第36話 復讐の殺し屋
翌日、俺が宿泊している部屋にルディが入室してきた。
「ヴァン様、おはようございます。お体はいかがですか?」
「ああ、問題ない。それに、以前より動くようだ」
深く一礼するルディ。
俺はルディに今後のことを確認するつもりだった。
「ルディ、聞きたいことがある」
「はい。何なりと」
「エルザの魔力は戻ったのか?」
「まだ完全ではありません。エルフリーゼの魔力は四元素の聖女の中でも抜きん出ており膨大でした。溜まるまで時間がかかります」
「そうか。王国との戦争は?」
「王国の状況にもよりますが、帝国としてはエルフリーゼの魔力が戻り次第というところかと存じます」
「どれくらいかかる?」
「あと半年ほどかと」
「つまり半年後、王国へ宣戦布告するのか?」
「はい。その前に王国が攻め込まなければ……ですが」
「分かった」
俺は水差しを手に持ち、グラスに注いだ水を一気に飲み干した。
「俺は王国へ戻る」
「な! なぜですか! この地で平穏に暮らしていただきとう存じます」
「俺は殺し屋だ。この運命は変わらない」
「し、しかし! 体も時間も戻ったのです! 不運も解消されました! この国で不自由のない生活ができるのです」
「まだだ。俺は国王を殺す」
「マリアーナ様の仇ですか?」
「それは関係ない。会ったことはないからな。だが、復讐はする。俺のためだ」
「ヴァン様は正当な王子でいらっしゃる。王位を継ぐのですか?」
「いらん。国王と王妃を殺す。それだけだ」
もう一度水を注ぐ。
俺は水ですら美味いと感じていた。
「そして暗殺者ギルドを潰す。失われた時間が戻っても過去は変わらん。忌まわしい過去を清算する」
「暗殺者ギルドを潰すですと? そ、そんなことが可能なのですか?」
「暗殺者ギルドには血の誓約を司る祭壇がある。それを壊せば、血の誓約がかかった暗殺者は自由になれるはずだ」
「確かに……。誓約の象徴を壊せば、誓約の効果は消滅します」
「それにリヒター、貴様たちでいうところのハルシールも無事に帰還できるだろう」
「風の師団の師団長ハルシールですね。そこまでお考えいただいているとは。誠にありがとうございます」
俺はグラスの水を飲み干した。
「ルディ、エルザの過去を聞かせろ」
「エルフリーゼの過去? き、気づかれておられたのですか?」
「事情があることくらいだがな」
「……エルフリーゼはあまりにも膨大な魔力を持って生まれたため、産まれた瞬間に母親を殺しました。発狂した父はエルフリーゼを殺そうとしましたが、エルフリーゼの魔力が暴発。父親どころか、地域一帯を消滅させました。その後は私が拾い、風の聖女たる祝福を与え、魔力を安定させております。ですから、祝福を解くと暴走するのです。皇帝もそれを知っており、恐怖から王国へスパイとして潜入させたのです」
「エルザには世話になった」
俺の言葉を聞き、困惑の表情を浮かべるルディ。
「ルディに頼みがある」
「……私にできることであれば」
「エルザの祝福を解け。聖女から解放しろ。その上で、エルザの魔力を暴走させるな」
「そ、それは!」
「できないのか?」
「承知いたしました」
ルディが覚悟を決めた表情を浮かべて一礼した。
「もう一つ、味覚を戻す薬を作れ」
「味覚を戻す薬ですか?」
「そうだ。貴様に頼むことはそれだけだ。他は何もいらない」
「エルフリーゼの魔力と、味覚を戻す薬……」
そんなことができるのか分からないが、俺はルディであれば実現すると思った。
「すまんな」
「め、滅相もございません。全てヴァン様のご希望通りにいたします」
「ああ、頼む」
「王国へはいつ出立されますか?」
「明日の早朝には出る。エルザにもフェルリッサにも会わない」
「な、なんですと!」
「契約は終わった。もう会うことはない。エルザのことは頼んだ」
「か、かしこまりました」
「一年後に連絡する。それまでに薬を開発し、指定した場所へ送れ」
「承知いたしました」
「ふっ、頼んだぞ」
俺は笑顔を浮かべてみる。
これが笑顔なのか分からないが、なんとなくルディには見せてやりたいと思った。
「べ、ベルベ……、ヴァン様。ヴァン様! ああ、私の全てをかけて実現させます!」
笑顔ごときでルディが号泣している。
もしかしたら、上手くできていないのかもしれない。
笑顔は難しい。
「ルディ、暗殺は必ず成功する。戦争は起こらない」
「まさか! 両国を救うのですか!」
「そんな崇高なものではない。俺にとって、ただの復讐だ」
「いえ、戦争を回避させるために……。ご立派でございます。ヴァン様」
ルディは号泣しながら、深く一礼した。
少し落ち着かせてやろう。
ルディを椅子に座らせ、紅茶を飲ませた。
もちろん俺が淹れた紅茶だ。
ルディはさらに感動して、手がつけられないほど涙を流していた。
しばらくして、落ち着きを取り戻したルディ。
「ヴァン様。恐れながら、このまま出立なさるとなれば、エルフリーゼは黙ってないでしょう」
「構わん。貴様がなんとかしろ」
「……ヴァン様。恐れ入りますが、私からもお願いがあります」
「なんだ?」
「今晩、エルフリーゼとフェルリッサと食事をお願いいたします。二人に食事を作らせますので」
「分かった。それが娘たちと最後の食事になる。貴様も参加しろ」
「よろしいのですか?」
「構わん」
「ありがとうございます」
エルザもフェルリッサも、自由を手にするべきだ。
それはルディも同じだ。
俺という存在に囚われず、自分の人生を謳歌してほしい。
――
翌朝、俺は一人で帝都を出発した。
見た目は完全に十八歳だ。
暗殺者ギルドに狙われることはない。
俺のターゲットはロデリック王国国王サリオル・ロデリックと、王妃タスティ・ロデリック。
サリオルは実の父親だが、俺には関係ない。
国王だろうが実父だろうが、ただ殺すだけだ。
そして、もう一つのターゲットは暗殺者ギルド。
血の誓約を司る祭壇を破壊する。
これまで暗殺者が祭壇を破壊すること不可能だった。
壊そうとすると、当然ながら血の誓約が発動して死ぬ。
だが、今の俺は完全に自由だ。
血の誓約をこの世から消滅させることができる。
「殺し屋だって夢を持つか……。そうだな。その通りだよ。マルヴェス」
俺は同期の殺し屋の顔を思い出していた。
「さて、行くか」
俺は国境へ向かって、自分の意志で、自分の足で歩き始めた。




