学園編・第五章
今日は金曜日で、学院の初日が始まってからちょうど十二日が経った。そして、必修科目の時間割が決まった。
一日の始まりは魔法の授業で、担当の先生はヴァルディル・グレイソーンだ。そう、一週間も経ってようやく名前を教えてくれたあの怠け者の先生だ。生徒が何をしようとあまり気にしないようだが、それでも授業には毎回きちんと出席する。不思議なことに、彼は魔法を愛している(あるいは単に好きなだけかもしれない)が、生徒が本当に理解しているかどうかには興味がなさそうだ。授業のたびに、あくび混じりに「最初の日に使った魔法の本を開け」と指示するだけだった。
これまでに学んだ魔法は基本的なものばかりだ。火の魔法、風の魔法、水の魔法、地の魔法、そして運命の魔法。その紹介は短いものだったが、だからといって印象が薄いわけではない。
火の魔法:「火とは熱と破壊の象徴である。しかし、それと同時に光と再生の力でもある。火を操るということは、怒りと温もりの狭間を制することだ。」
風の魔法:「目には見えずとも、風は世界を形作り、そこに生きる者たちを導く。優しく吹くそよ風にも、すべてを飲み込む暴風にもなり得る。風を操ることは、形なきものと踊ることに等しい。」
水の魔法:「水は絶えず流れ続ける生命の源である。形を変え、自在にその性質を順応させる。そして、穏やかに静まる水面の下には、大海を揺るがす力が潜んでいる。」
地の魔法:「大地は揺るぎない力の象徴。すべての基盤であり、世界の礎である。大地の魔法を学ぶことは、その安定そのものと繋がることを意味する。」
運命の魔法:「定められたもの、決められたもの… あるいは、まだ変えられるもの。運命の魔法とは、必然という名の謎であり、それを打ち破ろうとする者の力である。」
俺は魔法を使うことができるが、その知識は乏しい。言うなれば、俺は見た魔法を真似することができる。しかし、それは単純な模倣ではない。魔法を再現するには、その本質と構造を理解しなければならない。だからこそ、基本的な魔法しか使えないのだ。それらは比較的単純で、習得しやすいからだ。
最初の頃は、指先に小さな火を灯すのが精一杯だった。暗闇の中で部屋を照らす程度の小さな炎。初日の授業では、先生の指示に従う必要はなかった。なぜなら、すでに彼が教えていることはできていたからだ。
だが、その日の終わりには、俺は自分がどの道を進むべきなのか、まるで分からなくなっていた。
魔法は、俺にとって論理的な道のように思えた。俺の魔法的な適性(というより、霊的なものかもしれないが)は、他の生徒よりも優れていた。もし本気で学べば、一流の魔法使いになれるかもしれない。
俺は、その道を選ぶこともできる。
その考えは、俺の中にずっと残っていた。
月曜日の三つの授業が終わると、俺はもっと魔法について深く学ぶため、図書館を探すことにした。何人かの上級生に場所を聞いてみると、大半は親切に正確な道を教えてくれた。
だが、知らない相手に道を聞くと、時に思わぬ問題が生じる。
別に彼らが悪い生徒というわけではない。ただ、親切心から「もっと詳しい人に聞いた方がいい」と言い、俺を職員室へ向かわせる者もいた。
正直、知らないなら知らないと言ってくれた方が、無駄に歩き回らずに済んだのに。
いくつかの間違った角を曲がり、違う部屋に入り、ようやく俺が図書館に辿り着いたのは午後六時半だった。
遠くの空では、すでに太陽が沈みかけ、深いオレンジ色に染まっていた。寮へ戻る門限までは、あと三十分ほどしかない。
俺は迷わず中へ入り、本棚の間を歩きながら、魔法関連の書物が置かれている場所を尋ねることにした。
受付には、栗色の髪を赤いツインテールに結った少女が座っていた。彼女は何冊かの本を広げ、まるで周囲の世界が存在しないかのように、深く集中していた。
俺は自己紹介をしつつ、簡単な質問をするつもりで近づいた。
「すみません、俺が閲覧できる魔法の本はどこにありますか?」
これは当然の質問だった。生徒が読める魔法書は、自分の学年に応じたものに限られている。ただし、特例としてSクラスの生徒だけは、上級学年の魔法書を読むことが許されていた。
しかし、目の前の少女はまったく反応しなかった。本から顔を上げることすらない。
おそらく、読書に没頭しすぎて俺の声が届いていないのだろう。もしくは、単に無視されているのかもしれない。
数秒待ったが、何の返事もない。
もう一度試してみることにした。
「すみません…」
その瞬間、彼女はぴたりと動きを止め、俺を見た。
その表情は、決して友好的なものではなかった。
少女はわずかに眉をひそめ、刃のように鋭い目で俺を見た。まるで、俺が神聖な時間を邪魔したかのような視線だった。
そして、乾いた無感情な声で、一言だけ発した。
「向こう。」
彼女は人差し指を伸ばし、図書館の奥の棚を指さした。
俺はその方向を目で追い、そこに掛けられている木製の看板を見つけた。そこには、刻まれた文字でこう書かれていた。
「一年生向け魔法書」
まさに俺が探していたものだった。
再び少女の方を向き、軽く微笑んだ。
「ありがとう。」
彼女は何も言わなかった。ただ視線を下げ、再び本を読み始めた。まるで、最初から俺と同じ現実に存在していなかったかのように。
まあ…少なくとも、追い出されなくてよかった。
俺は心の中でため息をつきながら、一年生向けの魔法書の棚へと向かった。
そこには、整然と並べられた本棚がいくつもあり、それぞれにシンプルな装丁の本がぎっしり詰まっていた。すべてが、魔法の種類ごとに分類されている。
それらはすべて、基礎的な魔法をまとめたもので、一年生が学ぶための入門書だった。
俺は興味深そうに本のタイトルを読んだ。
火の魔法:「原初の炎」
水の魔法:「流麗なる水流」
風の魔法:「軽やかな疾風」
地の魔法:「堅牢なる岩」
運命の魔法:「予兆の糸」
どれもページ数は少なく、簡単な基礎魔法しか載っていない。だが、それこそが俺の求めていたものだった。
決して分厚い本ではないが、それぞれに挿絵があり、魔法の発動時の様子が描かれていた。さらに、魔法の構造やその働きについての詳細な説明も書かれている。
俺は、これらの本を寮に持ち帰ることができるのか気になった。
そう考えながら、最も興味を引かれた本に手を伸ばした。
俺が手に取ったのは、運命の魔法の本だった。
興味をそそられながらページをめくると、最初に目に飛び込んできたのは、ある魔法の名前だった。
「予兆の糸」
しばらくそのページを眺め、添えられている挿絵をじっくりと観察した。
そこには、手を差し出した人物の姿が描かれていた。
指先から細く淡い光の糸が伸び、宙を漂っている。
糸は幾筋にも分かれ、それぞれが絵の中に散らばる輝く点へと繋がっていた。
その点のいくつかははっきりと輝いており、逆にぼやけて弱々しいものもあった。今にも消えそうなほど淡いものもある。
その光景は、この魔法が一つの未来を示すのではなく、複数の可能性を同時に映し出すものだという印象を与えた。
ページの隅には、簡潔な説明が書かれていた。
「予兆の糸は、使用者に近い未来の僅かな可能性を感知させる魔法である。これは確定した予知ではなく、あくまで起こり得る結末の反映にすぎない。使用者が運命とどれほど強く繋がっているかによって、見える糸の明瞭さが変わる。」
つまり、この魔法は未来そのものを見せるわけではなく、数秒から数分先の出来事の断片的な兆しを見せるものらしい。
興味深い魔法だ。試してみたい。
俺はもう一度、挿絵を見つめ、説明を頭の中で繰り返した。
理論上、この魔法は単純だった。
魔力の糸を放ち、周囲の可能性に接続し、それを感知する。ただそれだけ。未来を変えるのではなく、その一部を断片的に映し出すだけの魔法。
俺には構造が理解できていた。基礎知識も備わっていた。そして何より…俺には魔法の適性があった。
ならば、なぜ発動しない?
目を閉じ、体内に流れる魔力を手のひらへと集中させる。これは、何度も繰り返してきた感覚だ。
魔力とは、精霊と意思を交わし、魔法を発現させるためのもの。
この魔法は初級のものだ。ならば、構造を理解し、明確にイメージできれば、それだけで発動するはずではないのか?
だが、何も起こらなかった。
俺は目を開き、掌を見つめた。
そこには――何もなかった。
俺は眉をひそめた。
もう一度魔力を集中させ、見えない糸の感覚を捉えようとした。未知の未来と繋がるイメージを思い描く。
だが――結果は同じだった。
何も起こらない。
おかしい。俺は普通に魔法を使えるし、見たことのある魔法なら簡単に真似できる。たとえ基礎的なものでも、それなりに習得してきたはずだ。
ならば、なぜこの魔法だけが発動しない?
「もう閉館の時間よ。」
乾いた声が、思考を遮った。
顔を上げると、そこにはさっきのツインテールの少女がいた。不機嫌そうな表情で、本を閉じながらこちらを見ている。
「本を借りないなら出て。私だって、ここに長居するつもりはないの。」
俺は小さくため息をつきながら、「運命の魔法」の本を閉じ、最後にもう一度だけ表紙を見つめた。そして、それを元の棚へと戻す。
結論として――今の俺には、この魔法は使えない。
どれだけ魔力を練ろうと、本に書かれた通りに試そうと、発動する気配すらない。
正直、もどかしかった。
だが、今は考えても仕方がない。
俺は何気なく別の本を探した。今の自分に必要なのは、基礎を強化することではないか。
そう思いながら、俺は手を伸ばし、火の魔法の本を取った。
すでに知っていることから、確実に積み上げていくしかない。
「本は貸し出しできるわ。一週間以内に返して。」
その言葉に、少し安堵した。
毎回ここで勉強しなくても済むのは、大きな利点だった。
俺は無言で頷き、受付へと向かう。
少女は俺の手から本を取り、視線も合わせずに貸し出しの記録をつけると、そのまま本を押し戻してきた。
「はい。終わり。さっさと行って。」
俺は彼女をじっと見つめた。
…一体、何者なんだ、この少女は?
彼女は正式な図書館司書でも、助手でもなさそうだった。ただの生徒なのか?それとも、ここで過ごす時間が長いだけなのか?
だが、俺は聞かなかった。
彼女は、不必要な会話を好まないタイプに見えたからだ。
「ありがとう…」
そう呟きながら、本を腕に抱え、俺は図書館を後にした。
これで、学ぶべきものができた。
それが、先週の俺のやっていたことだった。本を借り、そこから学ぶ。
ただし、一つだけ違う要素があった。
レイン。
彼女は俺の友人――というより、むしろ"被害者"に近い存在だった。
剣術の授業では、彼女に何度も叩きのめされていたのだから。