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第10話 夜中に虎を抱く

 寮の部屋に戻ると同時に、寝台に横になる。

 実は仙医さんに気が付かれないように隠していたけれど、先ほどから寒気がしていて、もう限界だった。

 着替えるのも億劫なので、着替えずにそのまま横になって目を閉じた。


「翠。もう寝るのか」

「んー……」


 今日は自習をせず、私を寮の部屋まで送ってれた蒼蘭(そうらん)に、返事をするのも怠かった。


「俺は少し出てくるから、ゆっくり寝て休んでいろ」


 蒼蘭がそう声を掛けてくれたのは分かったけど、もう体が半分寝てしまっていて、応えることはできなかった。




 目が覚めた時は、外は真っ暗だった。どうやら深夜のようだ。

 体の芯から凍ってしまったように、恐ろしいほど寒かった。

 熱があるのかもしれない。体中がガタガタと震える。

 一度目が覚めてしまったら、もう眠れる気がしなかった。



 蒼蘭の寝台の方を見てみる。

 当然だけど蒼蘭は、既に部屋に帰って来ていた。

 虎の姿になって、寝台の上でスヤスヤと寝ている。


 ――毛皮、あったかそうだな。


 蒼蘭は夜中に虎の姿になって寝ることで、人の姿とのバランスをとっている。

 たまーに蒼蘭がよく寝ている時を見計らって、虎の毛皮を隠れて撫でているけれど、人の体温よりも暖かくて、とっても気持ちがいいのだ。


 重い体を持ち上げて、恐る恐る虎姿の蒼蘭に近づく。

 深く眠っているようだ。


 ――蒼蘭ゴメン! 今夜だけ……。


 そーっと、寝台に乗り込んで、虎に体をピタリとくっつける。


 ――暖かい。


 冷えた身体に、蒼蘭の体温が染みてくる。

 泣きたくなるほど、暖かかった。

 できるだけくっついて、虎の体温を感じる。


 暖かさだけでなく、仙気まで少し回復していくような気がした。

 寒さにガタガタ震えていた体が、徐々に落ち着いてくる。

 特に凍るような手の先、足の先を毛皮にあてると、なんとか感覚が戻ってきた。


 暖かさが広がるにつれて、再び眠気が訪れてきた――。






 朝、目が覚めると、自分の寝台の上にいた。

 昨夜はあれから何度も、目が覚めたりウトウトしたりを繰り返していた。

 だから虎姿の蒼蘭が、私に途中で気が付いていただろうに、早朝までくっつかせてくれて、体を温めてくれていたこと。そして朝陽が昇ってきたら人姿になって、私の寝台に運んでくれたことを朧気に覚えていた。


 ――昨夜よりは回復しているけれど、まだ体中が怠い。



「起きたか、翠。体調はどうだ?」

「……少し怠いけど、昨夜よりは大分いいよ。……ありがとう、蒼蘭」

「ああ」



 もう分かっていた。こんな体調では、とても今日の授業は受けられない。

 他の授業にも支障が出ているのだから、不調の原因の授業を、ギブアップするべきだ。


 悔しさで、目じりに涙が滲む。だけどグッと泣くのを我慢した。


 仙気の授業は、必ず取らなければならない必修科目だ。

 一年目からこの調子では、果たして本当に仙人になることなんて、できるんだろうか。



「じゃあ、頑張って起きろ」

「へ?」


 てっきり昨日のように、ゆっくり寝て休んでいろと言うだろうと思っていた蒼蘭が、起きろと言う。


「あー、蒼蘭。今日はさすがに休もうと思う。後で医務室に行くから……」


 「医務室へ行く」と伝えることで、蒼蘭に、私がギブアップするつもりなことを伝えたつもりだった。



「いいから少しだけ頑張って起きろ」


 だけど蒼蘭は、譲らなかった。


「昨日あれから色んな生徒に聞き込みに行った。単位を既にとっている上級生はカンニングになるからと言って口止めされていたようだが、同じ授業を履修中の生徒たちは相談しても良いらしく、色々話してくれた」

「え、聞き込みって、蒼蘭が?」



 常に一匹狼で、部屋の外では誰かと話しているところなど見たことのない蒼蘭が、聞き込みに行ったって?

 色々話してくれた生徒がいたとは、本当だろうか。


 生徒たちは、ライバル同士だ。

 お互いに教え合うなどの取引がない限り、一方的に協力してくれるような生徒は、そうそういないはずだ。


「今後勉強を教えてやることを条件にな。結構話してくれた。それになにも、直接答えを聞いたわけじゃない。他にも体調の悪そうな奴に声を掛けて、普段と何か変わったことがないかを教えてもらっただけだから、意外と答えてくれる奴が多かった。特にあの赤毛の奴とか」


 ――赤毛。梓翔(ししょう)のことだろう。


「蒼蘭……君は元気なのに……どうして」

「……呪いを解いてくれた、礼だ」



 その言葉に、先ほどは悔しくて流れそうになった涙が、別の感情と共に流れ出てしまったのだった。







「原因はこの木だ」

「桃の木……」



 心のどこかで、そんな気がしていた。

 与える仙気を減らした頃から明らかに体が怠くなったし、仙気が漏れ出るようになったのは、確か枝を切り始めるようになった頃だ。

 実は私はあれからも、枝が伸びるたびに、何度も隠れて、枝を切り落としていた。



「多分この木は、仙気を通じて俺たちの体と繋がっている。お前の元気がないのは、お前の木が、元気がないからだ。体調の悪い生徒の桃の木は、全て元気がなかった」

「そんな……」



 でも言われてみれば、そうとしか考えられない。

 仙気が足りなくて実が育たないように、私も元気がでなかった。

 仙気が漏れ出ているように感じるのは……きっと枝の斬られた場所から、漏れているのだろう。



「お前最近、木に仙気を与える量を少なくしていただろう? 今思いっきり、仙気を送ってみろ。それだけで大分よくなるはずだから」

「でも仙気を送ったら、また木が大きくなってしまう。最近は実も大きくならないし、花も全部落ちてしまった。それなのに少しでも仙気を送ると、枝だけは伸びるんだ」

「いいからやってみろ。仙界の木だから、通り抜ける。天井をやぶりはしない」

「でも……」



 怖かった。木が大きくなることが。

 だけど先ほど、どうせ授業を諦めるつもりだった。

 それを考えてみれば、木が大きくなりすぎて、失格になっても、リタイアするのもどうせ同じことだろう。


 ――でも怖い。授業を落第するのが恐いだけじゃない。


 他の人たちは上手く育てているのに、自分一人だけ大失敗してしまうことが、怖かった。



「つべこべ言わずに、やれ」







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