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不運の殺し屋は夢を見る  作者: 犬斗
第一章 不運の殺し屋
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第1話 不運の殺し屋

「今日は風が気持ち良いな」


 大きな窓から優しい光が差し込み、爽やかな風がカーテンを揺らす。

 清々しい朝だ。

 部屋を見渡すと、繊細な装飾が施された高級な机が一台。

 棚には見るからに高価な調度品が並んでおり、大きな鉢に植えられた観葉植物が見事に育っていた。


「ふむ、立派な葉だ」


 そして部屋の中心には、床に頭を擦りながら命乞いする太った中年の男が一人。


「ま、待て! 助けてくれ! 金ならやるから!」

「いらん。仕事だ」

「こ、殺し屋か? も、もしかして暗殺者ギルドか? ささ、三倍! い、いや五倍出す! 頼む! 助けてくれ!」


 いつものことだが、この状況で助けてもらえると思っているのだろうか?

 俺は観葉植物の葉を一枚もぎ取った。


「違うんだ! これには事情が! 聞いてくれ!」

「俺は詮索しない。ただ仕事をするだけだ」

「た、助けてくれ! 十倍出す! ひゃ、百倍だ!」


 俺は命乞いを無視し、手に持つ観葉植物の大きな葉で、目の前の男の喉を切り裂いた。


「あんたも運がなかったな」


 吹き出す鮮血。

 慣れた手つきでいつものように殺し、返り血すら浴びずにその場を後にした。


 ――


 仕事を終えた足で、そのまま街の食堂へ行く。

 美味いと評判の店だ。


「暗殺者のパスタを頼む」

「はいよ!」


 しばらく待つも、一向に出てこない。

 俺の後に来た客には、続々と料理が提供されている。


 店員を呼ぶ。


「先程注文したのだが?」

「え? そ、そうでしたか! 申し訳ない! 何を注文されましたっけ?」


 再度注文を伝えると、ようやく料理が運ばれてきた。


「お客さん、申し訳ない。お詫びにビールを一杯サービスさせてもらったよ」


 注文を忘れられるなんて、俺にとってはよくあることだ。

 いちいち気にしない。

 黙々と料理を食べる。


「お、お客さん!」


 さっきの店員が走ってきた。


「お客さん! 申し訳ない! それ新人が作ったんだが、間違えて砂糖を入れてしまったんだ! 重ね重ね本当に申し訳ない!」

「そうか。気づかなかった」

「え? 気づかない? あ、あの量の砂糖を? ま、まあいいんだ。お代はいらんから。本当にすまなかった!」


 俺には味覚がないため、どんなに不味かろうが関係ない。

 食事をすることに喜びはなく、ただ生きるために食べるだけだ。


 食事を終え、街の裏路地へ入る。

 水路に入る階段を下り、迷路のような下水道を通り抜け、地下道を進む。


 蝋燭の炎が揺らめく地下道を歩くと、壁に寄りかかって座る浮浪者の姿が見えた。

 俺は無言で浮浪者に赤いコインを渡す。


「どうぞ」


 浮浪者が立ち上がると、背後の壁がゆっくりと開いた。

 ここは悪名高き暗殺者ギルドの本部だ。


 細い廊下を進むと、地下とは思えない広さのロビーに出た。

 談笑していた連中は、俺の姿を見た瞬間会話を止め、視線で俺を追っている。

 全員がギルド所属の暗殺者だ。


「あら、ヴァンじゃない」


 静寂を破るかのように、一人の女が近づいてきた。


「メアリーか」

「あなたが来ると皆緊張するのよ」

「なぜだ?」

「あなたに憧れてるからよ」

「つまらん冗談はよせ」


 声をかけてきたのは、二十代の女暗殺者メアリー。

 若手のホープと言われている。


 暗殺者ギルドには一級から五級まで階級があり、一級を頂点とし、下級へ行くほど人数が多い。

 五級や四級の仕事は、諜報活動や上級のサポートがメインだ。

 三級を超えると殺しの依頼が解禁される。


 メアリーは二級暗殺者だ。

 妖艶と言われる容姿を持ち、メアリー指名の依頼も多いと聞く。

 依頼者は邪な気持ちを持ってメアリーに近づいているかもしれないが、所詮は暗殺者。

 猛獣の檻に自ら入るようなものだ。

 俺には理解できない。


「ヴァン、これから仕事?」

「帰りだ」

「そうなのね! じゃあ、今晩どう? 家に来なさいよ。あなたでも美味しいと思う料理を作るから」


 メアリーが肩に手を乗せてきた。


「女に興味はない」

「あなたの身体のことは知ってるわ」

「やめておけ。おぞましいぞ」

「それでもあなたがいいのよ」

「俺は人間が嫌いだ」


 俺はメアリーの手を掴み、肩からどかす。


「貴様は男に好かれているのだろう? そういう男を相手にしろ」

「ねえ、今度私にサポートさせてよ。役に立つわよ」

「人の話を聞かない女だ」


 俺は小さく溜め息をつく。

 メアリーとはいつも会話にならない。


「サポートなぞいらん。失せろ」

「もう! でも、いつか振り向かせるわ。私はね、欲しいものは全て手に入れてきたのよ」

「残念だったな。初めての失敗だ」


 悔しそうな表情を浮かべるメアリーを置き去り、いくつもの部屋が並ぶ廊下へ進む。

 その中の一室へ入った。

 暗殺者ギルドには、仕事を割り振る仲介人という役職がある。

 この部屋は仲介人リヒターの個室だ。


「ヴァン! もう終わったのか?」


 人の良さそうな優しい笑顔を浮かべているが、この男は元殺し屋だ。

 仕事で失敗して腕を一本失い、仲介人になったと聞いた。

 リヒターの年齢は三十代で、俺の後輩にあたる。

 だが俺は、仲介人としての姿しか知らない。


「今回も早かったな」

「簡単な仕事だった」

「簡単ってことはないだろう。全く……これだから凄腕は嫌だね。ほら、今回の報酬だ」


 リヒターから金貨二枚を受け取った。


「じゃあ、次はこれを頼まれてくれないか?」

「おいおい。いくらなんでも依頼が多すぎないか?」

「今の王国は情勢が不安定なんだよ。そういう時は殺しの依頼が増える」

「まあいい。俺にはこれしかないからな」

「寂しい人生だな。お前もう三十五歳だろ。趣味はないのか?」

「別にいらん」


 人には言えないが、俺は美味いと評判の食堂へ行くことが唯一の趣味だった。

 もしかしたら、味を感じることができるかもしれないという願いもある。


「これが依頼書だ」


 リヒターから一枚の書類を受け取った。

 視線を落とし、内容を確認する。


「娼館?」

「そうだ。客から金を搾り取ってるそうだ」

「よくある話じゃないか?」

「やり口がまずい。マフィアを怒らせた」

「俺は詮索しない。調査局が受けた案件なら問題ない」

「相変わらずだな。ターゲットは二人。オーナーの老婆と若い娼婦だ。報酬は金貨四枚」

「分かった」


 俺は書類の全てに目を通し、篝火に放り込む。

 一瞬で燃え上がり、灰になった書類。


「おいおい、もう全部覚えたのかよ」

「こんなもの覚えるうちに入らん」


 焦げついた臭いを感じながら、部屋の扉に手をかけた。


「じゃあ頼んだぞ。不運の殺し屋ヴァン」

新作となります。

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