第21話 できる殺し屋
翌朝、エルザの意識は戻っていた。
体調も問題ないようだ。
俺たちは宿で朝食を取り、宿を出発。
宿の主人は俺たちの一つ一つの行動に恐れを抱いている様子。
いや、俺たちではない。
エルザだ。
常にエルザを目で追っており、エルザが恐怖の対象だった。
村の入口に到着すると、待ち構えていた一人の老人。
緊張した面持ちの村長だ。
「風の神様。この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「生贄なんて風習はもうやめなさい」
「はい。今後二度と行いません」
エルザに深々と頭を下げる村長。
「エルザ。フェルリートと先に行け。村長と話がある」
「分かったわ」
「すぐに追いつく。あまり離れるな」
「もちろんよ」
離れた二人を確認し、俺は革袋を取り出した。
「約束の金だ」
「は、はい。母親に渡します」
実は昨夜、宿に村長が訪ねてきた。
フェルリートの今後についてだ。
――
「旅人様。フェルリートはいかがされますでしょうか?」
「連れて行く」
「か、かしこまりました。村にとってもいいやもしれません」
「だが、あの母親だ。無料で引き取れば後の災いになる」
母親を殺してもいいが、それはそれでフェルリートの負担になるはずだ。
「金は明日払う。母親に渡せ」
「は、はい。かしこまりました」
――
村長に金貨を渡した。
「口止め料も入っている。騒ぎになったが、俺たちがここに立ち寄ったことは他言無用だ」
「かしこまりました」
今回母親が受け取るはずだった金額の十倍、金貨二十枚だ。
命の値段なんて分からないが、文句は言わせない。
「あの母親も哀れなんです。あれほどの美貌なのに夫に裏切られ、旅人相手に体を売り、それでも足らず金貨欲しさにフェルリートを生贄に差し出したのです」
「そうか」
普段なら興味はなく、詮索もしない。
だが、フェルリートのことは知っておきたかった。
そして金を払う理由には、真の意図がある。
「フェルリートは俺が買った。母親とは縁を切る。今後一切フェルリートに近づかせるな。血の繋がりで不幸になることもある。娘なんていなかった」
「はい。承知しております」
「大爪熊の素材を売った代金は莫大になる。それもいくらか母親に渡せ」
「かしこまりました」
「約束を守らなければ殺す」
「か、かしこまりました」
村長に忠告し、俺は村を出た。
結局、最後まで姿を現さなかったフェルリートの母親。
それでもフェルリートの表情は、昨日よりも明るい。
「改めて私はエルザ。よろしくね」
「フェルリートと申します。よろしくお願いいたします」
「ねえ、そんな堅苦しい言葉遣いやめてよ」
「いえ、エルザ様もヴァン様も私のご主人様です。一生懸命働きます」
深く頭を下げたフェルリートの表情は、いたって真面目だ。
「お互い子供だ。子供らしい言葉遣いにしたらどうだ?」
「こ、子供ですって? ヴァンさんこそ、おじさんくさい話し方をどうにかしたら?」
「年相応だ」
俺たちの様子を見ていたフェルリートが、小さく笑っていた。
そのフェルリートだが、俺たちと関わったことで標的となるかもしれない。
早めに別れるべきだだろう。
俺はエルザの護衛に加え、十五歳の少女フェルリートも護衛することになった。
俺の不運に拍車がかかったとしか思えないが、不思議と後悔はしていない。
恐らくエルザに影響されているのだろう。
そうでなければ、俺はフェルリートを助ける選択など取らない。
「エルザ、体調はどうだ?」
「もう大丈夫よ。でも、魔力は完全に尽きたわね」
「何もできないのか?」
「ええ。身の回りの風も操れないわ」
これまではエルザの魔術、悪戯な風で荷物を軽くしたり、会話が漏れないようにしていた。
「悪戯な風も使えないのか?」
「そうなのよ。だから私だって荷物を持ってるでしょう?」
荷物を減らせばいいのだが、そこは聞く耳を持たないエルザ。
フェルリートの荷物はリュック一つだけだというのに。
魔術が使えないのであれば、荷物運搬用の驢馬を購入したいが、簡単に標的となる。
徒歩で行くしかない。
だが、峠を下る二人の足取りは軽い。
体力的には問題なさそうだ。
「そろそろ昼飯だ。少し茂みに入って休憩する」
「ヴァン様。薬草を摘んでもいいですか?」
「いいだろう。だが目の届く範囲にいろ」
「はい!」
薬草を摘むフェルリートを眺めていると、エルザが顔を近づけてきた。
「ねえ、ヴァン。フェルリートはどうするの?」
小声で話すエルザ。
悪戯な風が使えないため、フェルリートに聞こえないよう慎重に話している。
「峠を下った先は、この地方で最大の都市だ。働き口くらいあるだろう。それまでは面倒を見る」
「そうなのね。私が無理言ったから……。ヴァン、ありがとう」
珍しくエルザが素直だ。
たが今回の件は、俺もエルザに同意している。
フェルリートの境遇は不幸すぎた。
「でも大丈夫? 私は完全に魔力が尽きたから、あなたの負担が大きくなるでしょう? しかも、あなたのようなおじさんが、美少女二人を連れて歩いていたら怪しまれると思うし」
「不運には慣れている。それに小娘が一人くらい増えたところで変わらん」
「何よ! 美少女よ! 幸運でしょ!」
エルザと言い争いをしていると、フェルリートが両手に薬草を抱えていた。
どれも応急処置に使用できる。
フェルリートは薬草の知識が豊富なようだ。
「昼食の準備をします。ヴァン様、火を起こしてもよろしいですか?」
「まあいいだろう」
フェルリートは集めた木の枝を並べ、器用に火を起こした。
「上手いものだな」
「よくやっていました」
笑顔を見せるフェルリート。
だが、それは常に自分で作っていたということだ。
身についた技術には相応の理由、そして努力がある。
慣れた手つきで料理するフェルリート。
エルザも感心して見ているほどだ。
――
「ヴァン様、エルザ様。食事の用意ができました」
「これは?」
「森鶏のオムレツです。村から卵を持ってきました」
「そうか、さっそく作ってくれたのか」
「はい。ヴァン様に私の得意料理を味わっていただきたくて」
はにかんだ笑みを浮かべるフェルリート。
だが、皿の数が合わない。
「どうして二皿なんだ? 三人いるんだぞ?」
「ヴァン様とエルザ様の分です」
「お前の分は?」
「私は残った材料で適当に済ませます」
フェルリートの言葉を聞いたエルザが立ち上がった。
「何言ってるのよ! あなたの分も作りなさい! 一緒にご飯を食べる! 当たり前でしょう!」
「で、でも、私は……」
「あなたが作るまで、私たちは食べないわ!」
「か、かしこまりました」
エルザが声を張り上げた。
そして、フェルリートの肩に手を乗せる。
「ねえ、聞いてフェルリート。あなたは私たちの召使いじゃないのよ? 旅をする仲間。皆それぞれ得手不得手があるから、各自が得意なことをすればいいの。あなたに何でもさせるわけじゃないのよ?」
「は、はい」
「ヴァンに料理なんてできないもの」
エルザが俺に視線を向ける。
その表情には、少し意地悪さが透けて見えた。
「できるぞ?」
「あなたの料理は虫を焼くことでしょ! 絶対に料理なんてさせないわ!」
「今度ムカデをご馳走しよう」
「やめなさい!」
吹き出すフェルリート。
そして、自分の分のオムレツも作った。
俺たちと全く同じ内容だ。
「フェルリート! これ美味しいわね!」
「ありがとうございます」
「今度レシピを教えて」
「かしこまりました」
「ほら、あなたも食べなさい」
「は、はい」
エルザが美味いというのだから、このオムレツは美味いのだろう。
「あ、あの、ヴァン様、お口に合いますか?」
「ん? ああ、そうだな。美味いぞ」
素直に喜ぶフェルリート。
そして、俺の言葉を聞いたエルザが、笑みを浮かべていた。
「へえ、美味しい……ね。あなた、ちゃんとできるようになったじゃないの。ふふふ」
一人で呟いて笑っている。
「ヴァンが美味しいって相当なことよ。良かったわね、フェルリート」
「はい! ありがとうございます!」
俺に味覚がないことを知っているエルザだが、話を合わせた。
フェルリートを元気づけたいのだろう。
この俺から見てもフェルリートは不幸だと思ったが、まだ十五歳だ。
やり直しはできる。
「フェルリート。次の街でお前の仕事を探す。やりたいことを考えておくんだ」
「……はい」
数日中には街に着く。
そこで仕事を探し幸せになるべきだ。




