学園編・第十章
寮に戻ると、回復魔法の本を取り出し、机の上に広げた。
――まさに俺が探していたものだ。
疲労を癒し、丸一日眠らずとも回復できる魔法。
素早くページをめくり、目的に合う呪文を探す。
見つかるのはほとんどが傷を癒すもの、出血を止めるもの、痛みを和らげるものばかり。
確かに便利だ。
だが、今の俺が求めているものとは少し違う。
さらに読み進める。
数分後、ある呪文の名前に目が留まった。
「リバイタライズ」
説明にはこう書かれている。
「回復魔法の基礎となる呪文。体の自然回復を促し、疲労を軽減し、マナの流れを整える。無限のエネルギー源ではないが、軽い疲労を緩和し、通常の活動を続けられるようにする効果がある。」
――完璧だ。
俺は体内でマナを循環させる方法を知らない。だが、この呪文を使えば、その感覚を掴めるかもしれない。
もし説明通りの効果があるなら、運動時の負担も軽減できるはずだ。
疲労を軽減する魔法――これは間違いなく役に立つ。
呪文の構造と理論をしっかりと確認し、発動の準備を整える。
――これで十分だ。
深く息を吸い、マナが体を巡るイメージをする。
「リバイタライズ。」
何かを感じるのを待つ――
そして……
柔らかな温もりが体を巡った。
爆発的なエネルギーでも、奇跡的な回復でもない。だが、筋肉の疲労が少しずつ消えていくのが分かる。
――成功だ。
動きが軽くなり、頭が冴えていく。
「リバイタライズ」
間違いなく、この魔法は役に立つ。
軽く体を伸ばすと、筋肉の痛みはすっかり消えていた。もう、地面に倒れそうな感覚はない。
……もしかして。
もし、この魔法を剣術の授業の前に使えば……?
疲労を軽減し、レインと戦う時間を伸ばせるかもしれない。筋肉が石のように固まることなく、もっと自由に動けるはずだ。
だが――
どうやって、バレずに使うか?
そこが問題だ。
急に体力が向上すれば、誰でも違和感を覚えるだろう。
教師に怪しまれるかもしれない。
周囲の生徒に変な疑問を持たれるかもしれない。
そして、最悪なのは――レインに即バレすることだ。
俺は深く息をついた。
いきなり全力で使うのは無理だ。
少しずつ、目立たないように使わなければならない。
トレーニングに慣れていくように見せかければ、不自然には思われないだろう。
――そうだ。それならいける。
だが、もう一つ問題があった。
魔法を使うたびに、光と呪文の詠唱が目立ってしまう。
もし誰かが近くでその光を見たり、呪文を聞いたりすれば……
――俺の計画は終わりだ。
両方の効果を隠す方法を見つける必要がある。
ハリエットなら、それを手伝ってくれるかもしれない。
月曜日、クラブ活動の初日に相談してみよう。
それまでは……この本を読み続けよう。
「リバイタライズ」が役に立ったなら、他の回復魔法も覚えられるかもしれない。
ページをめくると、さらに興味深い呪文がいくつか目に入る。
精神的な疲労を和らげるものから、毒や軽い毒素を浄化するものまで。
そこで、俺は手を止めた。
この最後の魔法。
説明には、「一般的な毒を無効化する」とあった。だが、これは普通の回復魔法の範囲なのか、それとも"神聖魔法"に近いものなのか――
神聖魔法は特別な力だ。
俺が使う魔法とは根本的に異なり、精霊の力ではなく"神"の力を借りるもの。
それに、魔法を使える人間自体が少ないこの世界で、神聖魔法の使い手はさらに希少だ。
その力を持つ者はごくわずかで、ほとんどが教会に所属している。
――教会とその信者たちは、太古の時代から存在する。
その歴史は、人類の歴史そのものと言ってもいいほど長い。
だが、今はそれを深く掘り下げるべき時ではない。
――今は、ただ学び続けることが最優先だ。
基本的な回復魔法を習得できれば、それだけで俺の選択肢は増える。
そして、この世界では――
選択肢が多いほど、生き残る可能性は高くなる。
そう考えながら、次のページをめくった。
最初に目に入ったのは、"リバイタライズ"の上位版とも言える魔法――
「メンド」
「メンド」
「軽度の治癒魔法。浅い傷の再生を加速させる。『リバイタライズ』がエネルギー回復と疲労軽減を目的とするのに対し、『メンド』は直接傷口に作用し、数分以内に塞ぐことができる。」
……興味深い。
どうやら、回復魔法にはそれぞれ専門の効果があるようだ。
『リバイタライズ』が体力回復系なら、『メンド』は外傷治療向け。
さらにページをめくると、また別の基礎魔法が目に入る。
「クラリティ」
「軽度の精神回復魔法。精神疲労を軽減し、集中力を向上させる。高度な学習や、冷静な判断が求められる状況でよく使用される。」
……これも便利そうだ。
何度、この机で本を読んでいるうちに寝落ちしたことか。
もしこれを使えば、もっと長く魔法の勉強に集中できるかもしれない。
「クレンズ」
「軽度の浄化魔法。弱い毒を無効化し、中程度の毒の効果を弱める。神聖魔法ではないが、基本的な解毒効果を持ち、軽い中毒症状を緩和することができる。」
つまり…やはり浄化と神聖魔法は別のものだった。
クレンズ は、神聖魔法の純粋な浄化の効果を持たないが、それでも十分に実用的な魔法のようだ。
致命的な毒を無効化することはできないが、それでも即死を防ぐ程度の効果はある。
それだけで十分だ。
俺は息を整え、一旦本を閉じる。
選択肢が多すぎる……。
さて、どれから試すべきか?
リバイタライズ はすでに使える。
メンド や クラリティ を試すべきか?
それとも……
この世界の「浄化」の仕組みを知るために、クレンズ を試してみるべきか?
「クレンズ」
「軽度の浄化魔法。弱い毒を無効化し、中程度の毒の効果を弱める。神聖魔法ではないが、基本的な解毒効果を持ち、軽い中毒症状を緩和することができる。」
……なるほど。やはり、浄化と神聖魔法は別のものだったか。
『クレンズ』は、神聖魔法の純粋な浄化よりも効果は低いが、それでも十分に実用的な魔法だ。
致命的な毒を完全に無効化する力はないが、少なくとも即死を防ぐことはできる。
……それだけで十分だ。
俺は深く息を吸い、一旦本を閉じる。
選択肢が多すぎる……。
さて、どれから試すべきか?
『リバイタライズ』はすでに使える。
次は『メンド』か『クラリティ』を試すべきか?
それとも……
この世界における"浄化"の仕組みを知るために、『クレンズ』を試してみるべきか?
本当に回復魔法の仕組みを理解したいのなら、本の知識だけでは足りない。
光が届かない場所へ向かう時だ。
回復魔法がただの贅沢ではなく、生きるための"必要"となる場所へ。
癒し手の助けを受けられない人々がいる場所へ。
学院の訓練でついた傷ではなく、ナイフ、魔法、そして"本物の暴力"による傷が存在する場所へ。
生と死が交差する場所へ。
――街の影。
下層地区の隠された路地。
学院の規則が無意味な場所。
暗殺者と傭兵が堂々と歩く場所。
そして――回復魔法が、"生きるか死ぬかの境界線"となる場所へ。
もし、本当の回復魔法を学びたいのなら、"現実"での使われ方をこの目で確かめなければならない。
教室の中ではなく。
本のページの上ではなく。
――絶望の刃の上で。
今こそ、外に出る時だ。
追伸:
また作者です。 これからは毎回の章で「作品が完結した」と書くことになりました。
理由は、両親が勉強に厳しく、もし見つかったら更新できなくなる可能性があるからです。
なので、今後投稿するすべての章は「完結」と表示されます。




