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第13話 自ら個性を潰す

 「木」の授業、桃の木提出の日、教室は明らかに生徒の人数が減っていて、少し閑散としていた。


 途中で「木」の授業を諦めて脱落した者が沢山いたのだ。

 ……そして、授業だけでなく、体調を崩して大学自体を辞めて去って行ってしまった人も、十数人いるらしいとの噂だった。


 思い起こせば「木」の授業の初日、顔ぶれのほとんどは新入生だった。

 他の授業には何年も挑戦しているような上級生が半分以上いたりするものだけれど、「木」の授業には上級生がほとんどいない。

 必修授業だから、皆初年度に履修済みなのかと思ったものだけど。


 どうやら脱落者が、そのまま大学自体を辞めてしまうほど過酷な授業だったということらしい。

 

 ――比較的楽そうな授業だなんて、とんでもなかったわ。


 冗談抜きに、命の危機を感じたのだ。

 今年度受けた授業の中で、一番大変な授業だったかもしれない。



「ほう。今年度は残った人数が多いな」


 随分寂しくなったというのに、教室を見渡した先生がそんなことを言う。


「それでは桃の木を、よく見えるように机の上に出したまえ」


 先生の言葉に、生徒たちが足元に置いてあった木を、机の上に乗せて見えやすくする。


「今年は個性的な木が何本もある。素晴らしい」


 先生のその言葉に、心臓がドキリとしてしまう。

 素晴らしいとは、言葉通り褒めているのだろうか。それとも皮肉で言っているのか……。


「毎年手本の木を見せると、皆その手本そっくりの木を持ってくる。最初の授業でも言ったけれど、あくまでこの大きさ、この色の木が『多い』というだけで、そうでなければ失格だなんて誰も言っていないのだがね。別にお手本の木に近いかどうかは、審査には何の関係もない」


 その言葉に、教室中がざわめく。

 皆、お手本の木に近ければ近いほど点数が良いと思い込んでいたのだ。


「そこの君。その木は何か塗ってあるな? あと後列の左から三番目と五番目。そんなに仙気不足でヒョロヒョロだったら、合格はあげられない」

「なんでですか! わざとこの大きさになるように調整したのに……」

「そんなに元気のない木で合格できると、本当に思うのかい?」

「……」


 先生に指された生徒が、ガックリと項垂れる。


「それとそこの君と、そこの……そう。葉っぱが一枚もない君。失格だ。今すぐ医務室へ行きなさい」


 ガタ ガタ     ガタ



 言われた数人が、怠そうな動作で席を立ち、足を引きずるようにしてゆっくりと教室を出て行った。

 教室を出て行く生徒の中には、食堂で忠告して逆に怒られた飛宇の姿もあって、心が痛む。



 失格者が全員教室の外へと出て行ったのを確認してから、先生が再び口を開いた。


「おめでとう。今この教室にいる諸君は、全員合格だ。「木」の授業の免状をあげよう」

「本当ですか!」


 教室中に喜びの声が広がる。

 まだ年度途中。

今年入学した私達にとって、記念すべき一個目の免状だった。

 嬉しさよりも、ホッとしてしまう。



「さて。もう感じているだろうが、この桃の木に仙気を通すと、仙気を通じて木と持ち主が同調する。木は枝が茶色くて、葉っぱが緑で、持ち運べる大きさになることが確かに多い。そんな木を育てた者達は、きっと優秀な仙人になることだろう」


「よし!」 「やったー」


先生のその言葉を聞いて、何人かが静かに喜びの声を上げる。



「しかし今年は気が付いた生徒もいるようだが、そんなお手本の木から外れて、規格外の大きさ、色、質の木が育つ者も、毎年必ずいる。三割から四割はいるはずだ。だけどなぜか判定の日に、個性的な木を持ってくる者は、毎年ごくわずかだ」


 先生が「規格外の大きさ」と言った時、教室中の視線が私の木に集まったのを感じる。

 少し照れるけれど、恥ずかしいとはもう思わない。


「そんな規格外の木を育てる者は、規格外の活躍ができる仙人になることができるだろう。何か飛び抜けた才能がある、専門家ということだ。優秀な仙人も、専門的な仙人も、官吏には両方が必要だ」

「専門家……」


 その言葉にようやく安心する。

 合格と言われた時よりも嬉しかった。

 だけどどうしても気になることが一つあった。


「先生! あの……」


 普段はできるだけ目立たないようにしているけれど、どうしても聞いておきたいことがあって、手を上げる。


「ふむ、なんだい? 大きな木の君」

「専門家の仙人も必要だと言うのなら、なぜ毎年個性的な木を育てる者が、大勢脱落していくのを、黙って見ているのでしょうか」


 先生を責めているような言い方になっていないだろうか。

 少し不安になるけれど、だけど聞かずにはいられなかった。



「良い質問だ。個性的な者はね、この授業で潰れなくても、どうせどこかで潰れてしまいがちなんだ。個性を潰した仙人は、普通の仙人よりも能力が著しく下がる。……個性は誰かに潰されることもあるが、自分で潰すこともある。この授業で脱落してしまう生徒たちのようにね」

「個性を自分で潰す……」


 正に私がやったことだ。心当たりがありすぎる。

 大きく育った木の枝を、正に私自身が、切り落としていた。


「これから大学を卒業して仙人になると、官吏として百年は勤めることになるだろう。そしてその官吏たちの働きが、国中の人間たちの生活を支えることになる。官吏の失敗は、その仙人だけの失敗にはならない。国民全員の危機に繋がってしまう。地方の官吏が失敗を隠せばその地方全体が衰退するし、行政機関の官吏が病むと、その行政が機能しなくなる」


 そこで先生は言葉を切った。


「だからこの授業で潰れるくらいの生徒ならば、潰れて普通の人間界で生活した方がよほど幸せになれるんだ。大学に入学した実績だけでも、人間界では高職につけるからな」


 先生からの質問の答えは、思っていたよりも残酷だった。


「では先生! なぜ生徒同士で、教え合っても良いことになっているんですか? 早めに個性を潰したいのであれば、相談を禁じた方がいいのでは」

「潰したいわけじゃない。専門家は必要なんだ。いつの時代でも、どうしても、絶対にね。だけど官吏になった後から潰れたり、潰したことを隠されては困るということなんだ」


 半ばむきになって質問を重ねる私に、先生は迷惑がらずに、むしろ嬉しそうに微笑みかけてくれた。


「しかしこの競争の激しい大学で、ライバル同士で教え合って、支え合って、秘密に気が付いて乗り越えた者なら。また誰かの忠告に耳を傾けて、己を顧みることができるのなら――そんな人物ならこれからも、色んなことを乗り越えて、潰れずに育っていってくれるだろう。私はそう信じているんだ」






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