カルマ
カルマ、狩魔、Karma
因果応報・・・
そんなものこの世にあるわけがない。
誰も救ってくれない
あの日、あの雪の日・・・
私は一人、橋の下の冷たい水の中にいた。
誰も助けてくれない
いや、はじめから助けてくれる者などいなかったのだ。
仕事帰りロッカーへ着替に向かった私に、彼女達は声をかけてきた。
「ねえ、田倉さんて井村さんと仲良いの?」
私はなんのことか分からなかった。
「なんで?」
クスクスと笑う彼女達。
「ほら、私達がモラハラ、パワハラしたって告げ口したみたいなのよね」
「いやよねー自分がウザいのに」
「そうそう、でも部長たちに誤解ですって言ったら信じてくれたしね」
「あの子嘘つきなんですってね」
「本当に、あとどれくらい言われたら自分が悪いって気づくのかなぁ?」
「マジそれね」
笑い合う3人
負のオーラ・・・
私は目眩と吐き気をもよおした。
「私先に帰るから」
「ねえ、余計なこと言わないでよ」
「そうよ、貴方の為を思って言ってあげてるのよ」
「馬鹿じゃないならわかるわよね」
貴方の為を思って?
微塵も思っていないくせに
私は引きつり笑いをしながらロッカールームをあとにした。
チラホラと雪が降り始めていた。
駅に向かう橋に通りかかったとき井村さんと出くわした。
「井村さん?」
声をかけると、彼女は私を睨みつける。
「貴方が言ったって聞いた」
「何を?」
「貴方のせい、貴方の」
そう言い彼女は私の首を締める。
「何のこと!はなして」
彼女は聞く耳を持たない。そして何かを呟いた瞬間
グラッ
私は橋の下に落ちていった。
グワシッ!
目の前が真っ暗になった。
気が付くと、橋の下の冷たい水の中にいた。
そんな私をたくさんの人が取り囲んでいる。
私はそれを少し離れたところから見ていた。
人垣の奥に彼女がいる。
私は彼女のそばに行き声をかけた。
「私は、なぜ殺されたの?」
彼女は驚いて声のしたほうを向く。
「私のせいってなに?」
彼女は青ざめその場を立ち去る。
その彼女の後をついていくと、彼女のアパートの前に男性が立っている。
その男性は彼女にツカツカと歩みより
「お前か!お前がやったのか!」
「ちっちが」
「お前・・・パワハラしてたやつらと同じだな」
「わたしは貴方のために・・・貴方のためにやったのに」
泣き崩れる彼女を尻目に、彼は去っていった。
あれは、同期の若狭君?2人って
私は彼の後を付けて行った。そこにロッカールームで声をかけてきた三人がいた。
「やっぱり彼女?」
「バカねぇ上手くやってくれないと」
「まあ、貴方のほうは上手くやってくれたわ。私の結婚式の招待状を楽しみにしてて」
「やだー本気で専務落とすつもり?」
「当たり前でしょ、婚約者が死んだのよ慰めてあげないと」
「怖い怖い」
そう・・・あなた達の本当のターゲットは私だったのね。
「でも、あの子バカよねぇ私達のことチクらなきゃこんなことにはならなかったのに」
「本当よね、気のない若狭をストーカーしてたんでしょ。若狭も大変だったわね」
彼は苦虫を潰したような顔になり
「ああ、俺が田倉さんを狙ってるって知って邪魔するから上手く行かなくて、そのせいで専務と婚約しちまって」
その言葉を聞き三人はニヤリと笑いあい
「それを利用して、田倉さんが専務と婚約してるくせに若狭に言い寄って付き合ってるって嘘を吹き込んだら信じたし」
「しかも若狭が困ってるってね」
「まあ死んで良かったのよ。これで専務は私のもの」
高笑いする彼女達をなんとも言えない思いで見たあと、私は彼のもとに向かった。
別れの挨拶のつもりだった。
寂しがらないで
愛してくれてありがとう
私が部屋に入ると携帯がなり響いた。
奥から彼があらわれ電話に出る。
私のことを話しているのだろうな
「分かりました、ありがとうございます。よろしくおねがいします」
その電話を切ると聞き覚えのある声が
「なんだって?」
これ葉月の声・・・
結婚が決まり3ヶ月前の友人の集まりに彼を連れて行った時に出会ったはず・・・
「亡くなった」
と呟く彼のそばに葉月が寄り添い
「亡くなった?」
「ああ、可愛かったのに従順で」
そういう彼を葉月は自分の方に向け
「そう、じゃあすぐに次ってわけには行かないわね、どうする?しばらく待つ?」
彼は葉月を抱きしめ
「ああそうだな」
と呟く。
「仕方ないわね、じゃあ1年待ってあげる十分でしょ。その間にあなたに気のある会社の女のコ、もっと手懐けておきなさいね」
「分かってるよ」
私は急いでその部屋から出ていった。
どこにも味方などいなかったのだ。
誰も助けてはくれなかったのだ。
私は失望したまま自分が倒れていた場所に戻った。
私は一人・・・
そんな私を見ている男性がいた。
専務と同期で先輩の麻垣さんだった。
彼は私の倒れていた場所に手を当て
「全部知ってたのに、言えなくて止められなくて、すまない許してくれ」
知っていた?どこまで?
ついそう声に出した私を彼は驚いて見た。
「嘘だろ声…」
彼に私が見えるのか?
聞こえるのだろうか?
「全部?浮気のこと?」
彼は驚いたように私を見つめたまま
「浮気も君を陥れようとしていることも。でもまさか殺さなくても」
この人は全てを知っていた
「すまない俺が君を紹介したばっかりに・・いや、俺が君を好きだと言えなかったばっかりに」
私はキョトンとして彼を見た。
「え!?」
「あのとき、俺はお気に入りの子がいるって紹介したんだ。そうしたらアイツも気に入って・・・引かなきゃ良かった。そうしたら君は死ななかったのに」
そんな彼の懺悔を聞いていた私は違和感を感じた。
「先輩・・・死んでますか?」
彼はパタリと動きをとめた。
「まさか、私より先にここで」
井村さんが呟いた言葉
「一人も二人も同じ」
ああ、この人だけなんだ
「ふふ、でも死んでしまったらやり返すことも出来ないわね。悪いことをすれば報いを受ける因果応報とか言うけど、本人たちが悪くないって思ってたらあるわけもないしね」
自嘲気味に笑う私に彼は
「じゃあ俺たちが覚えていればいい」
そう言い私の手をとり
「俺たちが忘れなきゃ良いんだ。浄化されて天国に行くんじゃない、戻るんだ」
その瞬間私の目の前は真っ白くなり意識は彼方に遠のいた。
そして二十年後の今、私の目の前には二人がいる。
私の父と母になった二人
留置所の中で精神を病み自殺した彼女
社長令嬢の私に媚びへつらう彼と彼女達
そんな私の傍らには彼がいる。
ただ一人命を投げ出し私を救おうとしてくれた人。
さて、どう料理をすればいい?
このカルマ