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不運の殺し屋は夢を見る  作者: 犬斗
第二章 不遇な聖女

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第18話 真実を伝える殺し屋

 窓の外から音楽が聞こえる。

 笛や太鼓、リュートの音だ。


「祭りが始まったようだな」

「見に行くわよ」


 陽気な音楽が聞こえると、エルザも機嫌を直した様子だ。

 村の中心地にある広場へ向かう。

 大勢の人で賑わっていた。


「エルザ、暗殺には都合の良い状況だ。警戒だけは怠るな」

「分かってるわ」


 広場を囲むように、いくつもの屋台が出てる。

 何の変哲もないよく見るメニューだが、行列までできていた。


「あんなもの、いつでも食べられるだろう?」

「お祭りで食べることが美味しいのよ」

「味が違うのか?」

「そうじゃないわ。お祭りという状況が美味しく感じさせるのよ」

「気分で味が変わるということか?」

「うーん、そうではないんだけど、これは実際に体験しないと分からないわね。いつかあなたに味覚が戻ったら、一緒に行きましょう」


 エルザの言うことが理解できなかった。


 村の伝統衣装を纏うエルザ。

 すれ違う男たちは、皆エルザを見て振り返っていた。

 気配から追跡者ではないだろう。


 広場の中心へ進むと、人だかりが見える。

 警戒しながら近づいてみると、大きな舞台が設置されていた。

 テーブルと椅子が一脚。

 着飾った娘が一人で座っている。


「あれ? あの子、さっきの子よね。とても綺麗! うあー、凄いなあ。いくつなのかな。大人っぽいわね」

「十五歳だ」

「え? なぜ分かるの?」

「あの役目は十五歳と決まっている」


 娘は伝統衣装で着飾り、首や腕に宝飾品をつけている。

 娘の目の前のテーブルには、豪勢な食事が並んでいた。


「あの子は何するの?」

「秋の豊作を祈る。この村の特産は山で収穫できる山菜やキノコだ。秋の収穫は、今の時期の天候に左右される。そのための祭りだ」

「へえ。じゃあ、あの綺麗な子が天候を祈るのね。巫女なのかな?」

「巫女か……」


 巫女だったら良いが、実際は違う。

 俺はエルザの耳元に顔を近づける。


「生贄だ」


 小声で真実を伝えた。


「え?」

「祭りが終わると、山の洞窟へ連れて行かれる。娘にとっては、あれが人生最後の食事だ」

「何言ってるの?」

「だが、あの食事は娘のためじゃない。生贄としての役目だ。味が良くなるのだろう」

「ちょ、ちょっと」

「だから生贄だと言ってるだろう?」

「生贄ですって!」

「大きな声を出すな」


 俺はエルザを連れて、広場の中心から離れた。


「この山に住むモンスターが娘ごと喰らう。この村はそのモンスターを神と呼んでいる」

「モンスターが神? そんな馬鹿な!」

「地方には長年の風習として未だに残っていることがある」

「や、やめさせましょう! そんなことで天候なんて変わるわけないわ!」

「無理だ。それこそ村人全員を敵に回す。お前に村人を殺せるか?」

「そ、それは……」

「この村では、娘の命より伝統や風習の方が重いということだ」

「ねえ、助けましょうよ」

「旅人にとって、この祭りの真の意味なんて関係ない。それに生贄のことはほとんど知られておらず、部外者が口を挟むことではない」


 広場の中心に視線を向けるエルザ。

 人だかりで見えないが、娘は最後の食事を取っているはずだ。


「この村に生まれたあの娘の運命だ」

「生贄になることが運命? 死ぬことが運命って言うの?」

「そうだ。それに、この生贄に選ばれるのは貧困な家だ。金が払われることで家も助かる」


 エルザが両手を握りしめ、肩を震わせている。


「運命ですって! 許さない! 助ける!」

「無理だと言っただろう」

「助けるわ!」

「助けてどうなる。あの娘は役目を全うできず、この村では生きていけないことになる。家族もそうだ。迫害されるぞ」

「だ、だからといって、死ぬことが決められた運命なんて馬鹿げてるわ! 運命なんて変えられるのよ!」


 エルザは運命という言葉に敏感だった。

 俺にかけられていた血の誓約を解いた時もそうだ。

 聖女に選ばれてたことで、何か感じるものがあるのだろうか。


 ひとまずエルザと宿へ戻った。

 俺はソファーに座り、瞳を閉じ仮眠を取る。

 祭りの音楽が止まり、月が頭上へ来る頃、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「やはり来たか」


 廊下に立っているエルザ。


「お願いヴァン。止めたいの」

「俺はお前に背くことができない。しかし、その後のことはどうするんだ。その場の感情だけでは誰も納得しないぞ」

「分からない。でも、今動かないと後悔することだけは分かるわ」

「ちっ、無計画か」

「お願いよ」

「分かった」


 エルザの願いは俺にとっての命令だ。

 やるしかない。


 俺たちは宿を出て、広場へ向かった。

 祭りが終わったことで人はおらず、舞台の上にはテーブルと椅子しかない。

 明日片づけるのだろう。


 俺は痕跡を辿る。


「この足あとだ」


 娘が履いていた衣装の足あとを追跡。

 娘の回りを四人の大人が歩いていることも分かった。


 村を出て、鬱蒼とした森に入る。


「いたぞ。あれだ」


 白装束の大人四人に囲まれ、娘が洞窟へ入った。


「エルザはここに残れ」

「え? どうして?」

「モンスターが来る。足手まといだ」

「わ、分かったわ。気をつけてよ、不運の殺し屋さん」


 俺は気配を消し、洞窟内へ進み後を追う。

 天井は人の二倍ほどで、横幅も同じくらいある。

 真っ直ぐに進む洞窟は、人の手で掘られたものだろう。


「なあ、生贄にされるなら、その前にやりてえんだけど」

「そうだな。村一番の美人だ。いや、都会にもいねえほどの上玉だ。生贄なんてもったいねえ」

「馬鹿なことを言うな!」

「お前も本当はやりてえだろ。フェルリートのこと好きだって言ってたじゃねえか」

「やっちまおうぜ! フェルリートだって喜ぶはずだ。男の味を知って死ぬんだ」

「どうせ、モンスターが喰っちまうしな」

「そ、そう言われれば、そうだな……」


 これが人間の本性だ。

 だから俺は人間に関わりたくない。


 一人の男が錫杖を地面に放り投げ、娘の手を掴んだ。

 当然娘も男たちの話は聞いており、暴れて抵抗している。


「いや!」

「叫んでも無駄だ。誰も来ないし、どうせ死ぬ」

「やめて!」

「うるせえ!」


 男が娘の頬に平手打ちする。

 洞窟内に三回音が響くと、娘は大人しくなった。


「へへへ、やっちまおうぜ!」

「まじで美人だよな」

「もったいねえ」

「死ぬまでやっても分かんねえだろ」


 エルザが見たら激昂するだろう。

 俺もなぜか少しだけ気分が悪い。

 他人がどうなろうと関係ないはずなのだが。


「エルザに影響された? 俺が? 馬鹿な」


 男が放り投げた錫杖を拾う。

 そして、男たちの背後に立った。

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