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学園編・第八章

「……起きろ。」


ゆっくりと目を開けると、朝日が窓から差し込み、部屋を柔らかく照らしていた。その光は優しいはずなのに、妙にまぶしく感じる。どれくらい寝ていたんだ?


体を起こそうとすると、鈍い痛みが走った。昨日よりはマシだが、まだ全身が重い。周囲を見渡す。ここは……自分の部屋? どうやって戻ってきた? 最後に覚えているのは、医務室にいたこと。ということは……レインが運んできたのか。


ため息をつき、顔を手で覆う。月曜日に会ったときにでも、礼を言わないとな。それより……今何時だ? 枕元のテーブルに置かれた時計に目を向ける。針が指していたのは――


「……昼の12時。」


「……は!?」


勢いよく飛び起きようとしたが、すぐに後悔した。ほぼ丸一日寝てたってことか? そこまで消耗してたのか? まあ、戦闘中に気絶するくらいだから、驚くことでもないか。とはいえ、これ以上ダラダラしているわけにはいかない。


ゆっくりと深呼吸し、慎重に体を起こす。まだ重いが、少なくとも動ける。そう思いながら足を床につけた瞬間――突然、強烈なめまいが襲ってきた。


「うおっ……!」


ベッドに手をついて、なんとか倒れずに踏みとどまった。――最悪だ。今は立ち上がることすらまともにできないのか。何度か瞬きをして、めまいが収まるのを待つ。


……これはひどい。学院に入学してたった十二日なのに、すでに十年は老けた気分だ。とはいえ、ずっと寝ているわけにもいかない。慎重に歩を進め、扉へ向かう。


――借りた本を返さないと。 そうだった。魔法の勉強のために何冊か借りていた。……ほんの数冊。 たったの……50冊。


……え?


視線をそっと部屋の隅へ向けると、そこには危険なほど積み上げられた本の山がそびえていた。……やりすぎた。これ、月曜から木曜の間に読んだやつだよな? まあ……仕方ない。魔法を使うしかないか。


空中に手をかざし、静かに呟く。「ヴォイド・リフト。」 瞬間、魔力がわずかに引かれる感覚とともに、目の前の空間がゆらぎ始める。水面を裂くように手を動かし、ゆっくりと空間に亀裂を開いた。


挿絵(By みてみん)


――次元収納魔法。


基礎的な空間魔法の一つだが、こういう時にはとても便利だ。


一冊ずつ、ヴォイド・リフトの中へと本を収めていく。本が裂け目を越え、消えていくのを見つめながら思う。これでだいぶ楽になる。


最後の一冊を収納し、手を軽く振ると、裂け目が静かに閉じた。


よし。


あとは返すだけだ。


そう考えながら、部屋を出て図書館へ向かった。


朝の冷たい空気が心地よく、太陽が学院の回廊を穏やかに照らしている。今日は土曜日。授業のない日だ。


それでも学院は活気に満ちていた。


多くの生徒が友人と楽しそうに話しながら歩いている。訓練場へ向かう者、庭で自由な時間を満喫する者。


人混みの中、以前図書館の場所を教えてくれた生徒たちの姿を見つけた。


声をかけようかと思ったが、彼らは会話に夢中のようだったので、そのまま通り過ぎた。


ゆっくりと歩きながら、週末の落ち着いた雰囲気をしばし楽しむ。


大半の生徒はこの日を利用して実家へ帰る。


義務ではないが、学院は希望者に帰省を許可している。日曜の夜に戻れば問題ない。


良い制度だと思う。


数分後、ようやく図書館に到着した。


いつも通り……誰もいない。


驚きはしなかった。


いまだかつて、ここで一年生を見たことがない。魔法を学ぶ者自体が少ないのだから、当然だ。


数人の上級生が書架の間を歩いているが、彼らの姿もまばらだった。


俺はため息をつきながら入口へと歩いた。


不思議だ……こんなに大きな学院で、何百人もの生徒がいるはずなのに、図書館はいつも閑散としている。


静かに扉を押し開ける。


そろそろ本を返さないとな……そして、あの図書館の少女に犯罪者を見るような目で見られないことを願う。


そして、彼女はいた。


カウンターの奥に座り、前回と同じ無表情で、どこか興味なさげな顔をしている。本のページをめくるたびに、結ばれた赤いリボンのツインテールがわずかに揺れた。


俺が入っても、視線を上げることすらしない。一瞬、本当に気づいていないのかと思ったが――


「……遅い。」


乾いた声が沈黙を破った。


彼女は落ち着いた仕草で本を閉じ、ようやく俺の方を見た。その青い瞳はわずかに光を宿し、まるで何かを分析するような鋭さを持っていた。


……まあ、確かに。俺が図書館に来るのが遅れるのは、これが初めてだ。決められた時間があるわけじゃないが、いつも授業後に来ている。昨日は来れなかった。そして、先週の土曜日は朝10時に来た。今日は……もう正午を過ぎている。


本当にそれに気づいたのか? それとも、俺があまりにも頻繁にここへ来るせいで、時間が違うことに違和感を覚えたのか?


俺は頭をかき、ため息をつく。


「ちょっと……小さなトラブルがあってな。」


彼女は黙ったまま、続きを待っているようだった。


彼女は説明を待っているようだったが、俺に話すつもりがないと分かると、それ以上は追及しなかった。何も言わず、引き出しから帳簿を取り出し、紙を整えながら静かに言う。


「本を返せ。」


無駄なやり取りをせず、俺は手を上げ、小さく呟く。


「ヴォイド・リフト。」


空気がわずかに歪み、暗い裂け目が開く。そこから一冊ずつ本を取り出し、カウンターの上に積んでいく。木の表面に本がぶつかる音が、次第に大きくなっていく。


彼女は何も言わない。だが、積み上がる本の山をじっと見ていた。そして、それはどんどん高くなっていく。


三十五冊目を置いたとき、ついに俺の方を見た。


「……」


四十九冊目を置いたとき、彼女は目を閉じ、長いため息をついた。


「何冊借りた?」


「たったの五十冊。」


沈黙が流れる。まるで冗談かどうか確かめるように、じっとこちらを見つめる。やがて、彼女は無言で帳簿を開き、淡々と返却処理を始めた。


「珍しい奴ね。」


「知ってる。」


彼女は表情を変えずに、一冊ずつタイトルを確認していく。驚きも呆れもない。ただ、わずかに好奇心を含んだ視線。


「全部読んだの?」


それは挑発ではなく、純粋な疑問のようだった。


俺は落ち着いて頷く。


「……ああ。一部は何度も読み直したけどな。」


彼女は俺の返事を数秒間考え込むように見えたが、そのまま作業を続けた。


「……そう。」


静かに帳簿にペンを走らせ、正確に指でタイトルをなぞりながら、一冊ずつ確認していく。本のページをめくる音と、紙にペンが走る音だけが静寂を埋めた。急ぐわけでもなく、かといって無駄な動きもない。


そして数分後、最後の本を確認し終えると、彼女は帳簿をカウンターに置いた。


「すべて問題なし。」


そう言いながら、ゆっくりと視線を俺へ戻す。


「……また借りる?」


「うん。」


彼女は特に驚いた様子もなく、静かに席を立つと、本棚へ向かった。


「今回は何を探してるの?」


「回復魔法。」


彼女の動きが一瞬止まり、言葉の意味を考えるように小さく首を傾げた後、ふと俺を横目で見た。


「……ふぅん。その"小さなトラブル"と関係ある?」


……チッ。やはり、聞かれるとは思っていた。別に彼女が気にしているわけではない。ただ、あまりにも察しが良すぎるだけだ。


俺は少し面倒くさそうにため息をつき、頭をかく。


「……まあな。」


彼女はすぐに言葉を返さなかったが、表情がすべてを物語っていた。


「……こっち。」そう言って、俺を棚の奥へと誘導する。


そのとき、俺も目にした。


――回復魔法の本は、すべて棚の最上段に置かれていた。


……今か?


最悪だ。高すぎる。俺のような奴にとって、これはすでに大きな問題だった。


諦めの表情で棚を見上げていると、ツインテールの少女が何の感情もない声で言った。


「届かないでしょ?」


……チッ。答える気はなかったが、その淡々とした口調には微かにからかうような響きがあった。


何か言い返そうとする前に、彼女は静かに手を前に出し、呟く。


「スペイシャル・リンク。」


彼女の前の空間がわずかに歪み、一瞬で本棚の上部に小さな四角いポータルが開いた。そこから、まるで空間を越えたかのように彼女自身の手が現れ、迷いなく目的の本を掴み、引き抜いた。


挿絵(By みてみん)


「はい。」


俺を見ることもなく、淡々と本を差し出す。……俺はまだ状況を理解しきれていなかったが、ゆっくりとそれを受け取る。


「……便利だな、それ。」


「知ってる。」


手首を軽く振ると、ポータルはすぐに消えた。そして彼女は何事もなかったかのように歩き出す。空間魔法って、本当に便利だな……。だが、一番驚くべきことは、それをまるで日常の動作のように扱う彼女自身だった。


「……すごいな、お前の魔法。」


その言葉に、ツインテールの少女は足を止め、無言のままこちらを向く。無表情。だが、その瞳にはわずかな疑問が浮かんでいた。一瞬、このまま無視されるかと思った。


だが彼女は少し眉を上げ、無機質な声で言った。


「……あ?」


「お前が使った魔法……『スペイシャル・リンク』だっけ?まるで何の苦労もなく使っていたな。」


彼女はゆっくりと瞬きをし、俺の言葉を吟味するように少し間を置いた。数秒の沈黙の後、視線を逸らし、そのまま歩き続ける。


「……基本よ。」


……基本、ね。


彼女にとっては、確かにそうなのかもしれない。でも俺からすれば、筋肉ひとつ動かさずに空間を裂いて物を取るなんて、全くもって"基本"とは思えなかった。


――絶対に空間魔法を学ばないと。


ため息をつきながら、本を抱えたまま彼女の後を追う。


「それでも、すごいと思う。」


彼女はすぐには答えなかった。


そのまま無言のまま歩き続け、やがて受付にたどり着く。俺は何も言わず本を差し出し、彼女は変わらぬ手際の良さで貸出の記録をつける。


何もかもが、いつも通りの流れだった。


……ただし、その瞬間までは。


本を返そうとした彼女の手が、一瞬止まった。


そして、表情も声の調子も変えないまま、まるで当たり前のことのように、こう言った。


「……私の魔法研究会に入らない?」


……え?

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