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荒廃した世界で足湯を

作者: 花黒子


 東京が沈下し、海原にかつてあったビル群が斜めに倒れている。

 首都直下地震から3年が過ぎ、富士山の火山灰も収まっていた。

 

 周辺は完全に放棄され地方に分散。西に首都を移した。

 周辺一帯は立ち入り禁止区域に指定されているが、俺のような業者は、荒廃した都市周辺の立ち入りを許可されている。

 

 片方だけしかないスマートグラスで探索し、遺物を遺族に返すことを生業にしている。時々、現れるAR画像を見つければ企業に位置情報を教えるだけで、多額の報酬を貰えることもあるらしい。見つけたことはない。

 衛星で画像を解析し、スマートイヤホンでAIから指示を出されて探索しているので、よほど危険なことがない限り、体力さえあれば安全な職業と言える。


 そもそも町の中は探索され過ぎていて、ほとんど何もないので、俺は山間だった場所を主戦場として仕事をしていた。山の方まで来ると野犬もいるが、ほとんど飼われていた犬なので、意外と人懐っこい。


 地滑りで道は塞がれていたが、土砂は何度も雨に降られ固まっているようなので、乗り越えていく。


 ワンッ!


 木々の間から、犬が飛び出してきた。少しやせ細ってはいるが、足はしっかりしている。


「ビーグル犬か。不機嫌そうな面だな」


 餌になりそうなものは持ってきていない。米はあるが1泊二日の仕事の予定なので貴重な食料だ。

 襲ってきそうにもないし病気でもなさそうなので、撫でてやると、犬はフガフガと鼻息を吐いていた。ノミが大量についていたので、取ってやった。


 ノミを潰していたら緊急避難速報しかなっていなかったスマートイヤホンに、突然連絡が入った。スマートグラスのカメラで画像を自動解析したのだろう


「首輪に名前は書いてありませんか? 飼い主と思われる方は生存しています」


 AIに言われるまま、首輪を確認すると「PERO」と書かれていた。


「ペロだって」

 カメラに見えるようにスマートグラスを首輪に近づけた。犬は嫌がりもしない。そもそも不機嫌そうな顔でずっとこちらを見ている。吠えたのは初めの一回だけだ。


「とりあえず連絡を取っていますので、犬のペロと行動を共にしてください」

 デジタルな者たちは意外に勝手だ。


「そう言われてもなぁ。ついてくるかな」


 俺が歩き出すと、ビーグル犬は尻尾を振ってついてきた。


「お前、よく野生でやってきたな。偉い犬だ」


 3年も生き延びているから、もう少し狡猾で警戒心が強いのかと思っていたが、人間とみると尻尾を振ってしまうらしい。

 とりあえず、ペロの言う名の犬を連れて崩れた山道を登る。

舗装されていないアスファルトはひびが入り、雑草が伸び放題になっている。いずれ完全に雑草によってくれるのだろう。そう思うと束の間しかない風景だ。


 ペロは雑草を噛んでいた。意外に犬は雑草を口にする。昔、実家で飼っていた犬もそうだった。ネギだけは食べさせてはいけない。


 今日、米と一緒に持ってきたインスタントみそ汁は何が入っていたか……。


 そんなことを考えながら、山道を登っていくと、石畳だった広場に到着した。


「ここは温泉街の入り口か」

「音声広告が残っていますよ」

 イヤホンから声がした。


「音声広告か。再生してみてくれる?」

 イヤホンから明るい音楽が流れ、『ようこそ、○○温泉へ』という声とともに、商店街で売っていたお土産や団子、蕎麦屋などを紹介していた。


 すでに、全ての建物が廃墟と化していて、火山灰に潰されている。

 もちろんARも残っていない。ただ、形のない音声だけは残っているらしい。


「当時の映像もありますが見ますか?」


 AIは優秀だ。スマートグラスに映し出された温泉街は賑わっていて、観光地として栄えていたようだ。関東に住んでもいなかった俺は知らなかったけれど。


 チュロチョロと水が流れる音がどこかからしている。

 ペロがフガフガと言いながら、音の出る場所を探していた。


 日も落ちてきたので、とりあえず広場跡に拠点を作ることにした。廃材はあるし、折れた枝も多い。焚火をするにはぴったりだった。


「あ、みそ汁はわかめだったか。ネギじゃないからペロも食べられるか……。ラッキーだったな」


 俺は飯盒で無洗米を焚き、みそ汁を作った。おかずはふりかけだけ。荷物を重くしないのがこの仕事を長く続けるコツだ。ペロには猫飯を与えよう。


 崩れたコンクリートと東屋の屋根だけ残っている近くを前足で掘り進めていたペロが、急にこちらを振り返った。


「温泉掘り当てたか?」


 ペロのもとへ駆けよってみると、足湯と書かれた看板の下から温泉が湧き出ていた。細かいコンクリートや落石を退けてみると、かつてあった足湯の湯船が出てきた。

 温泉のお湯はすぐに溜まる。排出口がないので当たり前だ。

 ペロは熱いお湯が苦手なのか、ちょっと入ってすぐに出てぶるぶると身体を振るわせていた。


 夕飯を食べ、足湯に入り、星空を眺める。

 仕事の最中とは思えないくらい最高だった。


 翌日、山の麓まで、会社の方に迎えに来てもらい、ペロを預けた。

 ペロの飼い主からはお礼の電話を貰い、報酬まで振り込まれた。


 少しずつ、元に戻っていくといい。


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