学園編・第四章
千年間、この世界には平和が続いてきた。
種族たちは表面上は調和を保ち、国々は繁栄し、争いが完全に消えることはなかったが、それでも均衡は守られてきた。
そして今日、二年ごとに行われる会合が開かれる。各種族の代表が集まり、この世界の安定を支えてきた盟約を再確認するために。
それは象徴的な儀式かもしれない。しかし、それが歴史の繰り返しを防いできたこともまた事実である。
だが、平和とは必ずしも「忘却」を意味するものではない。
二千年前、この世界は千年にも及ぶ戦乱に包まれた。
人間と魔族――その長きにわたる戦争は、幾世代もの命を飲み込んでいった。
そして、その争いの狭間に立たされた他の種族たち。彼らの中には人間側についた者もいれば、魔族側についた者もいた。そして、どちらにも属さず、ただ生き延びるために戦った者たちもいた。
炎と血に染まった世界――それが、当時の日常だった。
しかし、戦争は終わった。
それから千年。千年の再建と休戦、そして前進しようとする試みの年月。
だが、それでも恐怖は消えない。今すぐに脅威が迫っているわけではない。
それでも、「未知」への恐れは決して消えることがないのだ。
人間たちは今でも魔族を危険な存在だと見なす。それは最近の行いではなく、数世紀前の歴史によるもの。
彼らの「今」ではなく、「かつて」そうであったという過去が影を落としている。
恐怖とは強力な道具だ。命を救うこともあれば、目に見えぬ危険を察知する助けにもなる。
しかし、それは時に人を縛り、慎重さを妄想へと変え、警戒を憎悪へと変えることもある。
まだ何の脅威も示していないものを恐れるとき、その「用心」は判断を蝕む影へと変わるのだ。
今日、この世界にはまだ平和がある。
だが、その問いは今も空気の中に漂っている。細い糸で吊るされた剣のように。
これは本当の平和なのか… それとも次の嵐の前の静寂なのか?
人々は毎日、毎分、毎秒、この問いを抱いている。
――この平和は、あとどれほど続くだろうか?
それが奪われるのは、いつになるのか?
世界は今、静寂に包まれている。しかし、その土台は深い傷跡の上に築かれたものだ。
平和とは、脆く儚い均衡にすぎない。盟約と誓いによって支えられているが、それと同時に恐れと不信によっても成り立っている。
――誰が、再び戦争が起こることを恐れないだろうか?
この時代の人々は、あまりにも多くのものを抱えている。
子供、親、友、夢… 失うにはあまりにも大きすぎるものたち。
戦争はただ国を滅ぼすだけではない。家族を、未来を、そして希望そのものをも引き裂くのだ。
私は、その「虚無」を見た。
すべてを失った者の目に宿る、あの深淵を。
魂を切り裂くような絶叫を聞いた。
最愛の人が二度と戻らないと知り、崩れ落ちる者たちの声を。
――もしも、それを一度見たことだけで心が壊れそうになったのなら、
この世界全体がその悲劇に飲み込まれたら、一体どうなってしまうのか?
だからこそ、私はこの平和会議が「爆弾」のように思えてならない。
いつ爆発してもおかしくない、緊張の糸の上で続けられている会合。
そして今… たった一つの火花が、その導火線に火をつけるかもしれない。
今回の会議は、これまでとは違う。
人類の皇帝――その権力の象徴たる存在が、直々に息子である王子と共に出席するのだ。
この五十年間、ありえなかったこと。
吉兆なのか、それとも破滅の前触れなのか、誰も確信を持てない。
さらに奇妙なのは、今回は王子のみが出席し、王女は姿を見せないということ。
この決定が、多くの憶測を呼んでいた。
だが、出席するのは彼らだけではない。
大種族の代表もまた、この場に集う。
エルフ――賢く、古き者たち。
オーク――強大で猛々しき戦士。
ドワーフ――鍛冶と大地を極めし者。
獣人――野性を誇り、自由を愛する種。
竜――永遠にして中立の存在。
そして、ヴァンパイア――夜を支配し、悠久の神秘を宿す者たち。
彼らと共に、数多の種族がこの場に集う。
力を持たずとも、この世界の運命を共にする者たちが。
そして、もちろん――彼もまた、この場に現れる。
魔王。
恐怖と混沌の象徴。
彼はただの支配者ではない。
魔神の預言者にして、その意志を継ぐ者。
幾千もの異名を持ち、その名のすべてが血と恐怖に彩られている。
彼の歴史は、知らぬ者はいない。
二千年前、前代未聞の存在が現れた。
戦乱の中から生まれた**「魔王」。
彼は同族をことごとく打ち倒し、自らを魔王と名乗った。
その存在は、ある者には異端であり、ある者には征服者**だった。
だが、何よりも――「謎」だった。
そしてある日、人類が… 先に攻撃した。
なぜか?
――恐怖。
未知なる存在への恐怖。
その存在が、何者になるのか分からないという恐怖。
人類は、彼に滅ぼされる前に滅ぼそうとした。
こうして、千年にわたる戦争が始まった。
千年の戦い。
千年の悪夢。
そしてついに、初代魔王は倒れた。
だが、それは敵の軍勢によるものではなかった。
彼を討ち取ったのは―― 己の息子 だった。
魔族にとって、「王位」は血によって継承される。
父を倒した息子が、新たな王となるのだ。
――ならば、その息子が千年の時を経て、どのような存在になっているのか?
いかなる「怪物」となったのか?
だが、恐怖が存在するところには、必ず希望もまた生まれる。
その希望の名は―― 勇者。
今から千九十年前。
魔族の勢いが止まらぬ中、一人の男が人類の運命を変えた。
「ロナン・アルトリウス」――聖剣**「デーヴァ」**の使い手、最初の勇者。
彼の力によって、魔族の進撃は阻まれ、世界は再び均衡を取り戻した。
しかし――
勇者と魔王が直接刃を交えたことは、一度もなかった。
戦争が終結したのは、二人が姿を消した後のこと。
魔王は己の息子の手によって倒され、勇者は謎に包まれたまま消え去った。
彼らの死の後に、生まれたのが平和だった。
だが――
勇者という存在は、理由もなく現れるものではない。
聖剣**「デーヴァ」は、「希望の神」「トゥアン」**が授けたもの。
その持ち主を選ぶのは剣自身。
それはただの武器ではなく――
「予兆」 である。
この世界に「勇者」が必要となる時、剣は沈黙を破る。
それを信じ、学園が設立された際に一つの伝統が生まれた。
――毎年、聖剣を生徒たちの前に捧げる。
それを手にすることができる者が現れたならば、新たな勇者の誕生を意味する。
そして何世紀もの間、デーヴァは沈黙を続けた。
――十年前。
その静寂が、破られた。
聖剣はついに、一人の青年を選んだ。
その者はロナン・アルトリウスの血を引く者だった。
それは喜びの日であり――同時に、恐怖の日でもあった。
なぜなら、勇者が現れる時――それは「大いなる脅威」が迫っている証だから。
そして今、その新たなる勇者もまた、この会議に参加する。
彼は皇帝の護衛として仕えるが――それ以上に、見極めるためにそこにいる。
――史上初めて、「魔王」と「勇者」が、対峙する。
だが、それだけではない。
噂が流れている。
「魔王は、一人では来ない。」
彼が連れてくるのは、最強の戦士の一人。
すなわち――
「アビシオン」。
「アビシオン」――「深淵の十侯」。
魔族の中でも、最強の精鋭。
闇を統べる指揮官、伝説すら凌ぐ怪物たち。
その一人一人が、災厄そのもの。
それが真実なのか、あるいは虚構なのか――
誰にも分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
――今日、この場で何が起こるのか、誰にも予測できない。
「おい!」
――カンッ!
スプーンが頭に直撃した。
「痛っ!」
頭を押さえた。鈍い痛みがじわじわと広がる。
目の前には、不機嫌そうな顔のレイン(レイン)。
手にはスプーン――まるで武器を構えているかのようだった。
見た目はか弱い少女なのに… めちゃくちゃ痛いんですけど!?
「レイン! 今の本気で痛かったんだけど!」
「食べるって言ったのに、またバカみたいに考え込んでるからでしょ。」
…確かにそう言ったけどさ。
だからって、そんな全力で殴る必要あった!?
お前の手、ほんとに人間の手か? ハンマーか何かじゃないのか!?
怒鳴り返したい。文句を言いたい。
正義の裁きを求めたい。
だが――
その瞬間、脳内の賢者(普段は昼寝している)が目を覚ました。
「…生きたいなら、黙れ。」
了解しました。
この十二日間、レインと過ごしてきて――
俺はとても重要なことを学んだ。
「レインと口論するのは、素足でドラゴンと戦うようなもの。」
理論上は可能だが、結果は悲惨。
この地獄の十二日間で、俺は確信した。
レインは、俺の肉体・精神・感情に対する最大の脅威である。
思えば、すべての始まりは俺が彼女を助けたことだった。
ハッハッ! よくやったな、アラシ!
お前の人生最大の判断ミスだ!
どこに書いてあった? 「注意:この女、人生を破壊します」 って。
「おめでとう! 学園で初めての友達ができたね!」
なんて言う奴もいるだろう。
だが俺にとって――
これは呪いだ。
なぜ呪いなのか? 説明しよう。
第一:安らぎの欠如。
レインには特殊能力がある。
それは――
「俺の休息を邪魔すること。」
休もうとすると、なぜか必ず現れる。
まるで…
**「平穏探知レーダー」**を持っているかのように。
――そして、それを徹底的に破壊する。
「訓練するわよ!」
「起きろ、怠け者!」
「授業中に寝るな!」
もし俺が「嫌だ」と言ったら?
レインは微笑む。
…その瞬間、もう手遅れだ。
気づいた時には、俺は床に転がり、存在すら知らなかった部位が痛みに悲鳴を上げている。
第二:周囲の視線。
レインが目立たないわけがない。
漆黒の髪、血のように紅い瞳。
その瞳が語る。
「話しかけたら死ぬわよ。」
当然、彼女はどこにいても注目の的になる。
そして、そんな彼女の隣にいるのは――誰か?
そう、俺だ。
結果:俺も注目される。
だが、憧れの視線 ではない。
みんな、こんな顔をしている。
「アイツ、誰?」
「レインの…召使い?」
「いや、サンドバッグだろ。」
正解:三番目。
いつだって、三番目。
第三、そして最も重要な問題:レインの力。
――違法。
完全に違法。
フェンシングの授業で、木刀を素手で粉砕。
講師の引きつった笑顔。
「すばらしいぞ、レイン!見事な技術だ!」
俺、床に転がりながら:
「技術? それは未遂殺人だろうが!」
そして、今日――
食事中。
俺は頭痛に苦しんでいる。
理由:彼女が俺の頭をドラムとして使ったから。
「そんなに強く殴る必要あったか?」
俺は呻きながら頭をさする。
レインは、無言で食事をかき混ぜる。
「そうしなきゃ、現実に戻ってこないでしょ。」
「……俺の頭を砕くのが、その方法だったのか?」
彼女はゆっくりと顔を上げ――
完全に冷静な表情で答えた。
「死んでないでしょ?」
「……」
…参った。
だが、俺の頭蓋骨は確実に狙われたぞ。
ため息をつき、机に頭を押し付ける。
「なあ… まだ学園に来て十二日しか経ってないのに、お前といるとまるで十二年間、拷問され続けてる気分なんだが。」
レインは片眉を上げ、口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「なら、私と一緒にいるのをやめたら? 誰も強制してないわよ?」
「……考えたことはある。」
「で?」
俺は窓の外に視線を移した。青い空、穏やかに流れる雲、自由に飛ぶ鳥たち――
「……もう遅い。慣れた。」
その瞬間、レインは何も言わなかった。そして、次の瞬間――
どこか嘲笑と、何か別の感情が混じったような声で、彼女は小さく呟いた。
「バカ。」
――そして、CLANG!!
忌々しい鐘の音。全身に寒気が走った。
「次の授業の時間か……」 まるで死刑宣告を受けた囚人のような声で呟く。
レインはゆっくりと伸びをしながら、にやりと笑った。その笑顔に、背筋が凍る。
「そうね。そして次は……フェンシングの授業よ。」
……魂が抜けた。
「フェンシング… またかよ……」
俺の絶望をよそに、彼女の瞳が悪意に満ちた輝きを放つ。
「どうしたの?もう負けるのに飽きた?」
……終わった。
心は砕かれたが、体はまだ動く。俺は意識を保ったまま、死地――いや、フェンシング場へと向かった。
この学園が育てるのは――魔法使いか? 剣士か?
違う。
――「生存者」だ。
P.S. もし俺が明日、授業に来なかったら……犯人はレインだ。
追伸:
やあ、また作者の俺だ!
世界にさらに物語を足してみたよ…
これはいわゆるフィラー?たぶんね。
でも必要? 絶対に必要さ!
物語がパサパサにならないように、ちょっとしたスパイスが最高なんだ!