
そう言って、一拍置いて付け加える。
「正式に登録しないといけないから。」
今度は俺が頷く番だった。
「了解。」
彼女は満足したように微かに頷くと、それ以上何も言わず、本を俺に返した。
私はそれを素直に受け取り、しまう前に最後にもう一度表紙に目をやった。
……これで正式に決まったな。
俺は今、"メンバーが一人しかいないクラブ"に入った。
……どれだけ変な状況なんだ?
そんなことを考えながら、目の前のハリエットを見る。彼女はすでに本に戻っており、まるでさっきまで会話していたことすら忘れたかのように没頭していた。
……いつもこんな感じなのか?
俺は小さく息を吐き、静かに出口へと歩き出す。
「じゃあ、月曜日に。」
返事は期待していなかったが、ハリエットは視線を上げることなく、小さく頷いた。
それを確認し、俺は図書館を後にする。
再び太陽の光が降り注ぎ、冷たい風が頬を撫でる。まだ正午か。
学院の廊下を歩きながら、ふと考えた。
――俺は一体、何に足を踏み入れたんだ?
追伸:
また作者です。 これからは毎回の章で「作品が完結した」と書くことになりました。
理由は、両親が勉強に厳しく、もし見つかったら更新できなくなる可能性があるからです。
なので、今後投稿するすべての章は「完結」と表示されます。