舞台上
スポットライトの強く幻想的な光の中、私はその時だけ男になれる。高校の学芸会だけ、暖房のよく効いた体育館の舞台の上でだけ、彼女は私に夢中になってくれる。でも、それもこれで最後だ。
「美咲ちゃんどうしたの?急に……?」
彼女は私の後ろで服の袖を握っている。額を背中に密着させ、熱い吐息が服越しに伝わる。
「先輩……わたし、先輩とお別れしたくないです」
それは見せかけの演技。彼女は私の腰に腕を回す。観客からは女子達の黄色い声援が聞こえる。
「美咲ちゃん……。もう俺卒業するんだよ?困らせないでよ」
彼女には見えない優しい笑顔を作り、そっと腕を放した。向き直って彼女の頭を撫でる。よく見ると埃っぽい舞台の上で必死にくしゃみを抑えている。吹き出して笑ってしまった。
「み、美咲ちゃんは、俺と同じ大学に行くんでしょ?お別れじゃ、ないよ?」
必死に演技を立て直そうとするが、彼女は耐えられなくなり、場違いに大きなくしゃみをした。
観客は雰囲気ぶち壊しの舞台を観て爆笑と励ましの声援に包まれる。私もつい大笑いする。彼女はしまったと顔を隠す。隠した手には鼻水がついていた。
「おっちょこちょいだなぁ美咲ちゃんは。ほらテッシュ」
私はこっそり衣装に忍ばせていたポケットテッシュを取り出す。彼女の腕をとり鼻にテッシュをあてがう。手についた鼻水含めちゃんと全部取れたことを確認すると、私は彼女を力強く抱きしめた。
「絶対また会えるよ。別れるんじゃない、ちょっと待つだけ。待ってるから、またねっいってくれた方がいいな」
彼女はアドリブに慣れていない。とてもうろたえてわちゃわちゃと腕を動かすことしかできてなかった。その姿がとても愛おしくて、私はつい観客から見えないように彼女の耳にキスしてしまった。舞台の横にいるクラスメイト達は目をパチクリ。顔が真っ赤。なんとも表しきれない悲鳴を必死に押し殺している。
「うえっ!?ひゃっ!?」
「ん?なんて?美咲ちゃん、もう一回」
彼女と顔を見合わせ、意地悪っぽく笑ってみせる。さらりとした触り心地の肌に汗が艶めいていた。私は彼女を放し、彼女は後ずさりして私に背を向けた。
「分かりました、先輩。また、また大学でお会いしましょう!!」
そういって舞台からいなくなり、スポットライトは消え、本番はこれにて幕を降ろした。
外は舞台の暖かさとは違い、酷く現実的で冷たい風がさっきまでの熱を取り除いていく。
彼女は私を誰も人が来ない音楽室の裏庭に連れ出し、酷く怒った様子で私を睨みつけた。
「ちょっと、あれなんのつもり?」
「あなた、本番で凄く緊張してたからリラックスさせようと思って」
見開かれた彼女の眼には涙が溜まっていた。表情を醜く歪ませ、涙は足下に落ちた。
「は!?意味わかんないんですけど、それがあれ!?アタシはね、最初からアンタみたいな奴と演技するのが嫌だったのよ!気持ち悪い!」
彼女は言葉を次々にまくし立てる。私はそれを聞いていることしかできなかった。
「アンタの視線、触り方、表情、態度!!何もかも気持ち悪い!お願いだからそれをアタシに向けないで。2度とアタシの前に現れないで。アンタなんか大っ嫌い!!」
彼女は私に言いたいことを打ち付けると、プツンと糸が切れたように腰を下ろした。私は何も出来ないでいた。それもそうだ。私は彼女を傷つけてしまったのだから。どうすればその傷が塞がるのか分からないでいた。
私は腰を下ろし、彼女の顔を覗く。涙や鼻水でぐしょぐしょだった。私はまた、舞台と同じようにテッシュを取り出す。
彼女はそれをひったくり、顔をゴシゴシと拭いた。深い呼吸を繰り返し、赤く腫れた眼をこする。
「……アンタといるとアタシ、どうにかなっちゃいそう」
ジロリと私を見る。潤んだ瞳は何かを求めているように見える。彼女は私の肩に頭を乗せた。
「……え?」
「なんでなのよ……アンタは女の子なのに、アタシも女の子なのに、なんであんな……ドキドキする、ような……」
彼女は腕を回し、身体を密着させる。髪から甘くて女の子らしい匂いがした。
「……好きなの。私、あなたのことが好きなの」
「そんなの、分かってたわよ……!」
彼女はまた涙を流す。私は彼女の頬に、どうか彼女とずっと一緒にいれますようにと願いを込めてキスをした。