第22話 狙われた殺し屋
◇◇◇
ロデリック王国。
広大な王都ロデリーの第十三街区。
その地下にある暗殺者ギルド本部。
仲介人リヒターの部屋に三人の暗殺者が集まる。
「よく来てくれたな」
リヒターは暗殺者ギルドの長老会から、ヴァン追跡の仲介を指示されていた。
だが、その正体はグレリリオ帝国のスパイ。
エルザの配下で名をハルシール・グレトリという。
「すでに知っていると思うが、ヴァンがギルドを裏切り逃亡中だ。追跡を依頼したい。可能ならそのまま始末するんだ」
リヒターによって集められた三人の暗殺者。
その内の一人が、腰に手を当て溜め息をつく。
「ねえ、信じられないんだけど。あのヴァンよ?」
「俺も信じられないさ。ギルド最高の暗殺者が裏切るなんてな。しかも血の誓約も解除されてるらしい」
当然ながらリヒターは全ての事情を知っており、エルザが安全に帰国できるように追跡をコントロールしている。
腕の劣る下級暗殺者を使い、それとなくヴァンに追跡を悟らせていた。
だが、それもそろそろ限界だ。
本格的に追跡を開始しないと、リヒターの命が危ない。
いや、リヒター自身は死んでも構わないと思っているが、計画が露呈してしまうとエルザの命に関わる。
エルザを崇拝しているリヒターは、何があってもエルザだけは守らなければならない。
「ヴァン暗殺の報酬は金貨二百枚。生死は問わない」
「に、二百枚ですって!」
「そうだ。これは長老会からの報酬だ」
一般的な暗殺報酬は、難易度にもよるが金貨一枚前後。
特級のヴァンですら、金貨二枚前後の報酬だった。
驚くのも無理はない。
「だが、俺個人的にはこれでも安いと思っている。それほどヴァン暗殺は難易度は高い」
「そうね。ヴァンは異常よ」
ギルドで唯一の特級暗殺者ヴァン。
その実力は全員が知っている。
「俺個人からも金貨十枚出す」
「リヒターが十枚も? どうしてよ?」
「裏切られたからだ。あいつは絶対に許さない」
「そうね。リヒターは最もヴァンに仲介していたものね」
「ああ、俺の信用は地に落ちた。必ず殺せ」
リヒターは本気でヴァンを恨んでいるように見せかけながらも、実は巧妙にヴァンをアシストしている。
今回も暗殺より諜報に長けた者たちへ仲介していた。
◇◇◇
村を出て数日。
三人に増えたことや、エルザの魔術が使えなくなったことで、移動のペースは落ちている。
それに加え、追跡を振り切るために、街道から外れることも多くなった。
「エルザ、今日も野営する」
「分かったわ」
用意していたテントはエルザ一人のためだったが、今はフェルリートも一緒に利用している。
二人とも子供だから、テントの広さは問題ない。
フェルリートは申し訳なさそうにしているが、エルザは嬉しそうだ。
エルザだって、俺のような年上の男といるより、同世代の方が良いに決まっている。
「ちっ、来たか」
俺は僅かな異変を感じ取った。
「エルザ。フェルリートと先へ進め」
「え? もしかして追跡者?」
「そうだ。しかも犬だ。このまま行けば野営を襲われる」
犬は俺とエルザで決めた隠語で、暗殺者ギルドを意味する。
フェルリートの手前、暗殺者とは言えない。
深夜に寝込みを襲うつもりだろう。
暗殺者としてはセオリー中のセオリーで、最も効果が高い。
「俺は対応してくる」
「だ、大丈夫?」
「むしろお前たち二人が問題だ。エルザは魔術が使えない」
「そうね」
「俺が戻るまで、茂みに隠れて気配を消せ」
「ど、どうやって?」
「とにかく動くな、喋るな、音を立てるな」
「わ、分かったわ」
俺は二人と別れ、迂回しながら来た道を戻る。
追跡者は相当警戒しているようだ。
かなりの距離を取ってトレースしている。
「三人か。追跡の腕は良い。三級だろう。いや、二級もいるな」
実際に見える訳ではないが、感じる気配と長年の経験から判断できる。
二級暗殺者ともなれば、ギルドでも上位暗殺者だ。
殺らなければ殺られる。
周囲を見渡すと、青剣花が咲いていた。
初夏から夏にかけて咲く美しい花だ。
その名の通り、茎は剣のようにまっすぐ伸びている。
そして、樹液には猛毒が含まれており、簡単に人を殺す。
グローブがないと、茎に触った瞬間に手が焼けたようにただれる。
俺は青剣花の硬い茎をへし折り、花びらを六枚だけ残し葉を全てむしり取った。
そして、落ちていた木の実を茎の先端に刺して重りにして、花びらを矢羽とした猛毒の矢を作った。
続いて長い木の枝を拾い、両端に蔦を結ぶ。
弓矢の完成だ。
「ふむ、なかなか良い出来だ」
さらにもう二本の青剣花の茎を折り、花と葉を全て落とし棒状にした。
森は武器の宝庫だ。
俺は大木の枝に飛び乗り、気配を消す。
「来たか。予想通り三人」
黒い服面を被っており、顔は確認できない。
だが間違いなく三級二人、二級一人だ。
歩き方にも実力が表れる。
俺は三人の中で、最も未熟な歩き方をする暗殺者に狙いを定め、矢を放つ。
死を告げるかのように真っ直ぐ飛ぶ矢が、暗殺者の首に突き刺さった。
「ぎゃっ!」
叫び声とともに、痙攣しながらその場に倒れる暗殺者。
残りの二人は身を屈めた。
「しまった!」
「これは! 青剣花の茎!」
「こんなことができるのはヴァンしかない!」
「矢の角度は木の上から狙ってるぞ!」
暗殺者はすぐに行動。
二手に分かれ、その場を離れた。
「セオリー通りだ」
急襲されたら、一箇所にとどまらないのが暗殺者のセオリーだ。
散らばることで攻撃目標を絞らせず、生存率を上げる。
だが俺はすでに木を下り、暗殺者の背後に回っていた。
音を立てず移動し、もう一人の三級暗殺者の背後に立ち、首筋に青剣花の枝を突き刺す。
「ぐっ!」
これで残りは一人だ。
茂みに身を伏せながら相手の気配を探ると、投げナイフが目の前に迫っていた。
とっさに、右手の二本の指で挟み取る。
そして、即座に手を反転させ、掴んでいたナイフの刃先を外に向けた。
その瞬間、刃先に衝撃が走り、甲高い金属音が鳴り響く。
「影ナイフか」
足元に落ちる黒塗りのナイフ。
腕の良い暗殺者はナイフを二本投げる。
通常の投げナイフと黒塗りのナイフだ。
一本目を防いだとしても、二本目は絶対にかわせない。
今のギルドで、この技術を持つ暗殺者は限られている。
「しかもご丁寧に毒塗りか。蛇印草だな」
俺は手に持つナイフを茂みに投げ返した。
響く金属音。
「やるな」
相手もナイフを弾いたようだ。
「来たか」
暗殺者の気配は、すでに手の届く範囲に迫っている。
茂みが大きく揺れると同時に、一気に姿を現した暗殺者。
まるで黒豹のようだ。
右手に握ったナイフを下段から振り上げてきた。
「死ね!」
俺の左上腕を僅かにかすめた毒ナイフ。
袖が裂け、皮膚が切れた。
「切った!」
振り上げていた右手のナイフを、とどめとばかりに振り下ろす暗殺者。
俺は暗殺者の右手首を、右手で掴む。
暗殺者はそれを予想していたかのように、左手のナイフを下段から振り上げてきた。
ナイフの双剣は厄介だ。
しかもこの暗殺者は相当な腕前だった。
俺は即座に後方へ宙返りで退く。
「嘘……でしょう」
そう呟く暗殺者は、その場に立ち尽くす。
「あの一瞬で……。ふふ、やられたわ……」
暗殺者の右肩には一本の茎が刺さっていた。
俺は警戒を解かず、暗殺者へ近づく。
「お前たちの世代では、青剣花の毒は防げまい」
「ぐっ」
その場に片膝をつく暗殺者。
俺は宙返りの直前に、左手に持っていた青剣花の茎を暗殺者の肩に刺していた。
「青剣花の毒が体内に入ると、即座に呼吸困難を引き起こす」
「はあ、はあ、はあ」
「それに、……俺に蛇印草の毒は効かぬと言ったではないか」
その場に、倒れ込む暗殺者。
俺は暗殺者に近寄り、黒い覆面を剥いだ。
「ヴァ、ヴァン……。やっぱり……あなた、凄いのね」
俺の名前を呼び、口から血を流す暗殺者。
「メアリー」
二級暗殺者のメアリーだ。
双艶のメアリーと呼ばれるナイフの達人。
俺は以前メアリーに対し、蛇印草の毒をナイフに塗るように勧めたことがある。
「ほ、本当に……蛇印草の毒が……効かないのね」
「言っただろう?」
「ふふ、古い暗殺者は……厄介ね」
メアリーが震える右手を伸ばす。
「ヴァ……ン。気をつけて……。ギルドの刺客が……行くわ」
口の動きが鈍くなったメアリー。
「ごぼっ。愛……して……る」
瞳を開けたまま死んだメアリー。
俺は右手でそっと瞼を閉じる。
「あんたも運がなかったな」
メアリーの亡骸を抱え、茂みに隠す。
俺は左上腕の傷口を確認。
皮膚が切れて血が流れている。
だが、筋肉までは到達していない。
目の前の木から垂れ下がる蔦を引き抜き、左上腕に巻きつけた。
毒に耐性があるとはいえ、全身に毒が回るのは避けたい。
体の動きが鈍くなる。
そして念のために、解毒作用のある草をもぎ取りエルザの元へ戻った。




