学園編・第二章
私は立ち上がり、何も言わずにドアに向かって歩いた。
背後では、教授は目を上げることすらせず、彼にとって、これはすでに終わったことだった。
魔法は道具ではない。
そして、私は誰よりもそれを理解していた。
急がず教室を出て、私もまた教室を去った学生たちの流れに乗った。
このクラスはあまりにも短かった。
1時間15分しか経っておらず、2時間のはずだった。
中には、早く終わったことに安心している様子の学生もいれば、何も成果がなかったことに不満そうな学生もいた。
「意味がない...こんな簡単に終わってしまうの?」と、近くの学生がつぶやいた。
「その教授は時間を無駄にしているだけだ」と、別の学生がイライラした様子で言った。「私たちを修正すらせずに、どうやって学べというんだ?」
私は彼らにあまり注意を払わなかった。
私が魔法について多くを知っているわけではないから。
ただ、私が確実に理解しているのは、私は精霊たちとの特別な親和性を持っているということだけだった。
マナや呪文を必要とせず、ただ、魔法が私に応えてくれるだけだ。
廊下を歩きながら大きな窓を通して庭を見た。ここからは、石の小道が他の施設へと続く広大なキャンパスが見えた。学生の中には、次の授業に向かっている者もいれば、今起こったことについて話し込んでいる者もいた。
私にとって...
急いでいる理由はなかった。
まだ、たくさんの時間が残っていた。
そして、それをどうしたらいいのかは分からなかった。
私は特に目的もなく歩き続け、自分の足に任せてどこへでも進んだ。
廊下は大きな分岐に続いていた。右に進むと、他の授業が行われている教室が並ぶ廊下。左には、学院の裏庭へと続く出口があった。
本能で左に曲がった。
ガラスの扉を通ると、すぐに新鮮な空気が私を迎えた。外は静かで、賑やかな廊下とは違い、風が木の葉を揺らす音だけが聞こえていた。
私は石の手すりに寄りかかり、景色を眺めた。ここからは、学院の奥まった場所で、何人かの学生が訓練用の剣を振るっているのが見えた。
「剣の道か...」
教授の言ったことを思い出した。ここにいる全員が魔法に親和性を持っているわけではない。実際、学生の大多数は魔法を使うことができなかった。才能がない者や、単に魔法ではなく剣の道を選んだ者もいた。
しかし...私は何も選んでいなかった。
なぜ精霊に対してこの親和性があるのか分からなかった。
なぜ魔法が私に応えてくれるのか分からなかった。
ただ、私はそれができるということだけを知っていた。
私はため息をつき、一瞬の間目を閉じた。
もしかしたら...いつの日か答えを見つけることができるかもしれない。
しかし今は、ただ流れに身を任せることにした。
他の学生たちを見つめるのをやめ、私は学院の中心へと向かって歩き出した。そこには多くの学生が集まっていた。
ここの雰囲気はまったく異なっていた。裏庭では静かに訓練していた人たちが、多くの騒音と動きに満ちたここでは、グループが互いに会話を交わし、石のベンチに座る者、中央の大きな噴水の柱に寄りかかる者がいた。
屋台が軽食を提供しており、数人の教授が無関心そうにその周辺を歩いていた。
ここは学院の真の中心地だった。
誰もが一日のうちに必ず交差する場所だ。
学生たちの間を通り過ぎながら、私は立ち止まることはなかった。
「魔法の演習に失敗するなんて信じられない...」
「戦闘クラスの話を聞いた?2年生の学生が講師を倒したらしいよ」
「魔法の歴史の授業は面倒だ、なんで死んだ魔法使いについて学ばなきゃいけないんだ?」
あらゆる種類のうわさ話が耳に入ってきた。
しかし、私の注意を引いたのは、彼らの噂話以上の何かだった。
私がいた場所からあまり遠くないところに、大きな人集まりができていた。
何を見ているのかは分からなかったが、人々は興奮している様子で、何か面白いことが起こっているようだった。
特にすることもなかったので、近づくことにした。
好奇心に駆られた私は学生たちの間をかき分け、視界を確保するために押し進んだ。
やっと良い場所を確保したとき、目の前には予想以上に魅力的な光景が広がっていた。
中央には二人の人物が対峙しており、数十人の学生たちの注目を集めていた。
一人は一年生の少年で、剣をしっかりと握っていた。
彼は緊張や不安を感じさせず、まるで自分が何をするべきかを知っているかのように自信に満ちていた。
姿勢は安定していて、相手を真剣に見据えていた。
もう一人は二年生の学生で、武器は持っていなかったことから、おそらくは魔法使いか召喚士だと推測できた。
空気には緊張感が漂っていた。
「彼のことを本当に勝てると思っているのか?」
「剣の才能があるって聞いたけど、魔法使いには勝てないだろう...」
「才能だけの問題じゃない、彼の動きを見てみろ!まるで初心者じゃない!」
周囲のざわめきは、一年生が普通の学生ではないことを証明していた。
しかし、私の目を引いたのは別のことだった。
剣士の後ろに、彼の姿に隠れるようにいる少女がいた。
夜のように黒い髪、強烈な赤い目。
彼女の表情には、仲間の勝利を信じる自信が感じられなかった。
逆に...彼女は恐れているように見えた。
戦いそのものではなく、続く結果を恐れているようだった。
周囲から彼女についてのささやきが聞こえてきた。
「彼女の髪を見て...」
「目も...彼女はあの人たちの一人なのか?」
「不可能だろう、もし本当にそうなら...ここにいるわけがない」
私は状況を完全には理解できなかったが、この少女が一年生の理由であることは明らかだった。
そして、彼女は結果を知っているようには見えない...
だけど、周りの人々はすでに彼の結果を決めてしまったかのようだった。
剣が魔法とぶつかる衝撃が空気中に響き渡った。
火花が飛び散り、観客の顔が照らされ、彼らは息を呑んでいた。
一年生の剣士は素早く正確に動き、刃が空中を舞って、一方、二年生の魔法使いは驚くべき速さで魔法を発動させていた。
それぞれが自分の領域で相手を凌ごうと必死だった。
戦闘は単なる技術の披露ではなく、誇りの宣言だった。剣士は退かず、魔法使いは経験の差を証明しようとしていた。一見、戦いは対等に見えたが、他の人が見落としていたことに気づいた。
最初は空中の閃光、攻撃のたびに散らばる小さな魔法の残片だった。しかし、攻撃が重なるたびに、そのエネルギーの断片は一定の方向へ飛んでいった。まるで焚き火から飛び出す火花のように。よく見ると、彼らは黒髪と赤い目を持つ少女の方へ向かっていた。
彼女は気づいていないようだった。もしかしたら戦いに集中しすぎていたのか、あるいはそれが問題になるとは思っていなかったのかもしれない。彼女の恐怖の表情は、進行中の戦闘によってではなく、もっと大きな何か、状況そのものによるものであった。しかし、私はそれを見ていた。攻撃の残留エネルギーは無害ではなかった。もしその火花の一つが彼女に当たれば、大事になる可能性があった。
一歩前に出た。直感ではなく、衝動でもなかった。そうする必要があると分かっていたからだ。誰も気づいていなかった。戦士たちは自身の闘いに夢中で、空中を跳ねる魔法の火花の中で、数秒後には彼女に当たることになっていた。私には何をすべきかが分かっていた。
足を早めた。まるで魔法の轟音が耳に響くように、次第に近づき、強くなっていった。迷う余地はなかった。手を伸ばし、予告なしに彼女の腕を掴んだ。「移動して!」と急いで言った。
彼女は驚いて瞬きをした。答える余裕もなく、私は彼女を引き寄せた。ちょうどその瞬間、エネルギーの一閃が彼女が立っていた場所に衝突し、石に小さな焼け焦げを残した。
ようやく彼女は反応した。目を大きく見開き、立っていた場所を見つめた。息を荒くしながら、何か言おうとしたが、新たな火花が私たちの方向へ飛んできた。
戦いは激化していた。剣が空気を切り裂き、魔法の爆発が反撃した。二人の戦士は、自分たちの戦いが周囲に影響を与えていることに気づいていないようだった。毎回の攻撃がより多くのエネルギーを生み出し、毎回の呪文が空気に跡を残した。
「ここは安全じゃない!」と私は再度彼女を引っ張った。戦闘の危険から離れて行くために、私たちは人々の中をすり抜けていった。一部は興奮して観察し、他は心配しながら、それでも大半は交差で影響を受けることを避けるために散り始めていた。
彼女を魔法が届かない場所に連れて行った。彼女の呼吸は相変わらず速かったが、今は混乱と安心の入り混じった表情をしていた。
何かを尋ねる前に、突然大きな轟音が響いた。振り向くと、上級生の一団が決然と進んでくるのが見えた。彼らは3年生やそれ以上のエンブレムを付けていて、その存在が権威を示していた。
「やめろ!」と一人が手を上げて叫んだ。するとすぐに、その場に魔法の圧力が広がり、戦士たちは立ち止まった。力の差は明らかだった。
剣士と魔法使いは緊張した視線を交わしたが、誰も戦い続ける勇気がなかった。
「自分勝手にやりたいことをしていいと思ってるのか?」と、もう一人の上級生が厳しい声で言った。「学生同士の戦いは、指導者の監督なしには禁止されているんだ」
対立は終わったが、緊張感は依然として漂っていた。側にいる少女を見つめた。彼女は何も言わなかったが、その表情には不安の色が残っていた。
「どうしてこの子はトラブルに巻き込まれたんだろう?」
彼女の艶やかな黒髪は光を受けて輝き、赤い目は揺れ動くように不安を映し出していた。
「大丈夫か?」
彼女は視線を外し、唇が一瞬震えたが、すぐに強く締められた。その呼吸は不規則で、心を落ち着かせようとしていた。
群衆の囁きがまだ耳に残っていた。
「運が悪い...」
「彼女の目...落ちぶれた家系だろう」
「誰かが狙いをつけたのも不思議じゃない」
囁く声もあれば、声を落とすこともない者もいた。
「彼女の髪の色か?目か?それともただ彼女が狙われることになったのか?」
彼女は唇を引き結び、視線を落とした。まるで周囲のすべてを遮ろうとしているかのように。
「僕が介入する必要はなかった」と彼女が言った。
「えっ?」
「黙っていたら...無視していたら、何も起こらなかったのに...」
彼女の拳は強く握りしめられ、体は震えていた。
彼女がどうしてこんなトラブルに巻き込まれてしまったのかは分からなかったが、確かなことは一つだ。彼らは自分たちの争いに夢中になって、真の危険に気づかなかった。誰も彼女に迫るものがあったことに気づいていなかったのだ。
自分の頭の中でその場面を何度も繰り返してみたが、彼女がその場で命を落とす可能性があったことに変わりはなかった。
私たちの間に沈黙が続いた。群衆は離れ始めたが、いくつかの好奇心に満ちた視線が遠くからこちらに向けられていた。
「ここに残りたいのか?」と私は腕を組んで聞いた。
彼女は顔を上げ、その目には混乱と何か理解しがたいものが含まれていた。
「上級生が戦いを止めたが、さっきの噂を流している人たちが近くにいる。もしもうトラブルを避けたいなら、早く離れた方がいい。」
彼女は少し躊躇った後、頷いた。
「...分かった。」
私たちは行き先も決めずに、混乱から離れて進んだ。囁き声は一歩ごとに消えていったが、彼女の顔にはまだ不安の跡が残っていた。
「名前はあるのか?」
「...重要じゃない。」
私は眉を上げた。
「じゃあ、どうやって呼べばいいんだ?」
彼女は沈黙していた。
「気に入る名前がない。」
少しドラマチックだな。
「じゃあ、どうする?ずっと「君」と呼ぶつもりか?」
彼女はため息をつき、目をそらした。
「...レインって呼んで。」
「レイン、ふむ...」おそらく彼女の本当の名前ではないが、私はそれについて強く考えなかった。
私たちは学院の小さな庭に入った。そこは静かな場所で、いくつかの石のベンチと、かすかな光で照らされた魔法のランプがあった。レインはベンチに崩れ落ち、膝を抱えた。
「いつもこんな感じなんだ...」と彼女が呟いた。
「何が?」
「視線やコメント...いつも何か見つけて話すから。」
「髪の色や目のせいか?」
彼女はすぐには答えなかった。
「はい。黒と赤については多くの迷信がある。悪運の前触れだとか、私の家族が禁じられた魔法と関わりがあるとか...でも私の家族は貴族でもない。そんな馬鹿げた話には何の関係もない。」
彼女の声には疲れと苛立ちが混じっていた。
「それで、どうしてそこにいたの?」と私は彼女に少し身を寄せて尋ねた。
レインは息を吐き、言葉を探すように苦しそうだった。
「私は何もしなかった...ただ学院を歩いていたら、彼が突然現れた。」
「彼?」
「二年生の学生。名前も知らないけど、いきなり話しかけてきた。」
朝の陽光が学院の庭を照らしていたが、レインの表情は重たく感じられた。
「最初はただの迷惑だと思ったけど、変な質問を投げかけてきたの、私の家族や出自、魔法について...まるで私のことを前から知っていたみたいだった。私は何も答えなかったが、彼は問い続けて、私の正当性を説明させようとしていた。」
「それで、どうなったの?」
「彼は私の髪に触れたくなったの。」
私は驚いて眉をひそめた。
「何?」
「本当の色かどうか確認したいって。」
彼女の声は乾いていたが、掴むように縮こまった手が彼女の状態を示していた。
「そして、私が立ち去ろうとしたときに、その子、声を発さずに私たちの間に現れた。」
私は訓練場のシーンを思い出した。自信満々だけれど、静かに二年生に向かって立ち向かう一年生。
「だから、彼は自ら割って入ったんだね。」
レインは頷いた。
「戦いが始まったのは、二年生が侮辱されたと感じたからだと思う。下級生が自分の目的に干渉することが気に入らなかったみたい。」
私は石のベンチに寄りかかり、学院の方を見た。学生たちはまだ忙しそうに行き交っていて、私たちが経験したことに気づいていなかった。
「馬鹿な連中だ。」
レインは私を見上げた。
「その男はただの愚か者ではない。危険な愚か者だ。彼は気づかなかった...あるいは気づいていても気にしなかったかもしれないが、彼の戦いは直にあんたを危険にさらしたのだ。」
私の頭の中に場面が浮かんだ。エネルギーの火花が地面を這い、彼女の立っていた場所に近づいていた。私が気づいたのだから、他の人たちも気づいたはずだ。
「また彼が君を嫌がらせると思う?」
レインはすぐには答えなかったが、目には以前の不安が映し出されていた。
「分からないけど、驚かないだろう。」
ため息をついた。
「今のところ、その男から離れているだけで十分だ。もし再び現れたら、最悪を避けられるようにして。」
レインは何かを考えているかのようにじっと私を見ていたが、すぐに目をそらした。
「...頑張る。」
それはあまり自信のある答えではなかったが、今は彼女のためにできることがあまりなかった。
学院のベルが遠くで鳴り響き、生徒たちを授業へと誘った。
「くっ...やっぱり授業がある。」
私は伸びをしながら立ち上がった。
「行こう。遅れたら、また別の教師が不機嫌になる。」
レインは驚いたように瞬きし、次に頷いて立ち上がった。
会話は終わったが、まだ多くの問題が未解決のままであった。
「やあ!作者です! 今日は新キャラ、レインを紹介するよ! すぐに消えるモブじゃない…はず。たぶん。まあ、一応長く付き合うことになるから、よろしくね!(台本にはそう書いてある…)」