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第19話 良薬口に苦し

「うわーお。派手にやったねぇ」


 医務室のドアを梓翔が開くと、「木」の授業でお世話になった仙医さんが、開口一番にそう言った。


「一体どうしたの。……いや(すい)は言わなくて良い! 口も切れているし。まだしっかり押さえてて。付き添いの梓翔(ししょう)蒼蘭(そうらん)、なにこれ?」

「演舞の授業の途中で、人にぶつかって吹っ飛んだ」

「なるほど、武術系の授業か。相当勢いよくやったみたいだねぇ」


 そう言うと仙医さんは、医務室の奥の方、小さな引き出しの沢山ついた木の棚――薬棚のうち、一つの引き出しを開け、大きな丸薬を一つ持って帰ってきた。


「これは重症の時に使う仙薬だけどね。鼻の骨も折れてそうだし、顔がさすがに悲惨だから、呑みなよ」

「……いいんですか」

「うん、どうぞー。煎じてからいつまでもとっておけるものでもないしね」

「はりはとうございます」


 桃の種よりも二回りも大きな黒い仙薬を受け取り、口に入れる。

 口を開けるにもとてつもなく痛いので、苦労した。

 丸薬を噛もうとして、前歯が何本かないことに気が付いた。


「にっが!」


 口いっぱいに広がる、この世の物とは思えない苦さに顔を歪め、そして痛さにまた唸る。


「ははは。苦いだろう。一思いに、一気にかみ砕いて呑むのが一番マシらしいよ」

「……ふぁい」


 涙目になりながらも、なんとか飲み込んだ。

 すると緩やかに、穏やかにではあるが、徐々に痛みが引いていくような気がしてきた。


「うん、効いてそうだね。丸一日も経てば、歯も生えてくると思うよ」

「本当ですか!? ありがとうございます」


 ――よかった。一瞬前歯はもう諦めなければならないかと思った。


 一安心したその時。


 バンッ!


 派手な音と共に、医務室の扉が開いた。


「翠! 大丈夫だった!?」

「……俊華」


 友人たちを引き連れてきた俊華だった。

心がズシリと重くなる。今はこの顔を見たくない気分だった。

 そんな私の思惑とは裏腹に、俊華はずかずかと近寄って、無遠慮に顔を覗き込んできた。


「あ、よかった。思ったより大丈夫そうだね、翠」

「本当だな。思ったより怪我が軽そうだ」

「大げさに吹っ飛んで、騒がせるなよ。おかげで俊華が青海先生に注意されたじゃねーか」

「このくらいの怪我、大丈夫、大丈夫」


 大丈夫、軽い軽いと頷きあう俊華とその友人たち。さすがにこれには怒りが湧いてくる。

 丸薬を呑んで少しマシになったというだけで、先ほどまで鼻血は止まらないわ、どんどん顔が腫れていくはで大変だったと言うのに。


「なんなんだい、君たち。医務室で騒がしくしないでくれ。この子には今、仙薬を飲ませたからマシになったんだよ。全然大丈夫じゃない。さっきまで大変だったんだ」


 仙医さんが注意してくれたものの。


 もう駄目だとおもった。

――俊華と組むことは、もう出来ない。


 とても残念だけど、これ以上どうやっても一緒にやっていける気がしない。

 青海先生に、組む相手を変更してもらえないか頼もう。

 もしも変更できないのなら、私はリタイアして、今年度の武術の免状を諦めることも仕方ない。


 私が途中で脱落したら、俊華は青海先生と組めることだろう。

 余れば青海先生と組めたかもしれないと聞いた時、俊華がとても悔しそうな表情をしていたことを、私は知っていた。


「あのさ、俊華……」


 もう君とは組めない。そう言おうとした時だった。


「俊華。これからは翠とではなくて、俺と組んでくれ」


 先に言われた言葉に驚いて、付き添いにきてくれていた蒼蘭の顔を見上げる。


「実力が釣り合っていないと、今回のように危険だろう。翠は梓翔と組めばいい」


 そう言う顔はいつものように無表情で、蒼蘭の気持ちは分からなかった。


「えー、蒼蘭とかぁ。確かに生徒で僕の実力とつり合いがとれるとしたら、蒼蘭くらいだろうけれど。うーん、どうしようかな」

「頼む」


 頭を下げる蒼蘭に気をよくしたのか、俊華がその美しい唇の口角をニンマリと上げた。


「うん、わかった。良いよ」

「少し出遅れているからな。早速打ち合わせしよう。授業に戻るぞ」

「はあい」


 そう言うと蒼蘭と俊華は、私のことなど振り返りもせずに、医務室を出て行ってしまった。





「……」

「……」

「……」


 俊華の友人――いや、「取り巻き」達も慌てて二人の後を追い、医務室には私と梓翔と、元からいた仙医だけが残された。


「……とりあえず、翠君。そこの寝台で横になって休んでなさい。丸薬も一瞬で怪我を治してくれるわけではないから」

「はい、ありがとうございます」


 顔しか怪我をしていないのに、なぜか全身が鉛のように重い。信じられないくらい怠くなってきていたので、ありがたく横にならせてもらった。


「梓翔は先に授業に戻ってくれてていいよ」

「相方がここにいるんだから、一人で戻っても仕方がないだろう」

「……梓翔は僕と組むのでいいの?」

「当然だろ。言っておくが、俺の武術の実力だって、翠と大して変わらんぞ。というか、武術未経験のやつらは皆似たり寄ったりだ。翠なんてまだ運動神経が良い方だ。なんというか、野生動物みたいにすばしっこいというか」

「ああ、確かに。物心ついた頃から、山を走り回ってたからなー」



 梓翔のその言葉が嬉しかった。

 勉強ばかりしていたから。一人だけ女性だから。私はお荷物で、落ちこぼれ。そんな気分になって、落ち込んでいたから。

 俊華やその取り巻き、そしてその他にもバカにしたように笑ってきた生徒達のせいでズタボロだった自尊心が、少しだけ回復する。



「蒼蘭に気を遣わせてしまったね……」


 蒼蘭が本心で実力のある俊華と組みたがったとは思わない。

 だって梓翔と組むと決まった時、どことなく嬉しそうにしていたから。


 そうは思うけれど、心のどこかでもしかしたら、蒼蘭に呆れられてしまったかもしれないなと思った。






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