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不運のおっさん殺し屋はワガママ聖女に拾われる〜最強の暗殺者は失われた人生を取り戻したい〜  作者: 犬斗
第三章 薄幸の少女

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第30話 殺し屋の愛

「そろそろ、夜が明けるか」


 俺は娘たちの部屋にいる。


 扉の内側に寄りかかりながら床に座り、一日中気配を探っていた。

 薬屋の店主を殺したことで当局の捜査や、いつものように追跡者の襲撃に備えていたが、特に問題は起こらなかった。


「ヴァン、おはよう」


 エルザが廊下に姿を見せた。


「眠れたか?」

「ええ、おかげさまで」


 昨日は部屋に戻り、エルザとフェルリッサに睡眠を促進する薬草を煎じて飲ませた。

 ベッドに入り、すぐに眠りについた二人。

 エルザはフェルリッサから片時も離れず、小さな手を握り続けていた。


「あなたは寝てないでしょう?」

「いつものことだ。気にするな」


 エルザの隣で、手を握るフェルリッサも立っていた。


「二人とも風呂に入ってこい。汚いぞ」

「き、汚いですって! あ、あなたね! まったく! 本当に気遣いってものができなんだから!」

 

 フェルリッサがエルザの手を離す。

 そしてゆっくりと廊下を歩き、俺の正面で正座した。


「ヴァン様。申し訳ございませんでした」


 頭を下げるフェルリッサ。

 床に頭がついている。


「やめろと言っただろう? まずは風呂に入ってこい」

「はい」


 エルザが俺を睨みつけている。


「フェルリッサ! 行くわよ。そんな奴は無視しなさい」


 風呂に入った二人。

 俺はその間、見様見真似で紅茶を淹れてみた。


 ――


「ふう、さっぱりしたわね。それにしても、フェルリッサの髪は本当に綺麗ね」

「あ、あの、エルザ様。洗ってくださってありがとうございます」

「ふふふ、いいのよ。フェルリッサ覚えておきなさい。魔力と美しい髪はとても大切な繋がりがあるのよ?」

「え? は、はい」

「私の髪も綺麗でしょう?」

「はい。エルザ様の御髪はとても美しいです」

「ふふふ、そうでしょう。聖女はね、髪の手入れがとても大切なの。だから、あそこの野蛮な中年みたいに、何日もお風呂に入らないとかダメなのよ」

「は、はい」

「聖女のお付きになるためには、清潔で美しい長髪が必要なのよ」

「え? は、はい」

「この櫛は聖女の物よ」


 三面鏡の前にフェルリッサを座らせ、黒髪に櫛を入れるエルザ。


「そ、そんな高貴なものを!」

「ふふふ、いいのよ」

「さあ、綺麗になったわ」

「エルザ様のお手を煩わしせてしまい、申し訳ありませんでした」


 その言葉を聞き、エルザは眉間にしわを寄せた。

 そして、背中からフェルリッサを無言で抱きかかえる。


「二人ともこっちへ来い」


 俺はリビングの丸テーブルに、紅茶を三つ用意した。


「これ、あなたが淹れたの?」

「そうだ」

「の、飲んでも平気?」

「知らん」


 エルザはティーカップを手に取り、恐る恐る口をつける。


「ま、不味っ! 紅茶をこんなに不味く淹れるって才能よ!」

「初めて淹れたんだ。仕方ないだろう」


 だが、フェルリッサは紅茶を何度も口にしていた。

 そして、カップをテーブルに置く。


「ヴァン様、エルザ様。昨日はご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」

「フェルリッサ! もうそれはいいのよ!」


 姿勢を正し、俺に視線を向けたフェルリッサ。


「ヴァン様。あの……。お願いがあるのですが……」

「なんだ?」

「お、お金をお貸しいただけないでしょうか?」

「金? なぜだ?」

「今日から泊まる宿のお金がなくて……。で、でも! いつか絶対にお返しします! お願いします!」

「宿だと?」

「はい。昨日は失敗してしまいましたが、今日はもう大丈夫です。また仕事を探します。薬屋じゃなくても何でもします」

「何でもだと?」

「はい」

「お前の夢はどうした? 薬師になりたいのだろう? 聖女の元で修行したいのだろう?」

「いいえ。この街で仕事を探すことが私の夢でした。ここまで連れてきてくださって、本当にありがとうございます。私の夢が叶いました」


 無理やり笑顔を浮かべ、深く頭を下げたフェルリッサ。

 エルザに視線を向けると、大粒の涙を流している。


「夢か……」


 俺は小さく息を吐いた。


 どうして嘘をつくのか。

 これほどまでに分かりやすい嘘を。


「フェルリッサ」

「はい」

「昨日仕事を見つけた。お前に紹介しよう」

「え! 本当ですか?」

「そうだ。だが辛いぞ」

「は、はい! 何でもします!」

「うるさい女と不味い紅茶を淹れる男の元で、美味い紅茶を淹れ、美味い料理を作る。朝早くに起きて、一日中歩き、夜は宿に泊まる。野営もある。虫を食べることもある。そういう仕事だ」

「え? あ、あの、それって」


 エルザがテーブルを叩いた。


「ちょっと! うるさいって何よ!」

「ほら、うるさいだろう?」


 フェルリッサが戸惑っている。


「え? あ、あの? ヴァン様……」

「美味い紅茶が飲みたいんだ」


 突然立ち上がったエルザ。


「フェルリッサ! こんな気遣いできない中年は無視していいからね! 一緒に美味しいものを食べましょう! 虫なんか出したら殺してやるわ!」

「あの……」


 丸い大きな瞳を、さらに見開いているフェルリッサ。

 状況が飲み込めないようだ。


「一緒に来いと言っているんだ」

「え? 一緒に? よ、よろしいのですか?」

「一つ条件がある」

「条件ですか?」

「敬語をやめろ。普通に話せ。子供らしくしろ。できるか?」

「は、はい」

「できてないぞ?」

「あ、はい。あ、……う、うん」

「そうだ」


 フェルリッサの瞳から、涙がこぼれる。


「ありがとうございます……。ありがとうございます……」


 エルザが椅子から立ち上がり、フェルリッサに抱きつく。


「フェルリッサ、ごめんね。本当にごめんね。もうずっと一緒よ。絶対に離さない」

「エ、エルザ様。ヴァン様もありがとうございます。うう、うう、ううう。ありがとうございます。ううう」


 エルザにしがみつフェルリッサ。

 これまで溜まったものが全て出ているようだ。

 無理もない、まだ十五歳だ。


「うわあああん。うわあああん。ありがとうございます。ありがとうございます。うわあああん」

「違うと言っただろう」

「エ、エルザ。ヴァ、ヴァン。ありがとう。うわあああん」

「そうだ。それでいい」


 俺は自分が淹れた紅茶に口をつけた。

 味は分からないが、きっと不味いのだろう。

 しかし、これから美味い紅茶が飲める。

 フェルリッサが淹れた紅茶だ。


 俺は時間をかけて、不味いと言われた紅茶を飲む。


「さて、朝食へ行くぞ。返事は?」

「うん!」


 フェルリッサを連れて行くことで、エルザ護衛任務の足枷になる。

 これまでの俺なら、どんな状況だろうがフェルリッサを置いていっただろう。

 俺は詮索しないし、他人に興味はない。


 だが……。


 やはりエルザの影響だろうか。

 悪い気はしない。


 俺が守ればいいだけだ。

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