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翠の通仙青春譚  作者: kae「王子が空気読まなすぎる」発売中
最終章 金色の剣

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第33話 見物人たち

 パチ パチ パチ パチ


 俊華(しゅんか)窮奇(きゅうき)を斬って捨てた瞬間、周りからまばらな拍手が聞こえてきた。

 しかも数人分。

 

 住人は全て避難していて、この辺りにはもういないはず。今まで誰の気配もしなかったのに、一体誰が拍手をしているのか。


 辺りを見渡してその音の正体を探すと、一軒の民家の屋根の上に意外な人物を見つけた。


青海(せいかい)先生!」

「おう! お前ら頑張ったな。良い連携だった。思わず見入っていたぜ」

「いつからいたんですか!!」


 梓翔(ししょう)が少し怒り気味に言うと、青海先生が全く悪びれなく、「わりぃ、わりぃ」と言った。

 あれ。よく見たら、冬雲(とううん)様もいる!? 他にもいる何人かの人達、もしかして仙人様!? 皆黙って、私たちが窮奇(きゅうき)と戦うところを見ていたの!?


「妖怪の気配を感じて駆け付けたら、お前さん達が工夫して上手いこと戦って、住人の避難もさせていたからな。先に駆け付けた仙人がいたら、後から来た仙人は、危機でもなければ手を出さないものだ。俺がここに着いた時にはもう、既に何人かの仙人が様子を見守ってたぜ?」

「私たちは仙人ではなくて、まだ学生の道士ですが……」

「蒼蘭は天仙である人虎だろ? それに他の奴らも仙具を持っているし、仙気も使えた。立派に戦えるって、認められたってことだろ。喜べ」


 そう言われると嬉しい気もする。

しかし妖怪から住民を助けながら戦わなければならないというあのプレッシャーを考えると、早く来てくれと待ち望んていた仙人たちが、とっくに来ていて見学していたのかと思うと複雑な心境だ。


 青海先生は軽やかに屋根から飛び降りると、私たちの側に近づいてきた。


「おい、俊華」

「は、はい……」


 先ほどまでの自信はどこへ行ったのか。

 青海先生に呼ばれた俊華は、自信なさげに俯いてしまう。

 その俊華の頭に、青海先生の逞しい手が置かれた。

 


「ちったー、マシな目になったな、坊主。服装も、こっちのほうが似合ってるんじゃねーか?」


 青海先生の言葉に、俊華が弾かれたように顔を上げた。

 今の俊華の服装は、先ほど冬雲様のお店で購入した、白い袍と黒い袴にいぶし銀の刺繍が入った、男物の服装だった。


「……覚えていてくださったのですか、青海様」

「まあ忘れないわな。あれだけ根性のある坊主も珍しいから」


 グリグリと俊華の頭をかき回す青海先生。

 きっと食事処で俊華が話していた、子どもの時に青海先生が妖怪から助けてくれた話をしているのだろう。


「少しはましになったとはいえ、一度失った信用を取り戻すのは、普通の何十倍も大変なことだぞ」

「……はい」

「言っておくが、まだ当分、俺はお前に免状をやるつもりはないからな」

「はい! 何回でも、何年でも、先生の授業を受け続けます!」




*****




 初めての妖怪との戦いを終えて、私たちはへとへとに疲れながら大学へと戻ってきた。

 「気」を使って戦うことが、これほど消耗するとは思わなかった。

 呪いが解かれて夜眠れるようになって以降、疲れた表情など見せた事もない蒼蘭すら、少し辛そうにしていたくらいだ。


 大学の構内に入ると、なぜだか広場に人だかりができていた。

 よく見てみると、大学の門をくぐってすぐのところにある桃の木の下にいる誰かのことを、大勢の生徒たちが取り囲んでいるようだった。


「……翠。削氷(さくひょう)様が来ているぞ」


 背の高い梓翔が背伸びをして、人だかりの中心にいる人物を見て報告してくれた。


「え! 削氷様が!?」

 驚いて一瞬にして、疲れなど吹き飛ぶ。なぜ一国の宰相である削氷様が、大学の構内にいるのか。

 心当たりは一つしかない。


「削氷様って誰?」

「この国の宰相(さいしょう)様」

「えええ!」


 私が問いに答えると、俊華がその顔を驚きに染めた。

 以前は演技めいた表情しか見せなかった俊華が、今日たったの一日一緒に行動しただけで、実は意外と表情豊かであることを知った。


「宰相様がなぜ大学に? 視察かなにかか? いやそれよりも、どうして梓翔と翠が、宰相様のことを知っている様子……」


 言葉が途中で途切れたのは、宰相である削氷様その人が、私たちの方へと向かって歩いてきていることが分かったからだろう。


 削氷様は落ち着いた深緑色のどこにでもある袍衫(ほうさん)を着ていた。

外見の若さも相まって、それだけを見たら下っ端官吏のようだけれど、今日は頭に幞頭(ぼくとう)を被り、しっかりと髪を纏めていたため、ただ者でない雰囲気を醸し出している。


「翠玲!」


 削氷様が、私を呼ぶ。本名の女性名で。


「……はい」

「例の調査が終わりました。……お待たせして申し訳ありませんでした。後で正式に張り出して告知しますが……まずはこれまで女性の受験者を、毎年落としていた者達が分かりました。大学の事務方の、仙人でもない人間がほとんどですね。以前の女子寮が古くなったので取り壊した時、たまたま女性の受験者がいない年が続き、新しい建物を建てることが遅れたことをきっかけに、それ以降も寮がないことを言い訳に女性の受験者を落としていた者達がいた」

「……そうなんですか」


 そんなに簡単なことで、私は三年間も苦しんだのか。そして一体何人の人生が変わってしまったのだろうか。


「大学の事務方の中には、何年も大学受験に挑戦して、挫折した者も多い。その僻み妬みも、あったようです。その者達は、即大学職員の職を辞めさせます。もちろん次の職の紹介状も書かない。国中の役所に彼らの名前と行いを知らせます」

「はい」


 その処分が厳しいとは全く思わない。生ぬるいくらいだと思った。

 落とされた女性の中には、強い志を持つ者もきっといただろう。

 役人になって故郷の人たちを助けたいと思った私や、国中の妖怪を退治したいと願う俊華のように。

 だから全く、この処分は厳しくない。


「事務方の管理をしている仙人と、大学の学長をしている仙人は、仙籍はく奪します。さすがに監理不行き届きですね。もう十年以上も女生徒が受からないことに、おかしいと思わないはずはないでしょう。ただ問題から目を逸らしていただけだ」

「……」


 直接女性の受験生を落とした本人ではない学長や事務方の人を処分するのは少し可哀そうだと思いかけていたけれど、削氷様の「おかしいと思わないはずはない」という言葉に、妙に納得してしまった。

 まさしくその通りだ。どこかおかしいと知りながら、面倒ごとが嫌できっとろくに調査をしなかったのだろう。


「この十年ほどで、合格圏内だったにも関わらず大学の入試試験に落ちた女性は二十人ほどいました。これからその二十人に声を掛けていく予定です。希望があれば来年度から改めて、サポートをしながら入学してもらうことにします。……既に何人かに声を掛けつつありますが、大学入学という夢を捨てて、新たな道を歩み始めている者がほとんどでしたね」


 それはそうだろう。人間にとって、十年とはそれだけ長い年月なのだ。


「でも何人かは、きっと入学してくれることでしょう。それと翠玲」

「はい」

「あなたに関しては、本日。入学の頃からさかのぼって、女性としての大学への入学を正式に許可します。宰相削氷の名の元に。女子寮も用意しました。今日からそちらで暮らしてください」

「ありがとうございます」


 

 ――なんだって! 翠が女性だと!!

 ――信じられない!!



 周囲の生徒の驚きの声が伝わってくる。

 本当にこの人たちは、勉強に夢中で一年近くも、私が女性であることに気が付かなかったらしい。

 なんだか笑えてきてしまった。






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