第23話 料理する殺し屋
茂みに隠れるエルザとフェルリートを発見。
「ヴァン!」
「大丈夫だったか?」
「ええ。大丈夫よ。あ、あなたは腕が切られてるじゃない!」
「問題ない。相手は三人だった。二人は三級。そして一人は二級だ」
「二級ですって?」
「そうだ」
エルザは二級暗殺者が、いかに恐ろしい存在か知っている。
暗殺者ギルドにスパイとして潜入している仲介人ハルシールから、様々な情報を得ていたからだ。
「それで、どうしたの?」
「殺した」
「な、仲間だったのよね」
「殺さなければ殺される。そういう世界だ。お前もそうだっただろう?」
「そ、そうだけど……」
うつむくエルザ。
以前、エルザが在籍していた国家情報庁に襲撃され、撃退してる。
殺した相手はエルザの同僚だった。
「あ、あの、ヴァン様!」
俺とエルザの会話が途切れた瞬間、フェルリートが声を張った。
様子を見ていたのだろう。
「それは解毒草ですよね? もしかして毒ですか?」
「そうだ。よく分かったな」
「私、薬草作れます。火を起こしてもよろしいですか?」
「ああ、助かる」
フェルリートに解毒草を渡すと、自分のリュックから小さな薬研を取り出し、解毒草をすり潰した。
さらに、いくつかの薬草を取り出し薬研に入れる。
これは本格的な解毒剤の作成方法だ。
「フェルリートは薬草に詳しいのか?」
「はい。自分でよく作ってました」
「そうか……」
あの母親だ。
自分で作るしか手に入れる方法がなかったのだろう。
すり潰した薬草を椀に入れ、熱湯を注ぐフェルリート
「苦いですが我慢してください」
「ああ」
「冷まして飲んでください」
俺は解毒薬を一気に流し込んだ。
「え? 苦くないのですか? いや、それより熱くないのですか?」
「問題ない」
フェルリートが驚く横で、エルザが笑っていた。
「だから、熱いものをそのまま飲んではいけないと教えたでしょう?」
エルザがバッグから小さなポーチを取り出していた。
「ヴァン、シャツを脱ぎなさい」
「なぜだ?」
「なぜって、袖が裂けてるでしょう? 縫うのよ」
「お前、裁縫できるのか?」
「あのねえ、私は料理も裁縫も全部できるの! 何でもできるの! 聖女を舐めないで頂戴!」
「聖女は関係ないだろう?」
突然、フェルリートの動きが止まった。
「え! エルザ様は聖女様なのですか?」
「あ! そ、そうなのよ。隠してたわけないけどね。えーと、内緒よ?」
「は、はい! もちろんです」
フェルリートの瞳が輝いている。
村を出て、最も明るい笑顔を浮かべていた。
「あ、あの、私、聖女様に憧れていました! いつか帝国へ行って、聖女様にお仕えしたいと思っていたんです!」
聖女の名は他国でも知られ、若い女子から羨望の的となっている。
だが、まさかフェルリートが聖女に憧れていたとは驚きだ。
「フェルリート。今は聖女に仕える風習はないのよ」
「そ、そうだったんですね」
昔の聖女は徒弟制度のように、魔術師見習いが聖女の世話をしていた。
それが軍事的に発展し、現在では帝国魔術団の各師団へ発展している。
エルザは風の師団の聖女で、王国へ潜入しているハルシールが師団長だ。
「さ、ヴァンできたわよ」
裂けた袖を縫い上げたエルザ。
縫った跡が分らないほど、綺麗に仕上げられている。
「上手いものだな」
「うふふ、聖女は何でもできるのよ」
どう考えても嘘だが、俺はあえて何も言わない。
だが、フェルリートはエルザの発言を信じ、羨望の眼差しを向けていた。
――
暗殺者ギルドの襲撃があったが、今後の日程を考え峠を進んだ。
街道を逸れ森林に入ると、木々の隙間から差す陽の光に力はなくなっていた。
「そろそろ野営だ」
野営の準備をしよう辺りを見渡すと、小さな崖の壁面に洞窟を発見。
三人が入っても余裕がある大きさだ。
「ここで野営する」
「丁度良い大きさの洞窟ね」
「洞窟内でもテントは広げられる。エルザ、テントを出せ」
「ええ、分かったわ」
俺は食材が入ったリュックを広げた。
元々二人旅で計算していた食材だ。
一人増えたことで消費量も増える。
だが、村では騒動があったため、補給できなかった。
「そろそろ、食材が尽きるな」
「嫌よ!」
突然エルザが怒鳴り声を上げた。
「まだ何も言ってない」
「虫を取るつもりでしょう!」
「状況による」
「ほら! 取るじゃない! 絶対に嫌!」
エルザの様子を見ていたフェルリートが、自分のバッグから麻袋を取り出した。
「途中で食べられる草と、いくつかの木の実、そしてキノコを採っておきました。これで美味しいスープが作れます」
「さすがだ、フェルリート。水を汲んでこよう。近くに泉があったはずだ」
水筒を持って池に向かう。
水を汲んでいると、丁度いい食材を見つけた。
それを拾い野営地に戻る。
「水を汲んできた。ついでに食材も捕らえた」
「どれどれ……」
麻袋を覗き込んだエルザの動きが止まる。
「きゃああああ!」
「大声を上げるな」
「ヘヘ、ヘビ! ムム、ムカデ! 気持ち悪い!」
エルザが叫んだ通り、若袋の中にはヘビとムカデがいる。
「ムカデは人数分ある」
「やめて! 私は絶対に食べないわよ!」
「貴重な栄養元だ」
「絶対にっ! 食べませんっ!」
両手を前に出し、全身を使って拒否するエルザ。
その隣で、フェルリートが小さく手を挙げた。
「ヴァン様。私はいただきます」
「フェ、フェルリート? や、やめなさいよ」
「でも、今後はさらに食料難になるかもしれませんし、慣れておこうと思います」
「そんなの慣れなくていいわよ!」
フェルリートが起こした火で、細い木の枝に刺したムカデを焼く。
そして、ヘビの下顎を掴み一気に皮を剥ぎ、長い体を折り曲げながら木の枝に刺し、焼き始めた。
フェルリートはスープを作っている。
エルザは匂いすら拒絶し、焚き火から離れていた。
「フェルリート。ムカデが焼けたぞ」
「い、いただきます」
「足は食べるな。喉に刺さる」
「は、はい」
「味は自分で調節しろ。塩が美味いらしい」
「かしこまりました」
味覚がない俺だが、体には塩分が必要なため、適度に塩をまぶしムカデを噛みちぎる。
歯ごたえを感じながら、外殻を噛み砕く。
フェルリートは塩を振ったムカデを恐る恐るかじった。
「意外と……美味しいですね。見た目は確かに気持ち悪いですけど、目をつぶれば普通に食べられます」
「そうか。では、このヘビも食べてみろ」
焼けたヘビから立ち上る煙。
香ばしい匂いを洞窟に充満させていた。
「え? ヘビ美味しいです! ジューシーで森鶏の肉みたいな味です」
「そうか。良かったな」
「ヴァン様。食べられるものがあったら、また教えて下さい」
「ああ、もちろんだ」
エルザは俺たちから離れた場所で、フェルリートが作ったスープだけを飲んでいた。
「フェ、フェルリート。あなた、可愛い顔して逞しいのね」
「エルザ様は食べないんですか?」
「いらないわよ!」
エルザの叫び声が洞窟に響いた。




