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不運の殺し屋は夢を見る  作者: 犬斗
最終章 殺し屋の夢

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最終話 夢を叶える者たち

 俺はいつものように、ただ任務を遂行した。


「あんたも運がなかったな」


 国王だろうが王妃だろうが、命乞いは醜いものだ。


 ――


 国王暗殺により王位は継承されたが、誰が継いだのかも知らないし興味もない。

 実は俺に即位の話が来た。

 当然ながら受けるわけがない。

 むしろ王殺しとして狙われることを覚悟していたが、当時を知る者が圧力をかけ、俺の存在をかき消した。

 もちろん俺も王族を皆殺しにするという脅しをかけてはいたが。


「王殺しでも無罪か。これで本当に自由だ」


 俺が無罪になるには条件があった。

 国を出ることだ。


 俺にとっては願ったり叶ったりで、すぐに国を出た。

 俺に故郷などない。

 もしグレリリオ帝国へ行けば、ルディが様々な世話をしてくれるだろう。

 だが俺は別の国へ行くことにした。

 王国の国境を越え、小さな国の小さな街にたどり着いた。

 名も知らぬ街だが悪くはない。

 俺のことを知っている人間がいないからだ。


「ここで暮らそう」


 人生のやり直しはできる。

 俺は自分の運命を自分で切り開くために、一人で生きていくつもりだ。


「ちっ!」


 こいつさえいなければ。


「おい、ヴァン! 待てよ!」

「なんでついてくる」

「良いじゃねーかよ。同期だろ? 親友だろ?」

「俺に親友なんていない」


 同期の暗殺者マルヴェス。

 一流の暗殺者だが、なぜか俺についてきた。

 自分の夢を俺に何度も語っている。


「待てって! なあ考えてくれよ!」

「ふざけるな」

「俺の夢なんだよ!」

「一人で叶えろ」

「お前ね、お前が悪いんだぞ? 暗殺者ギルドを潰して血の誓約を解いちまったから皆困ってるんだ。お前、責任取れよ」

「ちっ」

「別にいいだろ? 俺たちは金もある。やろうぜ?」

「どうせすぐ潰れる」

「いいじゃねーか! 夢は叶えるためにある!」

「誰が作るんだ?」

「あ? 俺に決まってるだろ?」

「味覚のないお前にできるわけないだろ」

「やってみなきゃ分かんねーだろ!」

「俺の最大の不幸は、お前と知り合ったことだ」

「あははは! お前マジでおもしれーよ! 不運のヴァン!」


 腹を抱え街道で笑い転げているマルヴェス。

 やはりこいつは馬鹿だ。


 ――


 俺はこの小さな街で、マルヴェスと小さな食堂を開いた。

 開店して半年が立つが、今日も客はいない。

 当たり前だ。

 コックは味覚がないマルヴェスなのだから。


「お前の不味い料理のせいで客が来ない」

「おいおい、俺のせいにするなって! この店の評判を落としてるのはヴァンだ! 知らないのか? 店員の愛想がなさすぎるって言われてんだぞ!」


 扉の鐘が店内に鳴り響く。


「お! いらっしゃい!」


 一人の女が来店した。

 俺は女を席に案内し、メニューを渡す。


「これがメニューだ。店の売りはこのパスタだ」

「暗殺者のパスタ? 何これ?」

「名前の通りだ」

「は? 何その態度?」


 厨房からマルヴェスが走ってきた。


「ちょっとちょっと! お客さん! 今王都でめっちゃ流行ってんだよ! すぐ作るからね! 待っててね!」


 俺の肩を掴み、厨房へ連れ込むマルヴェス。


「てめー! 愛想がないって言ったばかりだろ! あんなんじゃ客は帰っちまうだろーが!」

「いいから早く作れ」

「くそが! お前ちゃんと接客してろよ!」


 俺は黙って水を出す。

 女は俺の顔を凝視していた。


「何だ?」

「え? あ、いや、あんたの態度はくそ悪いけど、顔は本当に好みよ」

「そうか。お前は別に好みではない」

「は、はあ? 何こいつ!」


 厨房からマルヴェスが走ってきた。


「ちょいちょいちょい! そんな馬鹿相手にしないで! 美味しいパスタ食べてって!」


 マルヴェスがテーブルにパスタを置く。

 白い皿に盛りつけられた真っ赤な暗殺者のパスタ。

 この村で採れた新鮮なトマトを使用している。


「あら、美味しそうじゃない」


 女がパスタを口に運ぶ。


「ぶうううう」


 口に入れたパスタを吹き出した女。


「信じられない! 不味すぎる! イケメン店員がいるからって来てみたけど、性格は最悪だし、料理は不味すぎるし!」


 女がテーブルに金を叩き置き、出ていった。


「あーあー、帰っちまった」

「お前のせいだな」

「は? てめーのせいだろうがよ!」

「どう考えてもお前だろう」


 味覚がないマルヴェスが作って美味いわけはない。

 とはいえ、俺に料理なんてできない。

 味覚が戻っても、できることは虫を焼く程度だ。


「お前がコックだと客が来ない」

「う、うるせー! てめーの接客が! って、いらっしゃい!」


 扉の鐘が店内に鳴り響くと、俺の腹に強烈な肘を入れるマルヴェス。


「ぐっ」

「接客しろ!」


 マルヴェスが怒鳴りながら厨房へ向かった。


「あいつ、本気で肘を入れやがった」


 俺はメニューを持ち客を出迎えた。


「何人だ?」

「見て分かるでしょう? 二人よ」


 テーブルへ案内し、メニューを渡す。


「何にする?」

「このお勧めの暗殺者のパスタを二つ」

「分かった」


 俺は厨房へ行く。


「暗殺者のパスタ二つだ」

「お! 何だよ! やればできんじゃねーか! 任せろ!」


 パスタが仕上がり、テーブルへ運ぶ。


「暗殺者のパスタだ。熱いから気をつけろ」

「ふーん、見た目は悪くないわね」


 二人の客が揃ってパスタを口に運んだ。


「ぶー! な、何これ!」

「さ、さすがに、これは酷いね」

「水を持ってきなさい!」


 テーブルで手を挙げ、怒鳴っている客。


「またか。おい、マルヴェス。やはりお前が悪い」

「なんでだよ。ちゃんと作ってるのになあ」


 客が手を大きく振っている。


「早く! 水!」

「ちっ! 今持っていく」


 グラスに注いだ水を二つ運ぶと、客がテーブルを叩いて立ち上がった。


「何なの! 不味すぎる! それに店員の態度が悪すぎる! よくこんなので食堂なんて開いたわね!」


 立ち上がった勢いで、深く被っていた帽子が落ちた。

 長い髪が水流のようになびく。


「お、お前は!」

「馬鹿じゃないの! 調理も接客も舐めてる!」

「エ、エルザか」

「ヴァン! マルヴェス! 二人とも並びなさい!」


 エルザの前で、俺とマルヴェスが並んで立つ。

 エルザはずっと怒鳴っているが、あまりにもうるさ過ぎて何を言っているか分からない。


「なあ、なんでおじょーちゃんがいるんだ? 聖女だろう?」

「知らん」


 マルヴェスが耳打ちしてきた。


「ちょっと! 聞いてるの!」


 テーブルを叩くエルザ。


「全く……。今から私が作るから、あなたはこの馬鹿二人に接客を教えなさい!」

「分かったよ、エルザ」


 勝手に厨房へ入っていくエルザ。

 もう一人の客が帽子を取り、俺に視線を向けた。


「ヴァンに接客は向いてないよ。私に任せて?」

「お前は……。フェルリートか!」

「ふふ。会いたかったよ、ヴァン」


 俺に抱きつくフェルリート。


「フェルリート。大人になったな」

「うん。でもヴァンは若返ったから、同じくらいになっちゃったね」

「そうだな。お前と変わらないかもしれん」


 俺はフェルリートの頭を撫でた。


「ヴァンに頭を撫でてもらいたかったの」

「そうか」

「黙っていなくなっちゃうんだもん。エルザが悲しんでたよ?」


 エルザとフェルリートには二度と会うつもりはなかった。

 俺は全てを精算して、一人で静かに生きていくはずだったのだが……。

 マルヴェスとこの店を開くことになったことは、俺の最大の不幸だろう。


「実はね。エルザはこの店の面接に来たんだよ? 私もだけど」

「面接だと?」

「うん。あまりにも不味くて無愛想な店があるって噂を聞いてね。もしかしたらと思って来てみたの。エルザはずっとヴァンを探してたんだよ?」


 俺の顔を見上げているフェルリート。


「俺は……」


 言いかけたところで、厨房からベルの音が聞こえた。


「フェルリート! できたわよ!」

「はーい!」


 きらびやかに盛りつけされた皿を優雅に運ぶフェルリート。

 そして、厨房からエルザも出てきた。


「ほら、食べてみなさい! ヴァンは味が分かるでしょう?」


 フォークを口に運ぶ。


「美味いな。確かに美味い」


 エルザの料理は美味い。

 俺は手が止まらなかった。


「おい! 俺にも食わせろ!」

「あなた味分かるの?」

「おじょーちゃん。舐めないでもらいたい。俺は水でも酔える男だぜ?」

「何言っての? 馬鹿なの?」

「うるせーな! って、うめーじゃねーか!」

「え? 味が分かるの?」

「雰囲気だよ! 雰囲気! ヴァンが美味いって言えば美味いんだよ!」

「はああ。馬鹿じゃないの?」


 皿を持ち上げ、パスタを口にかき込むマルヴェス。


 俺は味覚を戻した時の感動を今でも覚えている。

 だから、マルヴェスにも味覚を取り戻してやりたかった。

 あと半年も経てば、ルディが味覚を取り戻す薬を完成させるだろう。

 それまでの辛抱だ。


 マルヴェスの様子を見ながら、エルザが笑っていた。

 そして、俺の袖を掴む。


「ねえ、ヴァン。私とフェルリートを雇ってよ」

「雇うってお前。聖女は?」

「やめたわ。ルディ先生がね、私の……魔力を抑制してくださったの。だから私も好きなことをするのよ」


 ルディがエルザの魔力抑制を成し遂げてくれたようだ。


「フェルリートは? 薬師が夢だろう?」

「私もエルザと同じ。ヴァンに教えられたもん。好きなことをしろって」

「そうか」


 俺はエルザとフェルリートに視線を向けた。


「本当にいいのか? 給与なんて払えないぞ?」

「別にいいわよ。この店はこれからは繁盛するもの。だって私が調理して、フェルリートが接客するのよ? 繁盛するに決まってるじゃない」

「そうか。そうなるといいな」

「ふふふ、なるわよ」


 エルザが俺の腕を掴み、両腕で抱え込んだ。


「ねえ、ヴァン」

「なんだ?」

「結婚してあげる」

「は?」

「だから、結婚してあげる。こんな美少女が言ってるのよ」

「美少女?」

「そうよ。ずっと前から言ってるでしょ?」

「俺にはその美的感覚がない」

「味覚は戻ったのに?」

「そうだ。それにだ。お前はうるさい」

「ちょっと! 何よ!」


 マルヴェスがテーブルを叩いて笑っている。


「あははは、いいじゃねーかヴァン。殺し屋が結婚だぞ? 夢を叶えろ!」

「結婚は夢じゃない」

「いいじゃねーか! 聖女をやめて、こんな給料も出ない店まで追いかけてくる女なんていねーぞ! うるせーけどな」


 マルヴェスの言葉に反応したエルザ。

 頬を膨らましている。


「な、何よ!」


 エルザの髪が少し逆立つ。

 風の魔法を使うつもりか。

 多少の魔力は残っているようだ。


「お、おい、おじょーちゃん! や、やめろって! 冗談だって!」


 マルヴェスが冷や汗をかきながら、両手を体の前に広げて大きく振っている。


「死にたいようね」

「待てって!」


 慌てふためくマルヴェス。

 すると、扉の鐘が店内に鳴り響いた。


「お! い、いらっしゃい!」


 逃げるように厨房へ走るマルヴェス。


「ちょっと! 私が作るわよ!」


 エルザも厨房へ走った。


「ふふ。騒がしいね」

「ああ、でも……」

「でも?」

「悪くない」

「ふふ。そうだね。ねえヴァン。私もずっと一緒にいていい?」

「もちろんだ」


 フェルリートが満面の笑みを浮かべ、客の元へ走った。


「エルザ、暗殺者のパスタを一つ!」

「分かったわ!」


 俺は店内を見渡した。

 騒がしく調理するエルザとマルヴェス。

 丁寧に接客するフェルリート。


 大きな窓から優しい光が差し込み、爽やかな風がカーテンを揺らす。


「そうか。これが日常になるのか。そうか……。俺は……幸運だな」


 自然と口元が緩んでいた。


 ◇◇◇


 小さな国の片田舎で、小さな食堂が話題になる。


 いつも陽気だが、恐ろしく不味い料理を作る中年コック。

 料理の腕は一流だが、口うるさい美少女コック。

 店の良心と飛ばれている薬草に詳しい美少女のホール担当。

 そして、若くて容姿端麗だが、あまりにも無愛想な店主。


 連日賑わいを見せているこの店だが、実は奇妙な噂があった。


「なあ、知ってるか? あそこの無愛想な店主は王子様らしい」

「は? 俺は殺し屋って聞いたぞ?」

「王子で殺し屋? なんだそれ?」

「そんな奴いるわけねーだろ!」


 そして一般の客に紛れて、味覚を感じない客が来るそうだ。

 さらには裏メニューに虫やヘビもあるという。


 真相は誰にも分からない。

 噂が噂を呼び、店はこう呼ばれるようになった。


 『味覚を感じない客ですら美味いと言うレストラン』


 ◇◇◇

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