表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

学園編・第六章

「いいか、生徒たち!」


訓練場に響き渡る教師の声が、あらゆる会話をかき消した。俺たちは一列に並び、指示を待つ。


「まずは30分間走る。その後、剣を手に取り、上から下へ振る。そして最後に、いつも通り好きな相手と組んで模擬戦を行う。」


……ああ。ついに、この日が来たのか。俺はゆっくりと空を見上げ、何かしらの神聖なサインを探した。


『精霊たちよ…俺を救ってくれ…』


心の中で静かに祈る。しかし、返事はない。なぜなら、今日はそういう日なのだ。俺の苦しみが避けられない日。模擬戦の時間には、確実に疲れ果てている未来しか見えない。俺の体力は最悪だ。階段を登った後の老人よりもひどいかもしれない。


もし、魔力を回復させる魔法の本でも読んでいれば… いや、授業が終わった後に探しに行くべきか?


「位置につけ!」


俺たちは地面に描かれた白線の上に並んだ。教師の合図とともに――全員が走り出した。そして、当然のことながら……俺は置いていかれた。これは避けようがない。俺はこのクラスで最も運動能力が低い生徒だ。当然、最下位になるのは当たり前のことだろう。


もし魔法が使えたら、どれほど楽になるか。だが、ここは魔法なしで鍛える授業だ。魔力を使えば、身体能力を強化し、筋肉を強くし、持久力を上げることができる…… だが、一つ大きな問題がある。俺は、それができない。


魔力を体内に流せることは知っている。剣士たちはそれを使い、攻撃力や耐久力を向上させている。けれど、俺がいくら試しても、それを発動させることができない。しかも、今のところ剣士たちは誰も魔力を使っていない。全員が、純粋に体を鍛えることを目的に走っている。それは彼らにとっては良いことだろう。だが、俺にとっては――最悪の状況だった。


周囲の生徒がペースを維持して走る中、俺の呼吸はすでに荒く、脚が痛み始めていた。……30分もこれを続けるのか?俺は死ぬかもしれない。


その時、レインが俺の横を通り過ぎていった。表情はまるで何事もないかのように落ち着いている。まるで、走ることが当たり前の行為であるかのように。そのすぐ後ろでは、他の生徒たちが彼女を追いかけるように走っていた。


もう一周目か……くそっ。最低でも、俺は五周走って自己記録を超えなければならない。そう、自分の目標はそれだ。


五周。数字だけ見れば小さく思えるが……今の俺にとっては、途方もない試練のように感じた。


必死に前へ進もうとする中、再びレインの姿が目に入った。


――は!?


たった数秒前に通り過ぎたばかりのはずだろ!? なのに、もう二周目だと!? ……どうして、彼女は全く疲れていないんだ?


周りの生徒たちも、息を切らしながらも安定したペースで走り続けている。それに比べて、俺は……俺はもう、自分の人生すべてを見直し始めていた。


なんでこの学院に入ったんだ? なんでパン屋にでもならなかったんだ? なんで俺はドラゴンの脚を持って生まれてこなかったんだ!?


歯を食いしばり、無理やり足を動かす。俺だけが途中で諦めるわけにはいかない。だが、足は重く、膝は焼けるように痛む。呼吸は荒れ、喉が締めつけられるようだ。一歩ごとにスピードが落ち、今にも地面に倒れ込みそうだった。


そしてその時、周囲の息遣いや足音の中に、ふと頭をよぎる言葉があった。


――火の魔法の本に書かれていた、あの老人の言葉。


「炎は、自らの意志で止まることはない。消える時は、何かに遮られた時だけだ。しかし、燃えるための燃料がある限り――それは燃え続ける。」


……そうだ。体が痛む。息が切れる。だが、まだ動ける。今ここで止まるとしたら、それは俺の体が限界だからではない。俺自身が、諦めると決めた時だけだ。


それだけは――絶対に許さない。俺は歯を食いしばり、前へ進み続けた。


エネルギーがある限り……俺は進み続ける。


…….


「違う! そうじゃない!」

「ちゃんと剣を握れ。」

「やり方が間違ってるぞ。」


教師の言葉が次々と耳に飛び込んでくる。見えない衝撃となって、俺の士気を容赦なく打ち砕いた。


分かってる、分かってる。でも、うまく握れないんだ。


それは単に俺の技術が未熟だからではない。汗が額から滴り落ち、腕は震え、剣は本来の重さ以上に感じられる。体は完全に限界を迎えていた。


呼吸は乱れ、全身が悲鳴を上げている。誰が見ても明らかだった。


俺は――これに向いていない。


剣を振り続けて十数分、俺の腕はすでに言うことを聞かなくなっていた。最初は持ち上げられていた剣が、今では巨大な岩のように重く感じる。


もう一度だけ振ろうとした。しかし――体が拒否した。


足が崩れ、力が抜ける。


そして、避けようもなく……俺は地面に倒れた。


衝撃はそこまで強くなかったが、この状態の俺には、まるで戦い抜いた後に崩れ落ちたような感覚だった。


息は荒れ、汗はシャツをびっしょりと濡らしていた。


俺は震える手で、剣を見つめる。


焼けるように痛む筋肉の感覚とともに。


……これ、普通じゃないよな?


なんで俺だけこんな状態なんだ? 俺はこのクラスにいる資格があるのか?


そんな考えが頭をよぎる。体は重く、気力はすでに底をついていた。


周囲を見渡すと、他の生徒たちも疲れているようだった。しかし、彼らはまだ立っている。剣を振り続けている。


それに比べて、俺は……地面に崩れ落ち、筋肉の悲鳴に耐えながら微動だにできずにいる。


教師が俺をじっと見下ろしていた。その表情は決して好意的なものではなく、まるで「こいつに声をかける価値はあるのか?」と判断しているかのようだった。


「休憩を取れ。最後の演習に備えろ。」


それは提案というより、まるで最後通告のように聞こえた。


俺は何も答えず、ただじっと横になったまま、体を動かせるようになるのを待った。


数分後、震える足を無理やり動かし、どうにか立ち上がる。


まずは水を飲む。冷たい液体が喉を通るたびに、わずかに意識がはっきりする。


だが――はっきりしていることがひとつある。


まだ、地獄は終わっていない。


これから俺は、レインとの模擬戦をしなければならない。


クラスで最強の剣士。


彼女の身体能力は、初日からすでに群を抜いていた。教師ですら「本当にクラスAで合っているのか? Sクラスではないのか?」と疑ったほどだった。


だが、レインは俺たちと同じクラスにいた。そして、それはつまり――模擬戦のたびに、俺の対戦相手になるということだった。


誰もが彼女の強さを知っているのに、誰ひとりとして彼女に挑もうとしない。


周囲の視線から、ある感情が伝わってきた。


――嫉妬。


だが、それでも誰一人として彼女に戦いを挑もうとはしない。


そして、「友人」としての俺に、その役目が回ってくる。


クラスで最弱の俺に。

毎回負ける俺に。

未だに剣の握り方すらまともにできない俺に。


深く息を吐いた。


20分後、模擬戦が始まった。


俺はその場に立ち、戦いの様子を静かに見つめる。剣の扱いに長けた生徒も多く、互いに正確な一撃を繰り出し、計算された防御を見せ、素早い動きで戦っていた。プロの試合というわけではないが、決して見苦しいものではなかった。


素早く終わる試合もあれば、拮抗した戦いもあった。剣を交えるたびに、技術と経験の差が浮き彫りになっていく。


明らかに実力がある者。

戦いながら成長していく者。

そして――俺のような者。


俺が負けることは分かりきっている。


みんな知っている。


教師ですら、結果を疑っていないだろう。


それでも、形式的に過ぎないその声が、訓練場に響いた。


「レイン、アラシ。前へ出て、試合を始めろ。」


……クソッ。


周囲の生徒たちの視線が俺に突き刺さる。


好奇の目。

哀れみの目。

そして、楽しげな目。


……まあ、当然か。


この戦いは、公平な勝負なんかじゃない。ただの"見世物"だ。


結果は誰もが分かっている。


俺は深く息を吐き、余計なことを考えないようにした。


ゆっくりとした、諦めにも似た足取りで、訓練場の中心へ向かう。


目の前には、すでに構えを整えたレインがいた。揺るぎない自信に満ちた姿。静かで、澄み切った表情。まるで、ただの"いつもの訓練"でしかないかのように。


挿絵(By みてみん)


「――始め!」


教師の号令が響いた。


その瞬間、俺の運命は決まった。


レインは、一切の迷いなく踏み込んできた。


まるで、さっきまで一時間も訓練していたことが嘘のような速さで。


――なんでまだそんなに動けるんだ!?


俺は咄嗟に剣を持ち上げ、どうにか最初の一撃を受け止めた。


衝撃が腕全体を貫いた。


骨が軋むような感覚。筋肉が悲鳴を上げる。


思わず、小さく声を漏らしてしまった。


「……チッ…!」


痛みは瞬時に広がり、肩から指先まで鋭い熱が走る。


それでも、俺は剣を離さなかった。


手は震え、足は後退しそうになる。それでも、俺は必死に踏みとどまる。


どれだけ痛かろうと、まだ動ける。


だから、次の一撃を待った。


――そして、それはすぐに飛んできた。


レインは迷いなく動いた。手首を滑らかにひねり、左から斜めに斬りかかる。狙いは俺の脇腹。


反応が遅れた。だが、本能だけで剣を持ち上げ、どうにか防ごうとした。


カンッ!


剣と剣が激しくぶつかり合い、鋭い音が響く。衝撃は凄まじく、俺の握りが緩みかけた。レインの力に押し負け、剣が弾き飛ばされそうになる。それでも、俺は離さなかった。歯を食いしばり、なんとか耐える。


反撃も、回避もできない。ただ――耐えることしかできなかった。


目が滲む。涙なんか、流したくない。でも、痛みが限界を超えている。


一撃ごとに骨に響く衝撃。腕を突き抜ける鋭い痛み。どうやって勝てというんだ? そもそも剣を握ることすらままならないのに。


それでもレインは止まらない。間髪入れずに、今度は胸元へ突きを放ってきた。俺は必死に体を動かし、反応しようとする。後ろに下がる。しかし、もう足が言うことを聞かない。バランスを崩し、嫌な感覚が背筋を走る。


――分かってしまった。


もう、俺の負けだ。


動く間もなく、レインの剣が正確に俺の脇腹を打ち抜いた。鋭く、速く、無駄のない一撃。


衝撃が全身を駆け巡る。痛みが肋骨から背中に広がり、肺から空気が押し出される。息が詰まり、苦しげな喘ぎが漏れた。


足が崩れた。地面が一気に近づく。


必死に踏みとどまろうとするが、もはや体は言うことを聞かなかった。


剣が、俺の手から滑り落ちる。


鈍い音を立てて、地面に転がる。


すべてが遠のいていく。


視界がぼやけ、耳に入る声もどこか遠く響く。誰かが動いているのが見えた。何かを言っている。でも、意味が分からない。


まばたきが重くなる。視界が闇に溶けていく。


そして――すべてが、消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ