犬
「犬って、ワンワンって鳴くじゃないですか。なんでそんな鳴き声なんでしょうかね? というわけで庫元さん、ワンワンって鳴いてみてください」
仕事の休憩中、いきなり部下の青井がとんでもない真顔で、そんな事を言い出した。
「どうしてそんなことしないといけないんだ?」
「なんとなくです。庫元さん、犬っぽいじゃないですか」
「なんか敬意が感じられないんですけど」
青井はもぐもぐと、お弁当のタコさんウインナーを食べている。すべて彼女が作った手作りのようだ。
青井が最後のタコさんウインナーを食べ終えると、手のひらを俺に突きつける。
「はい、ワンワンって。それとも、おてでもします?」
「しません」
どうして俺は部下の手のひらにおてをしないといけないんだ。
あと、ワンワンも言いたくない。
仕事が立て込んでいるから、疲れているのか?
「仕事おわったら、飲みにでも行くか?」
俺が青井にそう提案すると、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。ついでに手のひらを引っ込める。
「うげ。古い古い。とにかく私は、庫元さんの『ワンワン』がききたいんです」
一体何が彼女をそうさせるのか。俺は絶対に言わないぞ。
代わりにこんな事を提案してみるか。
「じゃあ、青井さん、可愛らしく『にゃんっ』って言ってみなよ」
「にゃんっ」
秒速で返答しやがった。しかも両手をグーにして猫さんポーズ付きだ。
「庫元さん、休み時間終わるんで、早く『ワンワン』って鳴いてください」
「羞恥プレイだろこれ」
「え? そうですよ?」
わざとなのか。青井はニッコリと爽やかな笑みを浮かべた。
「あ、時間ですね」
青井は空になった弁当箱を包んだ後、席を立つ。
「また明日、一緒に食べましょ。庫元さんが犬の鳴き真似するまで、しつこくつきまといますよ」
本当にわけが分からなかった。でも、明日も来るのか。少しだけ嬉しかった。
自分の机に戻り、俺は仕事に打ち込む。
キーボードを叩きながら、青井の可憐な表情を思い出す。この気持ちは、しばらく本人には内緒にしておこう。




