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学園編・第十四章

「手伝ってくれてありがとう、クラウス、ネスドン。」


自分の声が、口から出るときに妙に違和感があった。


俺は軽く頭を下げた。本心からの感謝の意を込めて。


包帯の男は無言のまま頷いた。


しかし、傷跡の男は、少し気まずそうに首の後ろをかいた。


「礼なんていらねぇよ、ガキ。むしろ、お前が俺たちを忘れてなかったことの方がありがたいぜ。」


俺は静かに頷いた。


もう、これ以上話すことはなかった。


「気をつけて帰れよ。」


もう一度頷いた。


それ以上何も言わず、俺は身を翻し、教会を後にした。



学園への帰り道は静かだった。


風が冷たい。


通りには誰もいない。


夜の闇が、いつもより重くのしかかるように感じた。


だが、それは夜のせいではない。


たぶん――


俺自身の問題だった。


学園の門をくぐると、全てが変わらずそこにあった。


建物はそのまま。


街灯も灯ったまま。


学生たちは寮にいて、何も知らずに過ごしている。


彼らにとって、これはただの土曜の夜にすぎない。


だが俺は――


ここを出たときとは違う。



自室のドアを閉めた瞬間、俺の体が無意識に動いた。


足は真っ直ぐに浴室へ向かっていた。


行きたかったわけじゃない。


体がそう要求した。


洗面台の前で膝をつき――


嘔吐した。


激しい痙攣が喉を切り裂くように襲いかかる。


血、肉、骨、叫び声。


無数の映像が脳内で混ざり合った。


剥がれ落ちる皮膚。

痛みに歪む目。

絶叫から、かすれた息へと変わる声。


「俺は、一体何をした?」


その考えが矢のように頭を貫いた。


胃液が喉を焼く。


だが、止まらない。


体がそれを許さない。


吐き続ける。


食べ物ではない。


水でもない。


ただの空虚。


胃の空虚。

頭の空虚。

魂の空虚。


震える腕を洗面台に押しつけ、支える。


「俺は……殺人者だ。」


俺は、そうなのか?


人を殺した。


彼らは、それに値する人間だった。


分かっている。


だが、この感覚は――


この、目の前で命を消し去った感覚は――


消えなかった。


「……もしかして、俺は父親を殺したのか? 息子を? 孫を?」


頭の奥深くに、その疑問が突き刺さる。


考えすぎれば考えすぎるほど、罪悪感は増していく。


そして、気づいた時には――


また、吐いた。


だが今度は――


もう、何も出なかった。


ただ、自分自身の絶望だけが、そこに残った。



目を開けた時――


俺は、自分のベッドの上にいた。


腕が顔を覆っている。


体が弱っている、重い。


今日は日曜日。


授業はない。


起きる必要もない日。


だから、起きなかった。


食事もとらず。


水も飲まず。


何もしなかった。


なぜなら、もし何かを口にしたら――


また吐いてしまうと分かっていたから。


だから俺は、ただそこにいた。


暗闇の中で。


沈黙の中で。


罪悪感の中で。


ただ、待っていた。



「おい、大丈夫か?」


レインの声が、割れたガラスのように静寂を破った。


瞬きをする。


思考が遅れて追いつく。


「…ああ、大丈夫だ。」


挿絵(By みてみん)


無理やり笑顔を作る。


「心配するな、レイン。」


……今の俺は、一体どんな顔をしているのだろう。


戦いの度に容赦なく俺を叩きのめすこのレインが――


心配するほどの顔を。


この偽りの笑顔を、崩しちゃいけない。


「大丈夫だ。本当に楽しかったよ。今日もお前の勝ちだな、レイン。お前は強い、そのまま突き進め。」


俺の声は落ち着いていた。


まるで――


自然なもののように。


レインの反応を待たずに、俺は踵を返し、その場を去る。


振り返らない。


表情を変えないまま。


目指すのは、職員室だった。



職員室は廊下の一番奥にあった。


扉を開けると、大きな窓から差し込む陽光が室内を照らしていた。


教師たちは各々の席に座り、会話を交わしたり、書類を確認したりしていた。


部屋の奥、俺の姿に気づき顔を上げた者がいた。


ハリエット。


その隣には、一人の女性教師が座っていた。


俺は二人に近づいた。


ハリエットはゆっくりと立ち上がる。


まるで図書館で本をめくる時と同じように、落ち着いた動作だった。


「待っていたわ。」


俺は無言で頷く。


今は、あまり話す気分ではなかった。


「ここでクラブの登録をするんだな?」


ハリエットは頷き、バッグから書類を取り出し、俺に差し出した。


「これに署名して。」


受け取ると、すぐに内容を確認する。


――クラブ登録申請書。


クラブ名:魔法研究会アルカディア


創設者:ハリエット・ド・ローゼンデル。


登録メンバー:アラシ(4-A)。


特に問題はなかった。


俺はペンを受け取り、迷うことなく署名した。


ハリエットはそれを回収し、教師に手渡した。


教師は書類を確認し、軽く頷いた。


「問題なし。これで、魔法研究会は正式に登録されました。」


ハリエットはわずかに微笑んだ。


「これで、ようやく本格的に始められるわね。」


俺は腕を組みながら尋ねる。


「それで、次は?」


ハリエットは教師に向き直る。


「私たちが使える部屋はありますか?」


教師は机の上の書類をめくりながら答えた。


「西棟の空き教室を使っていいわ。広くはないけれど、小規模なクラブなら十分でしょう。」


ハリエットは納得したように頷いた。


「それで十分よ。」


それから、俺を見つめる。


「ようこそ、アルカディアへ。」


挿絵(By みてみん)


妙に荘厳な口調だった。


……まさか、そんな風に言われるとは。


「先生、教室の番号は?」


「Z教室よ。」


ハリエットは満足げに頷く。


だが、次の瞬間――


彼女は俺の手を取り、そのまま職員室の外へ引っ張り出した。


「おい! いきなり引っ張るな!」


振り返りもせず、まっすぐに歩くハリエット。


「大丈夫、道はわかってるわ!」


「それが問題じゃないんだよ!」


手を振りほどこうとしたが――


驚くほど力が強い。


問題は行き先ではなかった。


問題は――ハリエットが速すぎることだった。


いつからこんなにエネルギッシュに動けるようになったんだ?


しかも…


彼女は楽しそうだった。


笑顔こそあまり見せないが、目が輝いているのが分かる。


――かわいい。


だが、それで引っ張る力が弱まるわけでもない。


周囲の生徒たちがこちらを見ていた。


好奇の目。


ひそひそ話す者。


そして、妙な笑みを浮かべる者までいる。


なぜだ?


そう思っていた矢先、はっきりとした囁きが耳に届いた。


「見た? 今日、カップルが誕生したみたいよ。」


……は?


口を開きかけたが、その瞬間ハリエットにさらに強く引っ張られた。


「ほら、もう少し!」


「いや、そうじゃなくて…!」


だが、もう手遅れだった。


噂はすでに広まり始めていた。



ようやく教室に到着すると、ハリエットは誇らしげに立ち止まった。


「着いたわ。」


俺は少し息を整え、目の前のドアを不信感たっぷりに見つめる。


上のプレートには「Z教室」と書かれていた。


ハリエットは迷いなくドアノブを回し、堂々と開けた。


しかし――


中を見た瞬間、俺は沈黙した。


狭い。


小さな本棚、二人掛けの机、古びた黒板、そして床に広げるための巻物や紙が置け


る程度の空間。


それだけだった。


もし誰かがここにもう一人入ったら――立つしかないか、床に座るしかない。


俺の目がピクッと震えた。


「…ハリエット。」


「なに?」


「これが…教室?」


「そうよ。」


じっと彼女を見つめる。


「これは教室じゃない。椅子付きの物置だろ。」


ハリエットは微動だにしない。


「大げさね、アラシ。最初はこれで十分よ。」


俺は眉をひそめた。


「"最初は"?」


「ええ。メンバーが増えたら、もっと広い教室をもらえるわ。」


答えが速すぎる。


まるで事前に用意していた嘘のように。


俺の目が細まる。


「…ハリエット。」


「なに?」


「お前、本当にメンバーを増やすつもりあったのか?」


一瞬。


ほんの一瞬の間があった。


「もちろん。」


嘘だ。


一ミリも信じられない。


「…はぁ。」


顔に手を当て、深く息を吐いた。


完全に引っかかった。


しかし、もう署名してしまった。


今さら後戻りはできない。


腕を組み、小さな部屋を改めて見渡す。


「…まあ、これが俺たちの"大広間"ってわけか。」


ハリエットは満足そうに微笑んだ。


「そうよ。ここがアルカディアの中心になるわ。」

追伸:


また作者です。 これからは毎回の章で「作品が完結した」と書くことになりました。


理由は、両親が勉強に厳しく、もし見つかったら更新できなくなる可能性があるからです。


なので、今後投稿するすべての章は「完結」と表示されます。

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