第二話 どうしてもネズミはダメ
「うううううむぅ……」
医務室のオババこと、大婆様がパティのことをじっと見つめる。
大婆様はサンモニカ魔法大学の最年長教師である。
魔法を扱う大学では、しばしば考えられないような酷い魔法の失敗がある。
そんな酷くむごい状態になった生徒を治療できるのがこの大婆様だ。
「これは……またほもひろい魔法を……」
ただ、ご高齢であらせられるので滑舌が悪く何を言っているのか聞き取るのは至難のわざだ。
「私人間に戻れますよね??」
「ふんむううううう……」
大婆様はろくに返事もせずに、山積みになった本を漁り始めた。
不安になって付き添いのネルの方を見るパティ。
「……僕は、もともと魔法が下手だから」
そんなに大事にはならないはずだけど……
最後の方は消え入るような声でさらにパティの不安が増した。
「こへじゃこへ……」
そうこうしているうちに、大婆様がレンガのように分厚い本をぼふんっと目の前の机に広げた。
「記憶はたしかぢゃったのう……678ぺーじ」
大婆様の指を刺したところには、イチョウの様な形の葉が描かれていた。
「この……そらのように青い……この形の薬草がしつようじゃ……」
「……それを飲めば彼女は治るのですか?」
「……うむぅ。たじゃその姿でも……身体には何の問題も無いから……しんぱいせんでええ」
ゆっくりゆーっくりちりょうしていこうな
なんていう大婆様であったが、パティには聞き捨てならなかった。
来週は大学全体でダンスパーティが開かれる。
そこでパティは、ずっと好きだった先輩にダンスを申し込もうと思っていたのだった。
「いや!大婆様!できればゆっくりではなくすぐに人間に戻していただきたいのですが……」
「ううううむぅ……でものぅ」
「何か問題でもあるのですか?」
食い気味のパティをそっと宥めるようにネルが質問をする。
「いまのぅ……薬草が……ないでな。他の大学を……あたったところで……ふむぅ……2週間程度かかるかのぅ……」
2週間後ではダンスパーティには間に合わない。大婆様とネルが話を続けているが、パティは来週のダンスパーティをどうするかで頭がいっぱいになった。
栗毛で身長の高いパティの想いびと……ダイアンは、いわゆる近所のお兄ちゃんだった。
周りからちびすけと虐められたパティを唯一守ってくれた。やさしくて一緒にいると楽しいお兄ちゃん。
いつからかその感謝の気持ちは恋心に変わり、彼がいるからという理由で大学を選ぶほどパティの気持ちは大きくなっていった。
ダイアンは今年で四年生であり、来年春にはこの大学を卒業する。
パティにとっては最初で最後のチャンスだった。
「パティさん。大婆様もこう言っているけどどうする?」
急に話を振られて驚くパティ。
「……とりあえず、私に2週間は長すぎます。その薬草さえあればいいんですよね?」
パティが真剣な眼差しで本を覗き込む。
「だがのぅ……」
「とにかく私できることをやってみます。とりあえず友達の中にもこの薬草を持っている子がいるかもしれないですし」
大婆様が釈然としない顔でパティを見る。
「……あんまり無茶は……せぬようにな
ところで……おすし……すいておる人はおるのか?」
おすし?パティが明らかに動揺すると、コソッとネルがフォローを入れてくれた。
もさもさ男にしては気がきく男である。
「……多分貴方は好きな人がいるの?って聞いてるんだと思うよ」
「あっ!!はい!!います!!」
大婆様はまたじっとパティのことを見つめた。
「……なら。……どーにかにゃるかの」
また2週間後医務室に来なさいと言われ、パティとネルは医務室を後にした。