第38話 復讐の殺し屋
翌日、俺が宿泊している部屋にルディが入室。
「ヴァン様、おはようございます。お体はいかがですか?」
「ああ、問題ない。それに、以前より動くようだ」
深く一礼するルディ。
俺はルディに今後のことを確認するつもりだった。
「ルディ、聞きたいことがある」
「はい。何なりと」
「エルザの魔力は戻ったのか?」
「まだ完全ではありません。エルフリーゼの魔力は四元素の聖女の中でも抜きん出ており膨大でした。溜まるまで時間がかかります」
「そうか。王国との戦争は?」
「王国の状況にもよりますが、帝国としてはエルフリーゼの魔力が戻り次第というところかと存じます」
「どれくらいかかる?」
「あと半年ほどかと」
「つまり半年後、王国へ宣戦布告するのか?」
「はい。その前に王国が攻め込まなければ……ですが」
「分かった」
俺は水差しを手に持ち、グラスに注いだ水を一気に飲み干した。
「俺は王国へ戻る」
「な! なぜですか! この地で平穏に暮らしていただきとう存じます」
「俺は殺し屋だ。この運命は変わらない」
「し、しかし! 体も時間も戻ったのですぞ! 不運も解消されました! この国で不自由のない生活ができるのです」
「まだだ。俺は国王を殺す」
「マリアーナ様の仇ですか?」
「それは関係ない。会ったことはないからな。だが、復讐はする。俺のためだ」
「ヴァン様は正当な王子でいらっしゃる。王位を継ぐのですか?」
「いらん。国王と王妃を殺す。それだけだ」
もう一度水を注ぐ。
俺は水ですら美味いと感じていた。
「そして暗殺者ギルドを潰す。失われた時間が戻っても過去は変わらん。忌まわしい過去を清算する」
「暗殺者ギルドを潰すですと? そ、そんなことが可能なのですか?」
「暗殺者ギルドには血の誓約を司る祭壇がある。それを壊せば、血の誓約がかかった暗殺者は自由になれるはずだ」
「確かに……。誓約の祭壇を壊せば誓約の効果は消えます」
「それにリヒター、貴様たちでいうところのハルシールも無事に帰還できるだろう」
「風の師団の師団長リヒターですね。そこまでお考えいただいているとは。誠にありがとうございます」
俺はグラスの水を飲み干した。
「そして、エルザの運命を解く」
「エルフリーゼの運命? き、気づかれておられたのですか?」
「そうだ。事情があるのだろう?」
「……はい。エルフリーゼはあまりにも膨大な魔力を持って生まれたため、産まれた瞬間に母親を殺しました。発狂した父はエルフリーゼを殺そうとしましたが、エルフリーゼの魔力が暴発。父親どころか、地域一帯を消滅させました。その後は私が拾い、風の聖女たる祝福を与え、魔力を安定させております。ですから、祝福を解くと暴走するのです。皇帝もそれを知っており、恐怖から王国へスパイとして潜入させたのです」
「エルザには世話になった」
困惑の表情を浮かべるルディ。
「ルディに頼みがある」
「……私にできることであれば」
「祝福を解いてなお、エルザの魔力を暴走させるな。そして、味覚を戻す薬を作れ」
「エルフリーゼの魔力と、味覚を戻す薬……」
「そうだ。貴様に依頼することはそれだけだ。他は何もいらない」
「か、かしこまりました」
「すまんな」
「め、滅相もございません。全てヴァン様のご希望通りにいたします」
「ああ、頼む」
「王国へはいつ?」
「明日の早朝には出発する。エルザにもフェルリートにも会わない」
「な、なんですと!」
「契約は終わった。もう会うことはないだろう。エルザのことは頼んだ」
「か、かしこまりました」
「薬は一年後に連絡する。その場所へ送ってくれ」
「承知いたしました」
「暗殺は必ず成功する。きっと戦争は起こらないだろう」
「両国を救うのですか?」
「そんな崇高なものではない。ただの復讐だ」
ルディが深く一礼した。
「恐れながら、エルフリーゼは黙ってないでしょう」
「構わん。貴様がなんとかしろ」
「かしこまりました。ヴァン様、私からもお願いがあります」
「なんだ?」
「今晩もエルフリーゼとフェルリートと食事をお願いいたします。二人に食事を作らせますので」
「分かった。最後の晩餐だな。貴様も参加しろ」
「よろしいのですか?」
「構わん」
「ありがとうございます」
――
翌朝、俺は帝都を出発した。
見た目は十七歳だ。
暗殺者ギルドに狙われることはない。
ルディが言うように、この国で静かに暮らすことは可能だ。
時間を取り戻したし、これまで貯めた金も持っている。
エルザとフェルリートの面倒を見てもいいと思っていた。
だが、何をしても俺の過去は消えない。
本当の意味での自由を得るために、俺は最後に全ての過去を清算する。
俺のターゲットはロデリック王国国王サリオル・ロデリックと、王妃タスティ・ロデリック。
サリオルは実の父親だが関係ない。
国王だろうが実父だろうが、ただ殺すだけだ。
そして、もう一つのターゲットは暗殺者ギルド。
血の誓約を司る祭壇を破壊する。
これまで暗殺者が祭壇を破壊すること不可能だった。
壊そうとすると、当然ながら血の誓約が発動し死ぬ。
だが今の俺は完全に自由だ。
血の誓約をこの世から消滅させる。
「暗殺者だって夢を持つか……。そうだな。その通りだよ。マルヴェス」
俺は同期の暗殺者の顔を思い出していた。
「さて、行くか」




