学園編・第十五章
これは、新しく誕生したクラブ「アルカディア」の最初の日だった。
そして、その唯一のメンバーはここにいる。
腕を組み、ため息をついた。
「で、今日は何をするんだ?」
ハリエットは顎に手を当て、考え込んだ。
小さく「うーん」と唸りながら、いくつかの選択肢を考えているようだった。
そして…
彼女は笑った。
その笑顔が気に入らなかった。
「決闘よ」
は…?
「ええええええええっ!?」
まるで世界征服でも宣言したかのように、ハリエットを見つめた。
「なんで決闘なんかするんだよ!?」
ハリエットは自信満々に顎を上げた。
「魔法は理論的に学ぶのも大事だけど、実戦で使うことのほうがもっと重要だからよ」
「…まぁ、それは分かるけど、なんで『練習』じゃなくて『決闘』なんだ?」
「『決闘』のほうがワクワクするでしょ?」
この女…
「とはいえ、ここじゃ戦えないだろ。この教室は狭すぎる。巻物を投げ合ってどちらかが降参するまで戦うのか?」
ハリエットは真剣な表情で頷いた。
「それも一つの戦術として有効かもしれないわね」
「…それは冗談だっての」
俺のツッコミを無視して、彼女は続けた。
「とはいえ、決闘には先生の許可が必要よ」
「待て、じゃあまだできないのか?」
「ええ」
「じゃあ、なんで今すぐ戦うみたいな流れにしたんだよ!?」
ハリエットは俺の苦悩を楽しむかのように微笑んだ。
しかし、彼女の言うことは正しい。
魔法を実戦で試す機会は貴重だ。
それに…
俺もハリエットの実力を知りたいと思っていた。
ため息をつく。
「で、誰に許可を取ればいいんだ?」
ハリエットは誇らしげに微笑んだ。
「任せなさい。この偉大なるハリエット・ド・ローゼンデルが、許可を取ってきてあげるわ!」
彼女の自信満々な態度に、しばし沈黙した。
「…その言い方が怖いのと、それが本当に可能っぽいのがさらに怖いな」
ハリエットは迷いなく歩き出した。
「行くわよ。魔法決闘が私たちを待っている!」
ため息をつき、彼女の後を追った。
これは…絶対に面倒なことになる。
でも…
面白そうだ。
———
それから数時間後。
なぜか分からないが、ハリエットは本当に許可を取ってきた。
脅迫もなければ、取引もない。
ただ先生と話しただけで、許可が下りた。
まるで、朝の挨拶をするように簡単だった。
そして今———
俺たちは、魔法学院の決闘場に立っていた。
広大な屋外スペース、周囲には観客席。
決闘用の魔法障壁が張られており、大きなダメージを防ぐ仕組みになっている。
そして、俺たち以外にも…
観客がいた。
しかも、大勢。
どうやら学生同士の決闘は、いつも注目を集めるらしい。
観客席には一年生が多く、興味津々にこちらを見ていた。
その中で、俺たちを指さしながら話している声が聞こえた。
「この二人誰?」
「たぶん、あの子はSクラスの生徒…」
「で、もう一人は?」
「Aクラス…って、あれ? こいつ、いつもレインに負けてる剣術の奴じゃね?」
おい。
言わなくていいことを言うな。
そして———
別の囁き声が聞こえた。
「待って…今日一緒に歩いてた二人じゃない?」
「おお、確かに! まるでカップルみたいだった!」
「えっ!? これって恋人同士の決闘か!?」
「バカ言うな!」
俺は決闘場から転げ落ちそうになった。
ふざけるなあああああああああ!?!?
顔を手で覆い、深いため息をつく。
ハリエット…
ハリエットも聞こえただろうに———
彼女は否定するどころか、楽しそうに微笑んでいた。
この女…楽しんでやがる!
俺は腕を組み、決闘の監督を務める先生を見た。
カイン先生。
落ち着いた雰囲気を持つ中年の男性。
暗い色のローブを身にまとい、鋭い眼光で俺たちを見つめた。
彼は一呼吸置いてから、口を開いた。
「二人とも、初めての決闘場だろうから、基本ルールを確認しておこう」
彼の声が響き渡る。
観客席のざわめきが止んだ。
「これは練習試合だ。よって、致命的な魔法の使用は禁止とする。深刻な負傷につながる攻撃は、魔法障壁が防ぐ」
そう言うと、一瞬間を置いて続けた。
「決闘は、一方が戦闘不能になるか、降参するまで続く。理解したか?」
俺は頷いた。
ハリエットも頷いた。
カイン先生は数秒間俺たちを見つめ、それから一歩下がった。
「よし。始めていいぞ」
俺は一歩前へ出て、ハリエットを見据えた。
彼女の顔には、いつもの自信たっぷりの笑みがない。
ナルシストな態度もない。
ただ、別の感情が宿っていた。
期待。
興味。
好奇心。
まるで、俺がどこまでやれるのかを本気で試したいかのように。
俺は息を吐き、身体の力を抜いた。
「手加減はしないぞ」
ハリエットはわずかに笑みを浮かべた。
「それでいいわ」
風が吹いた。
そして———
決闘が始まった。
「パイアブランド!」
俺の前に燃え盛る魔法陣が現れ、そこから火の槍が連続してハリエットに向かって放たれる。
彼女は微動だにせず、手を軽く上げた。
「テンペストヴェール。」
渦巻く風が彼女の周囲に発生し、炎を飲み込み、空中に霧散させた。
休んでいる暇はない。
俺は横に走りながら、両手を突き出した。
「アビサルサージ!」
ハリエットの足元から漆黒の水が噴き出し、彼女の体を宙へと押し上げる。
だが、彼女は慌てなかった。
空中で軽やかに体を回転させると、わずかに手を動かす。
「フロストノヴァ!」
氷の波動が一気に広がり、周囲の水を瞬時に凍らせた。
俺はとっさに跳び退く。
氷の破片が俺のいた場所に突き刺さる。
このまま流れを持っていかれるわけにはいかない。
俺は腕を振り上げ、素早く詠唱した。
「ゲイルレクイエム!」
圧縮された風の刃がハリエットへと高速で向かう。
彼女は楽しげに笑う。
「オブシディアンイージス。」
黒曜石の壁が彼女を包み込み、俺の攻撃を完全に吸収する。
壁が砕け散ると同時に、ハリエットの姿が消えていた。
目を見開く。
どこだ…?
視界の端に、赤い閃光が走った。
左だ!
「スカーレットファング!」
赤い雷が空間を切り裂き、俺に向かって飛んでくる。
私は横に飛び出したが、その攻撃で服が少し切れた。
危なかった…!
すぐに体をひねり、両手を地面に向ける。
「セイスミックトレマー!」
地面がひび割れ、衝撃波が何重にも広がっていく。
ハリエットの足元が揺らぎ、わずかに体勢を崩した。
チャンスだ!
俺は手を突き出し、魔法を発動する。
「サーペンタインタイド!」
水流が蛇のようにうねり、ハリエットに向かって突進する。
しかし――
「ストームブレイカー。」
突然、彼女の周囲に暴風が発生し、俺の攻撃は霧散した。
…くそ、終わらない。
俺は走りながら、次々と魔法を繰り出す。
「エンバーワルツ!」
踊るように燃え上がる炎がハリエットを包囲する。
だが、彼女は軽々と跳び越えた。
「クリスタルファング!」
氷の槍が彼女の手から放たれ、俺の目の前を掠める。
「テクトニックパルス!」
地面を激しく震わせ、巨大な岩の破片を飛ばす。
「ホライゾンクリーヴ!」
ハリエットは風の刃で岩を粉々に砕いた。
観客席から息をのむ声が聞こえる。
「どうなってるんだ!? こいつら、本当に一年生か!?」
休む暇などない。
止まらない。
手加減もしない。
俺たちはただ魔法をぶつけ合い、避け、適応し、試し合う。
だが、俺は先に止まるつもりはない。
ハリエットは俺の目の前に降り立つ。
息を切らしているが、まだ笑っていた。
「…楽しい。」
俺は口角を上げる。
「まだ余裕ぶるな。」
彼女は楽しげに笑う。
「なら、もっと試してみなさい。」
「そうさせてもらう。」
俺は手を掲げ、最後の一手を放つ。
「スランバーズマーシー。」
静かに囁くように呟いた。
空気が重くなる。
ハリエットのまぶたがわずかに揺れた。
俺は確信する。
だが――
彼女は倒れなかった。
俺の心臓が止まりかける。
まさか…?
「…効いたわ。」
観客が一斉に息をのむ。
「…魔法耐性だ!」
…なんだと?
ハリエットは片手を上げ、俺を見据えた。
「本当の魔法の世界へようこそ、アラシ。」
俺の魔法の効果が…完全に消え去った。
認められない。
このままでは終われない。
俺はすぐにもう一度詠唱する。
「アビサルサージ!」
再び水が噴き上がる。
だが――
ハリエットはまばたきすらしなかった。
水の粒は風に乗り、無力な霧と化す。
…通じない。
俺の顎がこわばる。
横へ跳び、両手を広げる。
「スカーレットパイア!」
深紅の炎の柱が地面から噴き出し、ハリエットを完全に包囲する。
燃え盛る火が高く立ち上がり、彼女を逃がさぬよう囲い込んだ。
だが…
ハリエットは静かに立っていた。
炎は激しく燃え上がり… だが何も起こらなかった。
消えたわけではない。
消失したわけでもない。
ただ燃焼することをやめた。
最初から熱を持っていなかったかのように。
俺の手が震えた。
「…ありえない。」
観客席からざわめきが広がる。
「間違いない… これは魔法耐性だ。」
「ハリエットは魔法の効果を完全に無効化している。」
「アラシの魔法がレベル1で、ハリエットの耐性もレベル1なら、絶対に突破できない。」
息が荒くなる。
そんな馬鹿な!
次々と魔法を繰り出す。
「テクトニックパルス!」
地面が激しく砕け、ハリエットの足元が崩れる。
だが彼女は動かない。
飛び散る瓦礫が彼女の身体を直撃する。
しかし、何のダメージもない。
俺の魔法は、まるで存在しないかのように無意味だった。
必死に打開策を探す。
だが考えれば考えるほど、俺は理解してしまった。
このまま魔法で攻めても、勝てない。
ハリエットは腕を組み、興味深そうに俺を見つめた。
「ようやく気付いた?」
息が荒い。
これ… これでは戦いにならない。
チッ…
別の方法を試すしかない。
「ヴェイル・オブ・ミスト!」
濃い霧が瞬く間に戦場を覆い尽くし、視界を遮断する。
だが、これだけでは足りない。
「ゲイルサージ!」
風が渦巻き、霧と混ざり合い、不規則に吹き荒れる。
もはやどこから攻撃が来るか、誰にも分からない。
「アビサルフロー!」
水滴が空中に浮かび、光を乱反射させる。
単純な錯覚の魔法だが、目を欺くには十分だった。
「セイスミックシフト!」
地面がわずかに揺れ、ハリエットの体勢が崩れる。
しかし、それに気付かせないほどの微細な動き。
この四つの魔法を組み合わせ、戦場を完全な混乱状態に変えた。
ハリエットの視界は遮られ、俺の位置を特定できない。
今だ。
俺は走り出す。
この瞬間こそが、唯一の勝機。
「エンバーイグニッション!」
足元に炎が爆発し、俺の体が高速で前方へと飛び出す。
一瞬のうちにハリエットの目前に到達。
俺の手はすでに彼女の首筋へと伸びていた。
これで――
決まる。
だが、その刹那。
「アンブラルグラスプ。」
影が俺の体を這い上がった。
暗黒の鞭が俺の手首を捕え、動きを封じる。
目を見開く。
いや… これは――
手だけじゃない。
俺の全身が、影に縛られていた。
背筋に悪寒が走る。
動けない。
足が地面に固定される。
腕が見えない力で拘束される。
霧の中、ハリエットのシルエットが浮かび上がる。
彼女は微笑んでいた。
「いい戦いだったわ、アラシ。」
抜け出そうと力を込める。
だが無駄だった。
影は俺の意志ではなく、彼女の意志に従っていた。
まるで生きているかのように。
ハリエットが手をゆっくりと上げる。
「それじゃあ… おやすみなさい。」
指を鳴らす。
「スランバーズマーシー。」
重い空気が俺を包む。
視界がぼやける。
意識が沈む。
世界が、闇に溶けていった。
追伸:
また作者です。 これからは毎回の章で「作品が完結した」と書くことになりました。
理由は、両親が勉強に厳しく、もし見つかったら更新できなくなる可能性があるからです。
なので、今後投稿するすべての章は「完結」と表示されます。
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昨日、新しい章を投稿できませんでした!
だって、戦闘シーンを書きながらカッコいい画像を作るの、めっちゃ大変なんだよ!?
本当にごめん!!




