第27話 取引する殺し屋
俺が屋根から飛び降りると、マルヴェスが近づいてきた。
「人を燃やすって……。お、お前、えげつねーな」
「殺し屋だ。何でもするさ」
「まあそうだな」
人が燃えた焦げ臭さが広がり、鼻をつまみ耐えるマルヴェス。
「しかしよー。どうすっかな。糸が燃えちまった」
「好都合だ」
「まだ続けんの?」
「そうだ。お前をここで殺す。帰すと面倒だ」
「褒めんなよ。照れるぜ」
マルヴェスは素手でも恐ろしく強いが、糸がない今はチャンスだ。
ここで仕留める。
「ところでよ、そのお嬢ちゃんは国家情報庁と何の関係があるんだ?」
「言うと思うか?」
マルヴェスが両手を大きく広げ、肩をすくめた。
「ちっ、一旦帰って国家情報庁を問い詰めるか」
「ダメだ。ここで死ね」
「お前ってマジで仕事に真摯だよな」
マルヴェスが右手で後頭部を掻きむしっている。
エルザが歩きながら服の埃を払い、切り落とされた首と焼け焦げた死体へ近づく。
そして、二体の顔を確認していた。
「お嬢ちゃん、よくそんな気持ち悪いもの凝視できるね」
死体に向かって祈りを捧げるエルザ。
すぐにマルヴェスへ視線を向けた。
「あなたもう帰りなさいよ。っていうか、もう来ないで」
「何だよ、お嬢ちゃん。大人の会話に口出さねーでくれる?」
「な! 私だって大人よ!」
「いやいや、どう見ても小娘だろ? 何か小汚いし」
「ほ、本当に殺し屋って失礼な奴ばかりね」
「褒めんなよ」
「褒めてないわよ!」
もう一度頭を掻きむしるマルヴェス。
「ヴァン、今日は帰るわ。取引しよーぜ?」
「ダメだ。お前はここで死ぬんだ」
「お嬢ちゃん殺すよ? 帰らせてくれるなら今はお嬢ちゃんを見逃す」
「ちっ。分かった」
マルヴェスが表通りに向かって歩き始めた。
「おっと、そうだ」
「なんだ?」
マルヴェスは立ち止まり、上半身だけこちらに向ける。
「お前の暗殺報酬やべーぞ。金貨二百枚だ」
「なんだと?」
「資金は長老会が出してるらしい」
「長老会が? 会計局じゃないのか?」
「そうみたいだな。さらにはリヒターが自腹で十枚追加している。過去最高の金額だ」
「そうか。それは凄いな」
「おいおい、他人事だな」
「俺が貰えるわけじゃないからな」
「あははは! 確かにな。ってかよ、俺が帰ったら仲介廃止にするように申告するわ。どうもあの仲介が色々と阻害してるような気がするんだよ。だからお前、これから全暗殺者に狙われるからな。気をつけろよ」
「ご忠告どうも」
マルヴェスの推察力は恐ろしいほど的確だ。
リヒターは追加報酬を出し、確実に俺を仕留める意思を見せながら、最小限の仲介に留めている。
もし俺の暗殺仲介が廃止されたら、莫大な報奨金を求めて、ほとんどの暗殺者が俺を殺しに来るだろう。
四人のパーティーを組んでも一人金貨五十枚だ。
破格どころじゃない。
「俺はよ。お前を殺して、報酬で食堂を開いて余生を楽しむんだ」
「お前、味覚ないだろう?」
「あははは。それでもやるんだよ」
「誓約があるぞ? ギルドを抜けられない」
「いいじゃねーか! 殺し屋だって夢くらい持つぞ! お前も夢を持て! じゃあな!」
マルヴェスの気配が消えた。
「何あいつ。苛つくわね」
「あんなやつだが、腕は超一流だ。よく防げたと思う」
「そうね。魔力持ちだったし」
「よく分かったな」
「ええ、見えやすい器だったわ。でもあいつ、そこそこ大きい器を持ってたわ」
「そうか。育成時代は魔力なんて見せなかった。今までよく隠してきたな」
「ねえヴァン。暗殺者ギルドで魔術使いっているのかしら?」
「いるにはいるが、滅多にいない。そもそも暗殺に魔術は向いてない。魔術や呪術は解析される」
「そうよね……」
エルザが顎に手をあて、考え込んでいる。
「もしかして……」
「なんだ?」
「私が参加した魔術開発の中に、付与魔術って魔術があったのよ」
「付与魔術?」
「ええ、物体に魔力を込める高等魔術よ」
「まさか、マルヴェスの糸は?」
「ええ、付与魔術だと思う。あの糸? 魔力を込めて操作しているのでしょうね。まさか実用段階まで来ていたとは……」
マルヴェスが魔力を持っていることに驚いたが、付与魔術で糸を操るとなると厄介だ。
奴の僅かな弱点だった接近戦も危険ということになる。
「それとは別に、禁呪も研究されていたの」
「禁呪?」
「詳しくは省くけど、簡単に言うと人に魔力の器を与える魔術」
「なんだと? 魔力は生まれ持ったものじゃないのか?」
「ええ、本当はそうなんだけど、その禁呪は後天的に魔術が使えるようにできるのよ。人の構造を変える禁呪。もしこれが実用できるのであれば、魔術師を量産できる」
「マルヴェスの魔力は、その禁呪で付与されたものか?」
「分からないけど、その可能性はあるかもしれない。妙にあっさりと器が見えたから……」
「それが本当のことなら、魔術で劣る王国が魔術師を量産できるようになるのか」
「き、危険よ! 早く帝国に帰らなきゃ!」
「焦ってもどうにもならん」
「そ、そうね。落ち着かなきゃ」
エルザが大きく深呼吸する。
「エルザ、国家情報庁は魔術通信を行っていたが、内容はどうなんだ?」
「それは大丈夫。通信の痕跡はなかった。私の魔力が尽きたことは知られてないわね。その点だけは、あの殺し屋に感謝しなきゃ」
マルヴェスが消えた方向に視線を向けるエルザ。
そして、国家情報庁の死体に視線を向け、もう一度祈りを捧げた。
「死体は放置するぞ。今は何もできん」
「……分かってる」
「行くぞ」
「ええ」
俺たちは、宿に向かって歩き始めた。
「それにしても、ギルドと国家情報庁同時に襲われるとは思わなかったわね」
「これからもっと増えるぞ。ハルシールの仲介はもう限界のようだ」
「……ハルシールは大丈夫かしか?」
「マルヴェスの様子からすると、まだ大丈夫だろう」
「ハルシールも無事に帰還させなきゃ」
十八歳の小娘には、辛い現実ばかりが襲う。
だが、俺は正直に伝える。
「エルザ。恐らくマルヴェスはハルシールに気づいてる。詳細までは掴んでないが、スパイであることは確実に把握しただろう」
「え? じゃ、じゃあ! ハルシールは!」
「マルヴェス次第だ。あいつは無駄なことはしないから、ギルドへ報告するとは思えない。だが、なにせ気まぐれなやつだ。分からん」
「ハ、ハルシール……。どうか、どうか無事で……。お願い……」
歩きながらも、エルザは祈りを捧げていた。




